佐久間紗代子


陽光がカーテンの隙間から入り込み、寝室の壁や床に淡い光を落としている。時折、その光の中に飛び去る鳥の影を目にした。

 鳥のさえずり、なんて清々しい朝。

 それにくらべ足もとには、昨晩、腹立たしさと惨めさで壁に投げつけた服が散乱してる。


 和幸あのひとは、あれから一度も戻って来なかった。おそらくリビングのソファで眠ったんだろう。結局、まんじりともせずに朝を迎えてしまった。


 重い身体を起こすと、つきたくもない溜息が出た。


 いったい何だというのか。どうして私が、こんなモヤモヤした気分で朝を迎えなきゃならないのか。


 鏡に映る自分。なんとなくポーズをとってみた。

 

 ランジェリーのベビードールから覗く形のいいバスト。すらりとした長い手足。そして、しなやかな体躯。けして男に、そっぽ向かれるような代物じゃないと思う。


「んっ?」


 目の下に指をあてて、鏡を覗き込んだ。うっすらと隈ができている。


 なんて酷い顔だ。これも和幸あいつのせいだ。


「シャワー、浴びてこなきゃ・・・」


 静まりかえったリビング。和幸あのひとの姿は、もうない。朝早くから人が動く気配を感じたから、朝食の準備をしてるのだろうと思ったけど。


 テーブルには、私の分のスクランブルエッグとサラダ。ご丁寧にコーヒーの準備までして行ってる。

 ほんとうに、御立派な旦那様だ。


「ふんっ」


 私が妻としての仕事を放棄したのは、いつだっただろう。

 たとえば、水滴ひとつない、このバスルーム。


 結婚した当初、私だって掃除くらいしていた。でも和幸あのひとは、私のやり方が気に食わなかったんだろう。仕事で疲れているはずなのに、家事いっさいは自分がするからと言い出した。


確かに、私より上手よ。家の掃除も料理の腕も。


 つまり、私の手際の悪さに不満だったてこと。


 料理が口に合わなかった。部屋の隅にたまった埃でも見つけたかしら。すっぴんの妻の顔にでも幻滅した?


 笑わせないで・・・。


 この私が一生懸命やったことを、和幸あのひとは馬鹿にした。


 シャワーノズルのお湯を止めると身体についた水滴が、滑らかな曲線を伝い足もとの排水口へと流れていく。


 浴槽の壁に張り付いたソープの泡を流すことなく、バスタオルで身体を覆った。


 優しい柔軟剤の匂い。ほんと、ムカつく。


 バスタオルを洗濯槽に放ると、急いで髪を乾かした。リビングに戻って、もう一度、和幸あのひとが私のために作った朝食を眺める。


 あんな手紙書いて渡してきたくせに、私を抱こうともしなかった。結局、みんな和幸あのひとの猿芝居なのよ。


 携帯電話片手にソファーに腰を下ろした。すぐに浩介のメアドに文字を打ち込む。


" 会えない?"




 

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