第11話 愛してるの言葉
『下見ってなんのですか?』
アンジュは灯台を調べてなんになるのか分からず、狭い階段を上るレイヴィンに尋ねた。
『三日後、歌姫が水の精霊に歌を捧げる儀式を行う』
『そうらしいですね』
『歌姫に用意されたステージが、この灯台の見晴台だ』
長い階段の先にあった重たいドアを押し開けると、そこに広がっていたのは凪いで澄んだ海。
人気のないことを確認して、アンジュは憑依していたレイヴィンの身体から抜け出し柵から身を乗り出した。
「キレイな眺め」
灯台の天辺には昼間に太陽の光を吸収し夜になると光を放ち道標となる石がある。
その石が海を照らしているので夜でも遠くまで見渡せた。
見晴台をぐるりと回ると、先程の騒ぎが起きている露店の方の様子も伺えて、なんだかアンジュが申し訳ない気持ちに苛まれた。
当の犯人であるレイヴィンはそちらに関心を示すことなく、見晴台を一周すると地平線の広がる方へ立ち遠くを見つめる。
「砂浜には観客、反対側は海……攫いがいがあるな」
彼はどこか楽しそうだった。
「……まさか。この舞台で歌姫様を攫うおつもりですか!?」
「ああ」
「でも、あの方はこの舞台で歌う事を楽しみにしているみたいでしたけど……」
それに本気で駆け落ちしたいなら、夜な夜なこっそりと城を抜け出す方法のほうがまだ成功する可能性があると思うが。
「そうだな、楽しみにしているところ申し訳ないが、あいつ何も知らない。俺のことはただの薬師だと思ってるしな」
「えぇっ!? それってつまり、なにも知らないセラフィーナ様を突然攫うおつもりですか!?」
まさかレイヴィンは駆け落ちじゃなく正真正銘の人攫いをするつもりなんじゃとアンジュは青ざめたが。
「それは違う。この国から離れる事はセラフィーナの望みだ」
「そ、そうですか。無理やり攫うんじゃなくてよかったです」
ならば駆け落ちの約束はしているけれど、こんな派手にさらわれることを彼女は知らない……ということだろうか。
「あの……でもでも、ここから攫うのは、いくらなんでも考え直したほうが」
「いや、それぐらいしなくちゃセラフィーナの枷はきっとはずれない」
「枷?」
「どうせやるなら、すべてのしがらみをぶち壊すぐらいの事をしないとな」
「???」
よくわからなかったがアンジュはそれ以上言うのをやめた。
彼はこうと決めた信念を簡単に曲げるような人ではないのだろう。そんな意思の強さと、なにかからセラフィーナを救おうとしているような、そんな想いを感じるから。
「……本当に好きなんですね。あの歌姫様のこと」
「それは……どうだろうな」
「今さら隠さなくても。バレバレですよ」
「俺は怪盗だぞ。お前ごときに俺の本心が見抜けるとでも?」
レイヴィンは、いつものようにからかうような意地悪な笑みを浮かべている。
だが、悔しいけれどレイヴィンの彼女への想いだけは隠しようのない事実だとアンジュには伝わってくるから。
「分かってますよ。レイヴィン様がセラフィーナ様にメロメロなことぐらい」
「なにムキになってんだよ」
アンジュがちょっぴり不貞腐れてそう言うと、レイヴィンは何を考えているのかふっと口元を和らげ目を細めた。
「そうだな……愛してる」
「っ!」
優しい笑みだった。
まっすぐに目を見て告げられてしまった。
すでに知っていた事のはずなのに。彼を焚き付けたことを後悔しつつ、改めて言葉にされると胸が重く苦しくなって泣きたくなった気持ちをアンジュはぐっと堪える。
どんなに好きになっても仕方ない。未来のない亡霊の自分じゃ結ばれることはできないのだから。
いっそのこと、全部忘れて転生できたらいいのに。そうしたらこのどうしようもできない想いを手放すことができるのに……
レイヴィンはそれ以上語らず視線を海に移し遠くを見ていた。
きゅっと下唇を噛みしめアンジュもレイヴィンの視線を追うように海の向こうを見つめた。
夜の闇に紛れて黒く大きなカラスかコチラに近付いて来るのが見えた。
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