第10話 不機嫌なレイヴィン様
その日の夜。
行くぞと声を掛けられたアンジュはレイヴィンと一緒に出掛けた。
どこに連れて行かれるのかも分からないままで少しだけ不安になってしまう。
なぜなら昼間レイヴィンに部屋を抜け出しどこへ行っていたのだと詰め寄られたが、アレッシュとの約束を守り頑なに教えなかったのが原因なのかあれから彼の機嫌が悪いのだ。
(このままどこかに捨てられたりしたらどうしよう……)
今は途中で拾った馬車の中二人きりなので、向かい合わせで座っているのがだ……気まずい沈黙が続いている。
「…………」
「…………」
「……レイヴィン様」
「…………」
「怒ってます?」
「……別に」
(うそです。絶対怒ってる……)
「なんだよ、なにか怒られるようなことをした覚えでもあるのか?」
探るような眼差しを向けられアンジュはぶんぶんと首を横に振って否定したが、あまり信じてもらえてはいなさそうだった。
「お前、なにか隠してるだろ」
「な、なぜ!?」
「そんな顔してる」
す、鋭すぎる。表情だけでそんなことを察することができるなんて。
やはりアレッシュの部屋にお邪魔していたことを言うべきか迷う。
だが彼はアンジュの事を誰にも言わないと約束してくれた。それは彼がアンジュの姿が見えるということを口外しないという交換条件のもとだ。
「な、なにも隠してないですよ! 気のせいです……」
目を泳がしながらもなんとかそう答えるとレイヴィンがそれ以上追及してくることはなかったけれど、再び気まずい沈黙が訪れる。
こんな時、ご主人様のご機嫌を上手に取りたいものだが、アンジュはレイヴィンがどんな事で喜ぶのかなにも知らないことに気づいた。
「あの……ご趣味は」
「なんだそのくだらない質問は」
「……もっと、レイヴィン様のこと知りたいなと思いまして」
こんな気まずい雰囲気のなか突然聞く質問としてはセンスがないかもと自分でも思ったが、アンジュは素直にそう答えた。
「好きなものとか、嫌いなものとか、貴方のことならなんでも知りたいです」
「…………」
暫し沈黙が続き、やっぱり答えてくれるわけないかと諦めて大人しくしてることに決めた頃。
「……ん」
「?」
突如、グーにした右手を差し出してきたレイヴィンに首を傾げ、アンジュがその手を覗き込むと。
「わぁ!」
手を開いた瞬間に、ぽんっと一輪の赤いバラが出現した。
「え、え?」
驚くアンジュの表情が面白かったのか、にやりと笑みを浮かべたレイヴィンはパンッと両手を合わせる。すると一輪のバラは幻だったみたいになくなっていた。
「な、なんですか、今の?」
「俺の趣味」
「趣味?」
魔術? 奇術? それとも人を驚かせること?
もっと詳しく聞きたかったけれど、そこで目的地に着いたようで馬車が止まった。
「行くぞ」
「は、はい???」
外に出るため身体に憑依するようレイヴィンに言われ、アンジュは大人しく従う。
結局今のがなんだったのかは聞けずに終わったが、レイヴィンのご機嫌はなぜかほんの少し戻ったようだった。
◆◆◆◆◆
馬車を降りるとそこに広がっていたのは、街灯に照らされたカラフルなテントの露天と人々が賑わう風景。
大漁だ、大漁だと、豊漁を喜ぶ漁師たちの勇ましい歌声も聞こえてくる。
『ここはウェアシスの港?』
祭り会場へレイヴィンはどんどん歩いていくので、観光でもするのかと一瞬考えたが、彼は露店には目もくれず活気に溢れた港の奥へ進んで行った。
露店が並ぶ場所を過ぎ、買った焼き魚を食べたり地べたに胡坐を掻いて貝のソテーをつまみに宴会をしているおじさんたちの横も素通りし。
『どこまで行くんですか?』
喧騒が少し遠くなる頃、レイヴィンはようやく足を止めた。
そこには砂浜と大きな月が映される穏やかな海が広がっていた。砂浜の先には石垣で造られた海の向こうへと延びる細い道があり、その先には乳白色の高い灯台が建っている。
そして見張り役の番人が二名ピクリとも動かぬ石像のように立っていた。
レイヴィンは顎に手を当てそれを遠くから眺めている。
『二人か。案外手薄だな』
彼は懐から笛を取り出すとそれを吹いた。人には聞こえない周波数の音がでるのか、無音で誰も気付かない。
だがすぐに彼の頭上に大きな影が現れる。レイヴィンが腕を出すと、彼の腕に止まったのは闇夜に馴染む漆黒の羽が艶やかなワタリガラスだった。
レイヴィンはワタリガラスにしか分からない合図を送り再び空に放つ。
『な、なにをするおつもりで?』
『いいから、お前はまだ黙って見てろ』
レイヴィンは素早く海の近くに建てられた、今はもう使われていない古い木造の小屋の裏へ身を潜める。
空に放たれたワタリガラスは砂浜から祭り会場の方へ飛び、露店の影へ降り姿を消した。
その直後。
「キャー、助けてっ! 誰か、強盗が!」
鼓膜を劈くような若い女性の叫び声が聞こえてくる。
「有り金を全てよこすんだ! さもなければ人質の命はないぞ」
「ああ、誰か。あたしの子供が!」
どすの利いた男の声と動揺する母親の叫び声に混乱した人々も騒ぎ出す。
灯台の前に立っていた見張り役たちは互いに顔を見合わせ、最初は一人だけが持ち場を離れたのだが、混乱して多くの人が逃げ惑っているため、すぐにもう一人も灯台の前から離れて行った。
『子供を人質にとるなんて野蛮極まりないですね』
『心配するな、全部嘘だ』
『へ?』
思わず間抜けな声を出してしまったアンジュにはお構い無しで、灯台へ向かいながらレイヴィンが続ける。
『強盗だと騒いだ女の声はさっきのカラス。強盗の声もな』
『えぇ!? カラスってしゃべる鳥でしたっけ』
『あいつらは賢いからな。教えたら言葉ぐらい話す』
『すごい。一人芝居、いえ一羽芝居……って、感心している場合じゃなくて。あんな騒ぎを起こすなんて一体なにが目的でっ』
『そんなの灯台の下見をするために決まってるだろ』
『下見……?』
灯台まで辿り着いたレイヴィンは、懐から取り出した針金で簡単に扉の施錠を外すと、入り口に掛けられていたランプを手に取り、螺旋状に伸びる階段を照らしながら上りだしたのだった。
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