予兆。20

「青春ドラマみたーい」

 恵美がドアを開けて、呆れた様子で言う。

 あづはそれに、顔をリンゴみたいに真っ赤にして突っ込んだ。

「ちげーよバカ!つか恵美、事情聴取は?」

「今終わったわよ」

 恵美が出てきた部屋から、怜央と潤と警察が顔を出す。

 会議室から警察と穂稀先生と、草加とその母親が出てくる。


「まだ帰ってなかったのか」

 警察がいう。

「あの、俺の処分は」

「一ヶ月の停学だよ。君も、草加君も」

 どうやら退学にはならなかったらしい。はあ。よかった。思わず安堵の息が漏れた。

「はあ。今回は退学にならなかったからよかったけど、もうこんなことやめてよね、空我」

 穂稀先生はあくまでも息子を心配する母親のふりをするようだ。

「うん」

 下を向いて、あづは頷く。

「帰るわよ、空我」

 あづは穂稀先生から離れようとして、数歩後ろに下がる。

 明らかな拒絶だった。

 なんで。こんなことをしたら、虐待のことをますます疑われるに決まっているのに。

 あづは穂稀先生が逮捕されるのは嫌だと言っていた。でも、その割には自分から虐待をばらそうとしている。行動が不可解だ。

 そこまで考えて、ふと気づく。

 もしかしたらあづは、穂稀先生が逮捕されるのも、自分がこれ以上虐待を受けるのも嫌なのかもしれない。もしそうだとしたらあづが望むことは……穂稀先生が虐待をやめて、自分にずっと優しくしてくれることだろうか。それなら、俺はその未来を作る手助けをしないと。

 どうしたら、その未来を作れる。

 アビラン先生を説得して、日本に帰るように言えばいいのか。それで、穂稀先生に虐待をやめてって言ってくれるようアビラン先生にお願いすれば、虐待は解決するかもしれない。

 俺があづを守れる時間は限られてる。一刻も早く虐待を解決しないと。

 そのためにも、なんとしてでもアビラン先生を日本に連れて来させないと。

 正直いってアビラン先生は日本に来てくれるかわからない。虐待の話をした時、あづより患者を選らんだし。

 でもあづの父親はアビラン先生だけだから。

 アビラン先生はきっとあづが嫌いなわけじゃない。だってもしそうだったら、俺があづを救うのを後押ししなかったハズだし。もしかしたら自分も日本に行くって言わなかったのは、患者に俺の他にも先行きが危ない奴がいたからとかなのかもしれない。まあ俺は患者より息子を優先してくれと思うけど。

 自分も病人なのにこんなことを考えるなんておかしいのかもしれない。

 大抵の人は子供より患者を優先して欲しいって思うんだろうな。俺みたいな重病の患者は特に医者に自分の命を委ねているようなもんだし。

 多分これが、俺のダメなとこなんだよな。

 別に死にたいと思ってるわけじゃないけど、自分を大事にできない。自分の時間を、あづのために使いたいと想ってしまう。いじめや姉のことが原因で、自分を蔑ろにするのが当たり前になってしまっているから。まああづを守りたいっていうのは俺の意思だから、自分の気持ちを大切にはできてるけど。それだけは成長したとこかもな。姉ちゃんが生きてた時は自分の意思もないがしろにしてたし。そうならなくなったのはあづのおかげだな。あづが俺に怒ってくれたから、俺は自分の気持ちを大切にできるようになった。

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