第7話 「保安官の基地」

 二台の大型バイクは国道二十六号線を、法定速度で走行していた。

 任務が完了したためである。

 赤色灯もサイレンも鳴らしていない。


 富田林とんだばやしから、地区保安官の基地としている場所へ向かっているのだ。

 そしてこの基地はツインズが生まれ育った自宅でもあった。


 大阪府泉佐野市いずみさのし

 関西国際空港を島として保有し、商業、工業、農業、そして漁業をバランスよく持つ人口約十万人の地方都市である。


 国道から民家の建ち並ぶ県道へ入り、さらに東へ進む。

 その先に三メートルほどの高さがあるコンクリート製の塀が見えてきた。

 塀はまるで巨大な工場を囲んでいるかのように長い。


 ヘッドライトに浮かぶ正面には、大きな鉄製の門が閉じられていた。

 先頭をゆっくり走っていた、きりのトレーサーがライトをパッシングする。

 正門の角に取り付けられている監視カメラが動き、ガシャンッとロックをはずす音が響く。

 重たい音を立てながら、門が自動で開いていく。


 二台のバイクが門の中へ入ると、門がゆっくりと閉じていった。

 門横の壁には、「紫樹むらさき」と御影石みかげいしに彫られた大きな表札が掲げられている。


 一歩なかへ入ると「ここは市営の公園? でなければ、いったいどんなセレブが住まわっているの?」と驚くべき敷地内であった。


 コンクリート塀で囲われた約五千坪の私有地である。

 中庭には大きな噴水があり、ギリシア彫像のごとき女神が壺を肩に乗せ、清らかな水をゆったりと流している。

 噴水を中心に花壇が設けられており、色とりどりの花が咲き乱れている。

 外灯が随所に建てられており、オレンジ色の光で敷地内を包んでいる。


 正面にはホテルかと見紛うような三階建ての洋館があり、少し離れて鉄筋コンクリート製のデザイナーズブランドらしい二階建て別棟が建っている。

 全面芝生が整備され、石畳の道が敷かれていた。


 バイクはニュートラル状態で、重く静かなエンジン音を響かせている。

 らんときりは、かむっていたヘルメットを脱いだ。


 ふたりともセミロングの同じヘアスタイルであるが、らんはあざやかなブルーに、きりはあでやかなカーマインのカラーに染めている。


 顔やスタイルがまったく同じであるため、この髪色で他人は判別できた。

 もちろん口を開けば、どちらがきりなのかはすぐに判るが。


「きり、お疲れさまでしたわね」


「らんも、お疲れ!」


 ふたりがホッと同時に肩の力をぬいた。

 すると、洋館の裏手から、フィーンと音を立て、ふたりに近づいてくる奇妙な影があった。


「おーい、愛しの妹たちよぅ、お帰りぃ」


「まあ、お兄さま」


「アニキッ、まだ起きてたのか」


 外灯に浮かんだのは、セグウェイに乗った若い男性であった。

 その背後からジョギングスタイルで続くもうひとりの若い男性。


 セグウェイの男性は、長めの髪をお洒落なパープルに染め、縁なしの眼鏡をその高い鼻梁に乗せている。

 顔つきが双子に良く似た相当なイケメンだ。


 なぜか高校生が着るような地味な紺色体操服姿である。

 齢のころは三十歳代前半であろうか。


 後からついてくる男性は百九十センチ近い上背に、全身鍛え抜かれた筋肉が白いタンクトップに短パンスタイルからうかがえる。

 セグウェイの男性よりやや若そうだ。


 爽やかな短く刈り込んだヘアスタイルである。

 ランニングスタイルで、背中にはバックパックが揺れている。


 セグウェイは、らんときりの前で停まった。


「お仕事、お疲れさまねえ。

 高見沢たかみさわくん、ほらふたりにドリンクを」


 高見沢と呼ばれた男性は背負っていたバッグパックから、二本のボトルを取り出した。


「らんさま、きりさま、お勤めお疲れさまです。

 この高見沢特製のプロテイン配合青汁ドリンクをお飲みください。

 キンキンに冷やしております」


 太い眉に細く切れ長の目元に笑みを浮かべて丁寧に差し出した。

 黒く焼けた肌に、真っ白な歯が光る。


「あら、これはありがとうございまーす」


「プロテインって。

 あたしらは別に筋肉をつけるつもりじゃないけど、でもいただくか」


 らんときりの兄、紫樹源之進げんのしんはボトルを傾ける妹たちを慈愛を込めた目で見ながら言った。


「ぼくはねえ、こうやってお国のために頑張っている、らんちゃんときりちゃんを、心から誇らしく思ってるんだよ」


 横に立つ高見沢はやても大きくうなずく。


「わたしも先祖代々こうして紫樹家にお遣い申し上げておりますが、らんさまときりさまのご活躍がなぜもっと世間に知られないのかと、いつも歯噛みいたしております」


