第14話 試練
―――日本列島が消滅する12000年前【大西洋南部】
見渡す範囲にある火山が、赤い炎と無数の噴石と溶岩を空高く噴き上げたり、激しい揺れで発生した巨大津波や地割れが、人々を地面や海面の中に呑み込んでいた。
マルス人イワフネはアダムスキー型シャトルから、人々の阿鼻叫喚と共に沈没してゆく大陸を戦慄の表情でじっと見つめていた。
地上にある多くの火山が、荒れ狂うかのように噴火を起こしていた。やがて噴煙はこの星を覆い、一時的に氷河期と呼ばれる極寒な気候になるだろう。
人は、生き延びられのだろうか?と彼は少し考えた。
「モウゼ、原因は?」
イワフネが訊いた。
「シロヒト人地殻振動兵器の乱用が、マグマの暴走を起こした模様」
モウゼが冷静に答える。
「哺乳類とは、かくも戦という試練から逃れられぬ運命なのだろうか?」
イワフネが独り呟く。
現地人に一から文明誕生の手ほどきをしても、ある段階でイワフネ達は身をく。
人類が自ら学び発展しなければ、それは単なる"文明の模倣"になってしまうからだ。しかし与えた力が大きいほど、人は原理の研究よりも力の行使を率先する傾向が強い。
「私達のご先祖様は違ったのでしょう」
モウゼが言う。
「寿命が違うのだ。我々の1万分の1にも満たない年月では、生き急ぐのは無理もないのか?」
とても想像出来ないとイワフネは思った。
「ユダから連絡。太平洋のアカヒト人連合大陸が大噴火の末、沈没中との事です。
アカヒト人のマントルエネルギー転換大容量レーザー施設と、電磁波人体溶解システムが制御不能に陥った模様です。核臨界爆発も大陸各地で連鎖的に発生!」
モウゼが報告した。
「この時代はもうダメだ、タカミムスビに戻ろう。新たな文明が勃興するまでスリープモードに移行する。ユダにも伝えるんだ」
溜め息をつくイワフネ。
円盤型のアダムスキー型脱出シャトルは、極東の細長い列島に在る基地へ向けて飛び始めた。
シロヒト人の大陸はアトランティス大陸、アカヒト人連合大陸はムー大陸と後世の人類は呼んでいる。
神の怒りに触れ一夜にして沈没したと言われる両大陸が実在したかについて、現在でも地球人類の間で議論がされている。
―――同時刻【大西洋南部上空】
「ふむ。奴らは玩具を振り回し過ぎたようだ」
大陸の遥か上空、衛星軌道上で楕円形の形状をした高速連絡艇に乗り込んでいた縦長の瞳を持つ人物が、コーンパイプで阿片をふかしながら眼下で滅び行くアトランティス大陸の断末魔の光景を興味深げに眺めていた。
「マスター、大陸南部にシロヒト人残存勢力が再結集している模様。月面まで避難を試みる様です」
同じく特殊なプラグスーツを着た縦長の瞳と萌黄色の鱗を持つ連絡艇操縦士がコーンパイプをふかす主人に報告する。
「それはいかん。奴らがまだ宇宙に来るのは200万年早いというものだ」
眼下の大陸南端に集まるシロヒト人避難民を、馬鹿にしたように見つめる彼が宣う。
「アカヒト人の大陸で、生き残っている電磁波システムは有るか?」
彼が訊く。
「はい、マスター。イースターベースのモアシステムが稼働中」
操縦士が答える。
「よし、こちらでモア・システムのコントロールを掌握するのだ」
僅かな時間の後に、
「マスター。モア・システムコントロール来ました」
報告が上がる。
彼はニヤリと白銀の薄い鱗に覆われた顔を歪めると命令した。
「モア・システム最大照射!目標アトランティス南部サーガッソー!」
太平洋東南部の一角から強力な電磁波が電離層を反射して大西洋南部にある崩壊した大陸の一角に降り注いだ。
「モア・システム稼働中。出力150%、施設の耐用限界値を突破します」
「構わんよ。どのみち滅ぶのは奴らだけだ」
「アトランティス南東部沈黙。宇宙港機能停止しました」
「よろしい。私達は地上が落ち着くまで、ラグランジュポイントでしばし眠りの時間に入る。監視体制はオートで構わん。しかし、これでしばらく奴らの新鮮な心臓が食べられないとは辛いな・・・」
コーンパイプを加えた彼を含めて数名となる爬虫類搭乗員を乗せたアダムスキー型連絡艇は、そのまま滑るようにバンアレン帯を飛行して地球大気圏を突破、月面との中間地点に在るラグランジュポイントへ向かった。
眼下の地上では、1万2000年後に『南米大陸 アマゾン地域』と呼ばれる、かつてアトランティス大陸南端部分だった所に、真新しい苗木が群生する大草原が誕生していた。
真新しい大草原の下には、アトランティス文明が誇っていた多くの大陸間連絡シャトルや、衛星軌道にも到達可能なアダムスキー型連絡艇等の高度な飛行機械が埋もれていた筈である。
また、太平洋東南部一角は電磁兵器の乱用で激しい地殻変動を起こして施設の大半が海に沈み、モア・システムのレドーム部分が耐用限界を超えて過熱溶解して、まるでヒトの顔のような物が地上に露出した形で残されることとなった。
この施設が在った地区は後世で『イースター島』と呼ばれている。
♰ ♰ ♰
2021年(令和3年)5月15日午後5時30分【総合商社角紅 総合流通営業部】
「大月さーん!今晩飲みにいきませんかぁー?」
西野ひかりが帰宅準備をしていた大月のまるっとした背中に声をかけた。
「えっ!?『今晩も』じゃないの?」
女性の免疫に弱い大月の腰が引けている。連夜にわたる女性との飲み会はご褒美ではなく、ストレスであった。
「ダメなんですかぁ?お仕事最近少ないですし暇ですよぅ」
ひかりが駄々をこねる。
経済統制の一環として、東京都内中心部でも計画停電が始まった為に、企業の大部分は深夜残業が出来なくなっていた。
大月が所属する総合流通営業部も、午後5時30分定時での帰宅を余儀なくされていた。
「今月は残業代がないからキツいんだよな。俺も副業で畑でも耕そうかなぁ」
ひかりの誘いを断りながら大月がぼやく。
政府の緊急食糧管理法で農漁村の大規模復興事業が始まり、農漁業に限り副業が認められた。
残業消滅で収入の減った会社員の多くは地方農漁業法人に就農し、週のうち2日を畑に費やして、3日を本来業務に充てる形態が増え始めていた。
大月が勤務する角紅本社も農業法人子会社を設立、社員をローテーションで農村や漁村に派遣していた。
「そんなにお金が欲しいのなら、私のお部屋の家事手伝いをお願いしますよぅ!
