和幸 傷心

 いい娘だな——。

 無口で、どちらかと言えば何を考えているか読めないところはあるが、あの雨の日の晩以来、美月の印象が変わったのは確かだ。初対面の紗代子に、誤解とは言え不倫相手のような言い方をされ、さぞ不愉快だったろうに。

 美月の横顔。白くキメの細かな肌に目がいった。

 

「井之上さんは——付き合ってる男性ひととか、いないんですか」

 

 美月が丸い目を、さらに大きく見開いて、こちらを見る。

 

「付き合ってる人なんて……」

 

 唇を固く結びうつむいてしまった美月に、自分が何をいてしまったのか。

 息をのんだ。彼女に付き合ってる男がいてもおかしくはない。なのに、そんなプライベートな事を訊いてしまった。黙ってしまった美月に、すまないと思いつつ言葉につまった。

 謝ってしまっては、かえって失礼かもしれない。では、こんな場合はどうしたらいい。気の利いた台詞が思いつかない。

 

「私って」

 

 美月がカウンターの向こうに回り込んだ。

 

「男の人から見ると、つまらない女らしいんですよ。でも、もし、そんな人がいたら」

 

 頬に手をあてた美月が首を傾げる。

 

「こんな私でも、もう少し可愛い女に見られるんでしょうかね」

 

 どう思います? そう言いたげにおどけて見せる美月の先で、風にはためいていた向いのコーヒーショップののぼりが、ぴたりと止んだ。一層いっそうまばゆく、時が止まったような静寂。そして目の前で精一杯、女を強調してくる美月に思わず吹き出してしまった。

 

「笑いましたね、佐久間さん」

「あっ、いや、これは」

 

 言い訳したくても彼女の顔が見れない。落ち着いて顔を上げると、肩の力を抜き頬にあてていた手を、そっと下ろした美月が外を眺めていた。

 

「暑くなってきました」

 

 美月の口元が、ほんの少しほころんでいるようにも見える。

 

「室温を確認しておいた方が、よさそうですね」

 

 美月から、ふわりとシトラス系の匂いが鼻をかすめた。シャンプーの香り、いかにも美月らしい香りだ。小柄で、少し膨よかな美月は目立つタイプの女性でもないし、何を考えてるか読めない、声を掛けづらいところも一見ある。異性に積極的に行動できない女性は多いかもしれないが、美月の場合、それを通り越して興味がないようにも見える。

 他人に、そう印象付けてしまうこと彼女自身自覚していて、あんな事を言ったのか。それとも過去に好意を持った男に、お前はつまらない女だとでも言われたことがあるのか。嘘なのか事実なのか、わからないが、自分は決して美月をつまらない女だとは思わない。

 彼女には女として母として、幸せになってもらいたい。

 

 奥へ下がろうとした美月の足が止まった。一瞬にして表情が険しくなる。今まで見たことのない緊張が入り混じった顔。まただ、そう呟くと店の入り口へと小走りで向かった。

 自動ドアが開いて、美月が辺りを見渡す。なにもないのを確認した美月が、それでも不信感を漂わせ戻って来た。

 

「どうしたんですか?」

「いえ——」

 

 美月が、もう一度外へ振り返った。

 

「ちょっと最近、気になることがあって」

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