 生真面目な物言いに、きりが口を開く。


「ありがとね、高見沢。

 でもさ、妖怪や魔物がこの現代にもいるんだなんて言っても、ほとんどのひとは信じないじゃん。

 検非違使庁けびいしちょうだって、一部の役人しか知らないし」


「そうですわねえ。

 それでもたまぁにネットで都市伝説としてあつかわれておりますのよ。

 伝説でもなんでもなく、事実なのですけど」


 らんはクスクスと口元に手を当て笑う。


陰陽師おんみょうじだって、今でこそ小説や漫画になってその存在はご存じでも、まさか実際にそんな職業があるだなんて思ってもいらっしゃらないでしょう。

 厳密には陰陽師はすでに現存してはおりませんけど。

 だからこそわたくしたち検非違使庁の保安官が必要とされておりますのよ」


 言いながらブルーの髪をかきあげた。


「ところで、アニキ。

 この時間にそれに乗ってるってことは」


 源之進は胸を張る。


「うん。

 ぼくも父上から『紫樹エンタープライズ株式会社』を任されている以上、経営者としてさらに事業を拡大せねばならないと考えているからねえ。

 きみたちを待ちわびている間に、ふとアイデアを思いついたものだから、こうして愛車にまたがってシンキングタイムってところなんだ」


 紫樹家は江戸時代に呉服商として大きな成功を収めた。

 以来時代の先端を走る商売でさらに富を築いていく。

 三人の父親の代では貿易、飲食、建設、不動産、運輸にしぼり事業を拡大する。

 源之進はそこへIT分野への進出を試み、これがまた大成功したのだ。


 三人の両親は現在オーストラリアへ拠点を構え、飲食店経営と食品貿易に力を注いでおり、国内での経営は源之進に任せていた。

 高見沢の両親も秘書兼相談相手として随行している。

 インターネットを利用した通販の先駆者である源之進は齢三十二を迎えるが、天才的な商才をいかんなく発揮し、「紫樹エンタープライズ」の総帥として辣腕らつわんをふるっているのである。


 かたわらに寄り添う二つ年下の高見沢は、源之進のもっとも信頼のおける秘書であり、よき相談相手であった。


「おおっ、もうこんな時間だ。

 らんちゃん、きりちゃん、寝不足はお肌に悪いから、シャワーを浴びておやすみよ」


 源之進は腕時計を見ながらふたりに優しい眼差しを向けた。

 ロレックスが光っている。

 しかもSUBMARINERのWhite Goldである。

 二千万円以上する超高級腕時計であった。


「お兄さまのお心遣い、感謝いたします」


「アニキもさ、激務の毎日なんだから早くベッドで休みなよな」


「らんさま、きりさま、この高見沢がしかとついておりますゆえ、どうぞご安心ください」


 高見沢はやや古風な物言いで、丁寧にお辞儀をする。


「よーし、もう一周だ。

 高見沢くん、行くぞぉ!」


「承知いたしましたっ」


 源之進はセグウェイを走行モードにし、その後ろから高見沢がランニングスタイルでついていく。


 源之進はアイデアを練る際に、この愛車で広大な敷地内を走るクセがある。

 ただ集中しすぎると全神経が脳へ行ってしまい、どこに衝突するかわからない。

 だからこうして高見沢が背後から見守っているのだ。


「報告書は明日にでも、わたくしが本部へメールいたしますわ」


「悪ぃね、らん。

 あたしはどうもパソコンが苦手でさ」


 同じ顔の姉妹はバイクのアクセルを軽くふかし、別棟の建物へ走らせる。

 その二階建ての建物こそ、ふたりの保安官としての基地であり、住居であった。


 一階部分は車庫になっており、二台のバイクを駐車スペースへ入れる。

 そこにはCHEROKEE TRAILHAWKが一台、燃えるようなファイヤークラッカーレッドのボディで鎮座し、さらにBMW4シリーズのオープンカー、カブリオレがエストリル・ブルー・メタリックに輝いている。

 それぞれ、きりとらんの愛車である。


 二階は三LDKの間取りであり、ふたりの個室、保安官用のコントロールルームとなっている。

 広いリビングにキッチンの設備もあるが、食事は母屋である洋館で食べる。


 洋館では高見沢のほかに庭師と家政婦の夫婦、常駐の警備員三名がおり、さらに通いで若いメイド三名が家事全般を任されていた。


 鉄門扉は二十四時間警備員が監視しており、きりののったバイクのパッシングを合図に開錠したのであった。

                                  つづく


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