紗代子 嫉妬
「ちょっとした知り合いだよ」
電話の相手など想像できる。あの女だ。美月とかいう和幸の同僚。
これは
くだらない女。なんて挑戦的な。
表情のない和幸を振り向かせ、ソファーの上に押し倒した。無言のまま、じっと見つめてくる身体の上に
どう、綺麗でしょ、私の身体。あんな女に負けはしない。女としても、肉体的も魅力的なのは私だ。
「私と彼女、どっちが良い女?」
和幸の目を覚まさせる。それが美月への
和幸が、ゆっくりと起き上がって私の肩を掴んだ。
和幸の表情からは何も読み取れない。何を考えてるかわからないから、ざらついた気持ちに焦りの波紋が広がる。
なぜ私だと答えない。なぜ私を欲しないの。そんなんじゃ、私が
思わず両手で胸を隠すと、和幸が床に落ちていた服を拾い背後から、そっと肩に掛けてきた。
「風邪、うつしてしまうからソファーで寝るよ。紗代子はベットで寝た方がいい」
早く寝室へ行けとばかりに、背中を押された。
やはり、あの女の方が良いのか。私より美月の方に本気で気持ちが傾いたのか。
寝室から和幸が毛布を持ってきた。この私を無視して寝る支度をするなんて、とてつもなく大きな敗北感しかない。今まで、こんな扱いされたことがない。ましてや、この和幸にだ。
私に感心が薄れるのも気に障ったけど、私より女性としての魅力のかけらもない女へと心変わりする男など許せるはずもない。
そっと背後へ近づき和幸の背中を押した。前のめりに崩れる和幸を見下ろして、更に体重をかける。
美月は、この体に抱かれた。
「ふざけないでよ、あんな女の、どこがいいのよっ」
どこにでもいるような、つまらなさそうな女。服のセンスや容姿だって私より劣ってるのに、
憎い。
この、やり場のない怒り。美月に心変わりした和幸には、わからないだろう。
起きあがろうとした和幸を両手で更に押した。しかし、やはり男だ。なんなく振り向き私の手首を
「井之上さんとは、なにもない」
和幸の眼。なんの感情の光も見えなかった。しいて言えば
私は、この眼を知ってる。これと同じ眼を幼い頃から何度も見てる。この眼は母と同じだ。
おずおずと、とても不器用に和幸は私を引き寄せ抱きしめた。どこが迷いのあるような耳にかかる息。私の肩から落ちた服を再び拾うと、子供の着替えを手伝うように、私に服を着せ始める。
そして、ぎこちなく笑って
「ちょっと外の空気吸ってくる」
風邪気味なのに、髪も乾いてないのに、和幸はコートを羽織り玄関に向かう。
男って、そうだ。都合が悪くなると直ぐに逃げる。
その後ろ姿は夜分に出て行く父親に似ていて、そして今の私の立場は無言で見送る、あの時の母、
ドアノブを回そうとした和幸が、立ち止まって振り返った。
「これからは、きっと上手くいくよ」
扉が開き静かに閉まる。その後ろ姿が見えなくても、和幸が遠のいて行く姿が想像できた。
なにが上手くいくのよ。
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