紗代子 焦り

 溜息混じりの言葉の端々に、意外だという含みが混じる。目を細め首をかしげながら、いびつ口角こうかくを上げていった。

 

「まあ、貴女も頑張りなさいよ」

 

 人事ひとごとの台詞に背筋が伸びた。何を頑張るというのか。そんな必要もないし、理由もない。いくら母親でも、言われたくもない。

 

「面白いこと言いますね」

 

 互いに目と目があって、先に相好そうこうを崩したのは明奈の方だった。何か変なことでも言ったかしら、そんな含み笑いを浮かべ「あら、そう?」と私を見下ろす。

 

「和幸さんのことは、お父さんには言わないでおくわ。上手くいってるとだけ伝えるから。あと、何かあったら紗代子の方から私に連絡してちょうだい。いくらなんでも和幸さんに捨てられた挙句、帰る家がないんじゃ可哀想だもの」

 

 キッと睨み返すと、すかさず「そんな顔しないでよ」と顔を覗かれた。

 

「これでも心配してるんだから。あなた一人が住める家くらい、用意してあげるわよ」

 

 娘の行く末を心配してると言った先から、明奈の興味は他にいった。店の前に止まったシルバーのSUV。瞬時に腰回りを指で撫で、身なりを整えた明奈が手を振る。先程の店まで送ってきた男とは別人の、明らかに明奈より二回りも若い男のシルエットが此方こちらを見ていた。

 

「紗代子、これだけは気をつけてなさいよ。和幸さんみたいな男が本気になったら、いくら貴女でも、もう無理だから」

 

 唇に人差し指をあて『これからが楽しみね』声にならない言葉を残した。

 和幸が本気になる。つまり、美月にということか。開いた口が塞がらなくて、天井を見上げた。

 まさか。確かに今は一度寝た美月に対して、複雑な心境かもしれないが、あのひとの気持ちは私にある。どうしたら、あの和幸が美月みたいな女に心移りすると言うのか。

 意気揚々いきようようと店を出て、車の助手席に乗り込む明奈を、テーブルに片肘ついて眺めた。

 今日、この店まで男に送ってもらったり、帰りも別の男を呼びつけたりと、私への対抗心には言葉が出ない。母を乗せて走り去る車。あの男も母の不特定多数の男のうちの一人なのだ。体の関係があるかないかは分からないが、この母の行為。父が知らないはずがない。知っていて見逃してるんだろう。

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