予兆。13

 耳を疑った。

 俺をそんなふうに言うやつなんて、中学の時に虐めてきた奴くらいしか思いつかない。

「くっ、草加、蘭……」

「へぇ。覚えてたんだ、俺らのこと。まぁ記憶に残るくらいひでぇことしたもんな」

 そういうと、草加は手に持っていたビールを俺の顔にぶっかけた。

「「「奈々っ!」」」

 冷た。

 急すぎてろくに反応出来なかった。

 酒の匂いが鼻につく。鼻水が出て、急激な寒気に襲われた。

「アハハ! 草加、最高!!」

 あづ達が酒まみれの俺を見て声を上げたのと、蘭が声を上げたのはほぼ同時だった。

「奈々、大丈夫?」

 恵美がポケットから出したハンカチを俺の髪に押し当てる。

「ありがと。はっくし!」

 寒すぎてくしゃみが出た。

「ウッソ。お前、奈々って呼ばれてんの? ますます女子じゃん。本当にお前って気持ち悪いよな、女みたいで。肘まで伸びた髪も、そのほっそい身体も、本当に気持ち悪い」

 草加が俺を汚物を見るような目で見て、虫を追い払うみたいに、指をしっしっと動かした。

 次に何を言われるのか予想がついた。

 怖くて、身体がガタガタ震えた。

「本当になんでお前だけ生き残ったんだろうな。――お前が死ねば」

「草加、それ以上いったら、その腕へし折るぞ」

 おまえが死ねばよかったのにという言葉を、あづが遮った。

「何キレてんだよ、あづ。お前はいつからいじめられっ子を庇うようなダサいヤツになったんだ?」

「全くだ。あづらしくもねぇ」

 蘭が草加に賛同した。

「ハッ。いじめをしてるお前らの方がよっぽどダセェよ」

「あ? もういっぺん言ってみろよ」

「ハッ、二回も言わないと理解できねぇのか?」

 あづが草加を挑発した。

「てめぇ、調子乗ってんじゃねぇぞ」

 草加があづを拳で殴ろうとする。あづはその拳を軽々と受け止めた。

「あづ、今は」

 潤が何かを言いかけたのと、あづが草加の顔を殴ったのはほぼ同時だった。

 大方、喧嘩を止めようとしたのだろう。

 草加がキレて、あづになぐりかかる。あづはそれをギリギリでよけた。蘭が加勢しようとして、あづの背後に回る。

「おいおい、二対一は卑怯だろ」

 潤が蘭の服の襟を掴んだ。

「止めんのは俺だけでいいのかよ? このままじゃ下手すると警察沙汰になるぜ?」

「あいつを止めるのは、俺の役目じゃない」

「……あづ、やめろ。俺は、平気……うっ」

 酒を口に含んだせいか、気持ち悪くなってきた。

 ……こりゃあ吐く一歩手前だな。これ以上何かされたら、絶対吐いちまう。

「奈々っ!」

 あづが慌てて俺のそばに来る。

「奈々絵ちゃん、調子悪そうじゃん。寒い?」

 草加が俺を見てにやにやした顔で言った。

「……だったら、なんなんだよ」

「良いざまだなぁと思って。そうだ。あづ、お前に、いいもん見せてやるよ」

 そういうと、草加はズボンのポケットからスマホを取り出して、それを十秒くらい操作してからあづに見せた。

 スマホに表示されていたのは、俺が無理矢理女子の制服を着せられた時の写真だった。

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