妖精が笑う空に

七海一

第一章 第一話

サワ…。。。


春風が吹く。


そこはまるで御伽の国の世界のような幻想的な場所だった。

光に照らされ、光り輝く水面。

青々と豊かに茂る緑の草原。

草原を鮮やかに彩る美しい花達。


ほら、見上げれば小さくてかわいい妖精達が楽しそうに飛び回っている。


まるでかつての妖精界の姿。

世界が一つになってからは目にしない光景。

妖精はいてども、今はもう存在しない妖精界。


じゃあ、どうしてこの場所が見えてるって?

だってここは夢だから。

そう、私の夢。

いつも決まって見る夢の中。


私は花畑に座って、戯れる妖精達を微笑ましく見つめてる。

その中に一人…まるで人間のような姿をした男の子がいる。

まるでじゃない。

彼は人間だ。

本来なら人間が妖精界に来ることは禁じられているはずだけど…でも、誰も気にしない。

だって妖精達は彼を歓迎してるから。

楽しげに遊んでいる。


でもどうしてだろう。

彼の顔だけがぼんやりしてるのは。


「──!!」


笑顔で話をしてるのに…どうして聞こえないの?



ねぇ、君は誰?




──────────── ─────…………


───………



「いた、」



頭に鈍い衝撃を受けて私は目を覚ます。



「あれ…ここは…」


「まだ寝ぼけてんのかー?

ここは教室。もう一つ言えば授業中だ。

宮路桜華(ミヤジ オウカ)」


自分の名前を呼ばれ、そこが現実だと理解する。

辺りを見回せばそこは確かに教室だった。



「俺の授業に寝るなんて、中々いい度胸だ」


そう笑顔で言うのは科学魔法専門の笹原悠(ササハラユウ)先生だった。

いつ見てもボサボサの天然パーマと丸メガネが印象的。

先生は丸めた教科書を何回か手でバウンドさせる。

さっきの鈍い衝撃はその教科書で間違いなさそう。


「俺の授業を居眠りできるっつうことはこの授業に相当な自信を持っているんだな?」


「へ?!」


「宮路、前に出て見せてみろ」



先生の不気味な笑顔は私を流さないとばかりに圧迫してくる。

私は観念して教卓に並べられた薬瓶に手をつける。


青色の薬瓶を赤色の薬瓶の中に入れ、

そこに緑色の薬瓶を一滴垂らす。

右手で薬瓶の上に蓋をするように手を添える。



「…ふぅ…」



蓋をした右手を時計回りに回す。



「星巡る…空となれ!!!」



私がそう唱えた瞬間──…。。。



ボンッ!!!



薬瓶の液体は火山のように煙を上げて噴火した。



「あっはははは!!

絵に描いたような失敗だなぁ、おい!」



先生はお腹を抱えて大爆笑。

クラスメイトのみんなもクスクスと笑っている。



「お前はまだ魔法の調整が下手なんだよ。

いいか?こうやるんだ」



先生は私から薬瓶を取って、先程の私と同じくように右手で薬瓶に蓋をする。

時計回りに回すと薬瓶の中が光り輝く。



「星巡る…空になれ…」



静かにそう唱えると薬瓶の液体は青い煙となって教室の天井を覆った。

そしてまるで本物の空のように煙は空に変化する。

空には星がいくつも輝いている。

あまりにも美しい光景にその場にいた全員が星空を見上げる。



「お前達だってこんな風に魔法を使える。

10年前の世界大戦の影響で妖精界にあった魔法が流れ込んで人間の中に魔法を使える奴が生まれた。

お前達は魔力を認められ、この学園…王聖(オウセイ)学園に来た。

ここに来た限りは魔法を操る力を学ぶ義務がある」



キーンコーン…。。。



「っと…今日の授業はここまでだ。

各自、復習しておくように。

特に宮路」




* * * * *



人間界一等地区に設立されている王聖学園。

王宮の隣に隣接するこの学園は魔力持つ者だけが通うことを許された学校。

その敷地の広さは野球場100個分と例えられるほどに広く、施設管理は超高級の一級品。

幼等部から高等部まであり、生徒はみんな寮生活をしている。


かくいう私も魔力を持った選ばれし者の一人のはず…なんだけど、。。。



「また劣等生の星がついた!泣」



さっきの授業を思い出しては悔しさがこみ上げてくる。

居眠りしてた私が悪いけど、でもそれにしてもあんな恥晒しみたいな感じにしなくても良くない?!



