第30話~俺の答えはただ1つ~

  『KNOCK DOWNノックダウン!!』


 剣の華奢なカンフーキャラの下顎に急所ヒット、ルーキーの希望を打ち砕く昇竜の拳……!!

 投げつけられたダメージと、止めのスカイアッパーが、体力ゲージの丁度致死量に達した。2度目のノックダウン。


「剣くん!!!!」


 みのりは剣に大声で呼び掛ける。彼はダメージによる衝撃の大きさ、更には30kgものスーツの重さもあって思うように身体を起こせない。


「…………スゥゥゥウウウ〜ッッ、フゥ」


 慣れない衝動と躍動によって、疲労が蓄積された剣の肉体。こうなると人は、無意識のうちに身体を回復させようと信号が入るという。

 剣の呼吸が深くなり、起き上がる力を全身に集中させてようやく立ち上がった。


「まだ酷かな、剣には……。本気になった豪樹さんは、一度蹴りを入れても倍に返す反撃力が凄まじい。

 大人だからこそ達する熟練した技と力、そして心も極めている。センスだけじゃ勝てない現実を、剣は受け止められるか……?」


(…………剣くん)


 槍一郎の冷徹な解説が、戦いの現状、ルーキーと熟練者との実力の差を物語る。

 そして剣が倒されることに沸き上がる歓声、更に対で剣を嘲笑う罵声も入り雑じる。


(………………)


 剣はその戯れた音を受け流すように、ただ一点に豪樹を見つめる。

 彼の耳から聞こえるのは、己の深い呼吸の音と脈打つ心拍音。そこに私語や無駄な動きは一切無い。



「……急に無言になったな。だが面は諦めてる顔してへんのが分かる。それでえぇ、まだ3ラウンドある。

 ワイと戦いながら、お前ら未来のゲーム戦士が本当の強さを持つ意味を……よう考えときや」



 ―――ROUND3,READY?



 剣は無言になり、ただ仁王に立ち上がって、自然に両手を構えてのファイティングポーズ。眼は虚ろになりかけるも闘志は絶やさず、ただラウンド開始のゴングを待つだけだった。


 ―――FIGHT!!!


 しかし、剣のゲームに対する学習能力は凄まじいかった。ノックダウンされる毎に、豪樹の動きに見切りをつけたのか、剣の動きも滑らかになっていた。

 30㎏のスーツを着込み、鉛を背負うように戦っていても、苦痛や疲労、打算的思考等の無駄な感情をかなぐり捨てて無心に戦う。


 ――そして無意識な戦闘の中で、剣は己自身に問う。



(………不思議だ……何度も倒されているのに、悔しさも募り募っているのに……何故立ち上がれる?


 豪樹さんに全然歯が立たないって、諦める気が全く起きねぇ。それどころか真摯に戦いたいと思ってまう! 天地の差があるのを分かってる癖して、無理通してでも立ち上がれる体力が何処にある? 俺の身体の何処に……!?)


 剣が無心で考えながら戦っている間にも、第3ラウンドはまたしても、剣はノックダウンされ、そしてまた立ち上がった。

 ――この精神力は不死鳥かゾンビか? 先程まで剣を煽り、嘲笑っていた声は、その不屈の闘志を前に完全に黙らせていた。


 ROUND4,READY―――?



 倒れても、崩れ落ちても、また地の果てまで叩き落されても甦る。

 屈強なる騎士の如く、ゲームに燃える戦士の姿が此処にある――!!



(何でだ…、何でなんだ…………こんな俺の何処に、熱い感情が沸き上がるんだ――――!!?)




『――もう気付いてるんだろ? 「勝ちたい」って!』


「…………ッッ!!?」



 ――――桐山剣のゲームに燃える感情。それ即ち、

【魂の形】から宿る本心の響きなり!!!




  『――――【てめーに勝ちたい】って、言えやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!!!!!』



 ――――FIGHT!!!



 豪樹の先手ストレートパンチが繰り出される、その刹那、1ミリ、コンマ1秒―――!!!


 ――――ギラッ!!