何なら永久副業でもいいですよぅ?」
西野が大月を上目遣いで見つめながら、甘ったるい誘うような声を出す。
「それはやめとくわ。なんか掃除とか大変そうで、いろいろブラックっぽいから」
そっけなく拒絶する大月。
「なんですとー!失礼な!お部屋はキチンと毎月お掃除していますっ!」
「・・・そこは、毎日掃除していると言って欲しかった・・・」
大月はげんなりとしながら西野の飲みに付き合う事を決めると、同じく一人暮らしの春日を誘い、副業目当ての料理好きサラリーマン達が集う『屋台村』の在る日比谷公園へ今晩も通う事にするのだった。
♰ ♰ ♰
2021年(令和3年)5月15日午後10時【北海道東方沖の太平洋 海上自衛隊護衛艦『ひゅうが』ブリーフィングルーム】
1日の調査を終えて『ひゅうが』に戻った岬と大鳥は、夕食を終えるとブリーフィングルームに向かった。
二人がブリーフィングルームに入ると、研究結果の発表が始まった。
この発表は岬教授の強い希望により、全艦隊の乗組員が聴けるように、通信回線をオーブンにしている。
「まず海流ですが、黒潮は北上するとそのまま審判の壁に吸い込まれるように消えていきます。反対に、黒潮南端からは、海中の審判の壁から海底付近まで、涌き出るように『黒潮』が発生している事が確認されました。また、海中のゴミや汚れは、北上して審判の壁に吸い込まれたあと、黒潮南端から、「綺麗な」海水として流れています。まるで審判の壁がフィルターの役割を果たしているようです。
魚類、プランクトン、鮫は審判の壁にそのまま入り、同時に黒潮南端から出現しています。これは、南端側と黒潮北端の両端に待機させた、ドローンによるリアルタイム撮影で確認しました。
ちなみに鯨、イルカは本能的に審判の壁を避けて黒潮北端から審判の壁沿いに南下する流れに乗って黒潮南端に戻り、再び北上しています。実に摩訶不思議な仕組みとしか言いようがありません。海流の仕組みとしては、オゾンで消臭・消毒された水が水槽の中を循環するイメージです」
岬教授が、演台に置かれたノートパソコンを操作してプロジェクターに海流と生物の動きを記録したデータを表示する。
「気流・気圧についても同様です。まるで審判の壁が転移前の内部の気流・気圧を「知っている」かのように、コントロールされた大気の流れが発生しています。南側に行くほど新鮮な空気が多い。そう考えて頂いて構いません」
大鳥が補足した。
「ミス・ミサキ。もしその通りだとしたら、日本列島は以前から審判の壁を作った存在に、取り込まれていたのではないかね?」
レーガン艦長のスティーブン大佐が、手を挙げて質問する。
「今のところ、その存在に結び付く手掛かりが皆無であり、科学的な立証もこれからになるので、分からないとしか言えません。しかし、個人的には大佐のお考えが自然な流れだと思います」
思案気に岬が答える。
「審判の壁は太古の神々が、我々人類に与えたもうた科学的、技術的な試練かも知れません。また、この空間を作り上げた存在は、内部の生物を育て上げ、守り抜く為に、この大掛かりな仕掛けを作り上げたとしか思えないのです」
岬はちょっと感傷的になった頭を振って目を醒ますかのように、科学者としての思考を取り戻しながら考えを述べた。
「明日は、審判の壁沿いの海底地形を調査します。地震列島と言われる地殻と火星との関係を調べます。ソナーを使う予定です。それでは皆様、お休みなさい」
岬教授が、明日の課題を伝えてブリーフィングを締めくくった。任務調査艦隊のやるべき事は多い。
――――――
ここまで読んで頂き、ありがとうございましたm(__)m
【このお話の登場人物】
・大月満=総合商社角紅社員。
・西野ひかり=大月と同じ部署。
・イワフネ=マルス人。マルス・アカデミー惑星型調査研究ラボ『ルンナ』生存者。
・モウゼ=マルス人。マルス・アカデミー惑星型調査研究ラボ『ルンナ』生存者。
・ユダ=マルス人。マルス・アカデミー惑星型調査研究ラボ『ルンナ』生存者。
・
・大鳥=東南海大学海洋学部助教授。
・スティーブン=極東アメリカ合衆国海軍航空母艦『ロナルド・レーガン』艦長。大佐。
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