「私さ、本当に魔力判定あるのかなぁ…。

魔法系の授業いつも落第点ギリギリなんだけど…」


「まぁまぁ落ち着きなさいって。

ほら、学食でスイーツ奢ってあげるからさ。

お昼行くよ」


「マキちゃんんんん〜!!」



この超絶美人な女の子は神狩真紀(カガリマキ)ちゃん。

夜空みたいに綺麗な長い髪は私の憧れ。

高等部からの外部入学者で、寮のルームメイト。



「あ、あの!神狩さん!!」



教室を出ようとした瞬間、マキちゃんが知らない男子に声をかけられる。

恋に鈍感な私でも分かる!

これは告白だ!!!



「は、話したいことがあって…。

少し時間もらえるかな?」



廊下ははヒューヒューという冷やかしの声が上がる。



「ごめん、今からこの子と学食行くから」



マキちゃんは私の手を取って歩き出す。

告白の雰囲気は一気にどこかへ行ってしまった。


学食へ続く廊下へ出た時、マキちゃんの手から解放される。

中庭と隣接するそこは生徒達が行き交う。

そして同時に妖精達も空中を漂っている。

無害の妖精は学園に入ることができ、自由に過ごすことができる。



「マキちゃん良かったの??」


「いい!そもそも、あぁいう人が多いところで呼び出す神経が無理!!」


「マキちゃん手厳しい〜。

モテるのにもったいないなぁ〜。

彼氏作りたいとか思わないの??」


「思わない!

…つか、私…好きな人いるし」


「うぇ?!ホントに?!

初耳だよそれ!!」



まさかマキちゃんに好きな人がいたなんて!

私は目を輝かせてマキちゃんを見つめる。



「ねぇねぇ!!誰?!

私の知ってる人!?」


「あーもーうるっさー」


「まーきーちゃーん!!」



「「「キャー!!!!」」」



突如響き渡る悲鳴にも似た歓声。

見れば中庭の方で女子が群れをなしていた。



「!!あ、あれは!!

マキちゃん行くよ!!」


「は?!ちょ、桜華?!」



私はマキちゃんの手を取って群れの中へ突っ込む。

群れの中心には5人の生徒。

私達とはデザインの違う制服を見に纏っている。



「誰?あの人達?」


「マキちゃん、編入してきたから知らないんだっけ?

あの人達は王聖学園を統括する生徒会ガーディアンズだよ」


「生徒会ガーディアンズ?」


「生徒会は学園の中でもトップクラスの魔力を持つ人達の集まりなの。

この学園の秩序を守るのが仕事なんだよ」



王聖学園生徒会ガーディアンズ


中等部3年A組 金森唯斗(カナモリ ユイト)

生徒会の弟的存在。

中等部から引き抜かれた天才。

可憐な姿は女子の母性をくすぐる。



高等部1年B組 倉島龍太(クラシマ リュウタ)

(因みに園芸部の後輩)

生徒会のムードメーカー。

魔法だけじゃなく運動神経も抜群。

太陽のような笑顔で女子の人気を誇る。



高等部2年C組 篠原透(シノハラ トオル)

(因みに同じクラス)

生徒会の頭脳。

学園トップの学力を誇る。

ミステリアスな雰囲気で女子を魅了する。



高等部3年A組 藤堂仁(トウドウ ジン)

生徒会の精神力。

魔法技術はトップの成績。

色気漂う甘いマスクで女子はもうメロメロ。



高等部3年A組 鳳零(オオトリ レイ)

生徒会のリーダー。

歴代最高の魔力を有する。

紳士的な性格はもちろん、全てにおいて完璧な姿は女子の憧れ。



「まるでアイドルみたいだね」


「まるでじゃないよ!!!