 剣の鋭い眼に炎が灯り、豪炎の闘志となりて甦った!!!


「………んにゃろォォォォォォッッ!!!!!」


 剣の渾身のドロップキックが、豪樹の胸元、急所ヒットとして判定された!!

 この時初めて豪樹に半分以上の体力ゲージを削った! これを好機に休まず剣が蹴りを連発、さらに間髪いれて鉄拳で連続攻撃を図る。だが、敵はさるもの引っ掻くもの!


「――その眼や! そのギラッギラな眼を待っていたでぇ!!」


 豪樹もスイッチが入る! 猛虎の追撃と言わんばかりに、蹴りと拳が飛び交う大攻防!!

 その競り合い、やはり豪樹の方が圧倒的なパワーを魅せつけている!!


「グァァァッッ!!!」


 剣、4度目のノックダウン! しかし、この時点で豪樹のゲージは2/3も減らしていた。


 ラウンドを重ねることに、剣は着実に豪樹に追い上げていた。


 この勢いに流石の豪樹も息を切らし、剣は己の根気のみで立ち上がっている。

 もはや体力の限界などどうでもいい。闘志空っぽになるまで、剣は極限で戦う覚悟を決めていた。



「……どうや? 本当の強さ、見つけられたか?」


「もうすぐです……もうそこまで、答えがきています!!」


 剣の鋭く真っ直ぐな視線が、嘘偽りの無い本心として豪樹に訴えかけていた。


「そうか! じゃワイに勝って、その答え見せてみせぇや!!」



FINALROUNDファイナルラウンド,READY―――?』


 最後のラウンドコール、泣いても笑ってもこれがラスト。

 二人とも、覚悟は出来たか――!!?



(剣くん、どんな結果になっても私は何も責めたりしないよ。剣くんが本気でゲームに立ち向かった姿は、誰よりも格好いいんだから!!

 ――勝ち負けはいらない! 私が言えることは……)



 そして桐山剣よ、親友・みのりの、熱い声援の施しを受けとるがいい!!


「剣くん、諦めないで!! ……頑張れェェェェェェッッ!!!!!」


 ―――FIGHT!!!!!


 「じゃ聞かせてもらおか、兄ちゃんが出した答えってのを!!」


 ――ヒュッ


「っ!!」


 剣は豪樹からの先手アッパーカットを素早く避け、カウンターのパンチを打ち、更に負けじと豪樹も反撃する!!


 そして、4回のラウンドを超越した決死の攻防に交えながら、剣は豪樹に『ゲームプレイヤーとして、本当の強さを持つ意味』に対する答えを出す。



「――――豪樹さんの言う『心・技・体』の三原則!!このゲームを通じて俺の魂にガンガン響きましたよ!


 周囲の雑音や心の乱れに屈しない清き【心】!


 己のアイデンティティーを誇り、鍛冶研磨たんやけんましてきた鮮やかな【技】!!


 立ちはだかる壁を越える強靭な【体】!!!


 豪樹さんが求めたがってる”ゲーム戦士“として、人として、強者に成るにゃ欠かせない要素だった!!

 ―――だがそれでも俺には、まだ何かが足りなかった!!」


 交差する剛腕と麗脚、他者をも魅了するスパーリングに対して体力は五分五分。土壇場に来て剣が豪樹に互角に詰めていった!!


「『心・技・体』を持ってしても、兄ちゃんにゃまだ足りないものがあんのか!?」


「そうです! それよりも大事なものが胸の奥にしまい込んであったんです!!

 眼には見えねぇが俊敏で、鋭利で、万物を斬る白銀の刃が!!

 ――俺の魂として、“形”としててめーに呼び掛けてきやがった!!!」


 この瞬間。剣の動きが変わり、更に豪樹を追い詰めていった。俊敏で、鋭利で、万物を斬る刃。


 ――――これ即ち、『剣』のように!


 その『剣』を携えし騎士のように、剣は舞う!!



「俺はその『剣』に、を感じた!

 俺はその『剣』を魂に持って、自ら無謀な闘いに勇出た!!


 力量の差も顧みず!

 生きた証を残す為に!!

 漢の紋章を刻み込む為に!!!


 ――どんなゲームにも勝てると勇気付ける『剣』を、俺はずっと前から持っていたんじゃねぇかッッ!!!!」


 ――カンフーキャラの烈脚、嵐脚、その一撃が鋭利な刃とように鋭く豪樹にダメージしていく!

 騎士のように舞い、剣のように突き刺す!


 この攻撃がまさに『桐山剣』としてのアイデンティティ! そして【ゲーム戦士】としての個性を貫いていった!!


「兄ちゃん、あんたの答えってのは……!!」


「【闘魂無くして勝利の道なし】!!

 俺は白銀の刃を持つ“剣の魂”を持って、――――絶対に、勝つッッッ!!!!!」


 剣のその答えに、一欠片の迷いもなかった。

 豪樹はこれを聞いてニヤリと不敵な笑みを浮かべる。この思い、伝わったか。


「………エェ答えやッッッ!!!!!」


 と言うと豪樹は一気に剣に向かって飛び上がった!

 そして剣も同時に飛び上がる!!


 豪樹の正拳、そして剣の烈脚。

 空中に二つの【魂】が飛び散った―――!!





 ――――――うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああッッッッッ!!!!!!!!!!!







 GAME SETゲームセット――!!



 たった一つの勝因……、剣のカンフーキャラによる烈脚のリーチの差――!

 残りわずかのゲージを残して桐山剣、ファイナルラウンドにして勝利を掴んだ……!!



 この劇的勝利に、勝者に対し悪意ある蔑みの言葉は無い。鳴りやまない歓声、そしてスパイスは盛大な拍手。そして果てた戦士二人……


 激戦ですっかり存在を忘れてた松坂オーナーも感動歓喜の涙。槍一郎は解説のみの変な役割で終わってしまった。


「ほっとけ」


 剣がいち早く起き上がり、感無量の感情を抱いた。



「……ハァ、強かったなぁ……でもこんな気持ちいいゲームは久しぶりだ!!」


 そして剣は覚束無い身体の無理を押しながら、既に上体を起こして胡座をかいていた豪樹の元へ駆けつけ、深い一礼で敬意を払った。


「豪樹さん、楽しいゲームをありがとうございましたッッ!!」


 それを聞いた豪樹は、再び上体を倒してリングで仰向けになりながら豪快に笑う。


「………ワハハハハハ!!! 礼を言うのはワイの方や、こんな熱い魂を持った若造がまだ居たとはなぁ!!」


 そして松坂オーナーの評価は……


「いやー良いものを見せてもらった! 文句無しのエンターテインメントだ!! これはいち早く『ビッグウェーブ』の契約を済ませんとな。これでもっと儲けが進むぞ~!!」


(良かった……剣くんも、豪樹さんも!)


 なにはともあれ、経営傾斜の『ビッグウェーブ』の騒動はギャラクシーの契約によって解決に漕ぎ着けた様子。終わり良ければ全て良し。

 そして豪樹は立ち上がり、剣と堅い握手を交わすのだった。


「ここでの移設準備が落ち着いたら、また遊びに来たってや。今度はワイが、剣達の力になっちゃるからな!!」

「その前に、ちゃんと借金返してくださいね!!」


 二人は笑いながらエキシビションマッチは終了し、その日の大会は今期最大に盛り上がった。


 ◇◇◇


 数日後。『ビッグウェーブ』はギャラクシーとの契約を成立し、約束通りギャラクシー内にて新設された。


 入り口に立ち塞がっていたフリークライミングの壁は今度は横長の壁に取り入れられ、これが功を転じて子供から大人まで楽しめるヒット要因となり、会員も大幅に増えた。

 そして溜まった借金は、何と躍動2週間で払い終わり、一気にギャラクシーの黒字収入に繰り上げられたとか。


 そしてジムには数多くのお客さんとボルダリングには、あの借金取りのおっちゃん達もストレス発散がてらに遊びにきているんだそうな。


「お陰で事務所のビルを素手で登れるようになってもうて」

「何処のクレイジークライマーやねん!?」

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