もうそこいらのアイドルよりアイドルだね!

顔よし!運動よし!勉強よし!性格その他もろもろ全てよし!!!!」


「ふーん…。あ、コッチに来るよ」


「うそうそうそ!もっと前いかなきゃ!!」



生徒会を拝める機会なんて滅多にない。

前へ行こうと群れをかき分ける最中、人混みに押されて尻餅をついてしまう。



「きゃっ…」


「桜華!大丈夫?」


「えへへ、へーきへーき」



そう言って立ち上がろうとした瞬間、

スッと手を差し伸べられる。

大きい手。

マキちゃんの手じゃない。



「大丈夫?」



この声も…マキちゃんの声じゃない。

見上げればその声の主は心配そうに私を見下ろしていた。



「れ、れれれれれ、れ、れ、れ、」



鳳零先輩。

零先輩の手が私に差し出されている。



「さぁ、つかまって」


「ふぁ、ふぁい…」



おずおずと差し伸べられた手を掴む。

私よりもずっと大きくてたくましい手は男の人を思わせる。

零先輩は私を軽々と立ち上がらせる。



「怪我はない?」


「は、はい…大丈夫です…」


「良かった」



私に向かって優しい微笑みが送られる。

ぐあ!眩しい…。。。誰かサングラスを!



「れーい、何やってんの?」


「あぁ仁。この子が転んじゃったみたいで」



騒ぎを聞きつけて生徒会メンバーがこちらにやって来る。

あ、ちょ、ちょ、みんなこっち睨んでるけど私が呼んだんじゃないよ〜!



「あれ、桜華先輩じゃん!

どうしたの??」


「何?龍太知り合い?」


「仁先輩!

俺は園芸部の先輩ッス!

透先輩は同じクラスですよね?」


「まぁ」



龍太くん、仁先輩、篠原くんが私を見る。

イケメンに見つめられて私のガラスのハートがギシギシ言ってる。



「ちょっとちょっと、先輩達〜???

僕お腹ペコペコなんですけどー??」



ガラスが壊れる前に声をかけてくれた救世主は金森くん。



「早くしないと限定メニュー無くなっちゃうんですけどー?」


「ははっ、唯は食いしん坊だな〜!」



ムスッとする金森くんの頭を少し乱暴な撫で回す龍太くん。

私達も、とマキちゃんか後ろから声をかける。



「ほら、行くよ桜華」



マキちゃんは私の手を取って食堂へと連れて行く。

名残惜しく後ろを振り向けば零先輩が小さく手を振ってくれている。

はー!!きゅーん…。。。



私のこの胸のトキメキが治まったのは学食に着いてご飯を食べる頃だった。



「で?桜華は誰狙いなの?」


「ふぇ?!」



思わず口に入れたラーメンを鼻から垂れ流すところだった…。。。



「ね、狙いって…!!」


「ま、大体検討はつくけどね。

鳳零でしょ?」


「なっ…え?!え、?!わ、私そんな態度出てた?!」


「うん。普通にね。超挙動不審」


「うわぁ…どうしよ…私変な顔してなかったかなぁ…」


「何で鳳零なの?

やっぱり桜華も完璧に憧れてる?ってやつ」


「もちろんそれもあるけど…それだけじゃないんだ。

零先輩はね、私を救ってくれたの」



そう…

あれは私が中等部の2年だった頃──……。

私の魔力指数が低くてヘタをすれば退学になってしまう程だった。


落ち込んだ時は決まってある場所に行く。

その日も魔法の授業が上手くいかなくて先生に怒られていた。



ザザッ、



敷地内の森を進むと奥から光が見えてくる。

光を辿って森を抜けるとそこには大きな湖が広がる。

優しい妖精達が私を迎え入れてくれる。

私だけのお気に入りの──…。



「あ…」



ハタ、と目が合う。

湖のほとりには私と同じ中等部の制服を着た男の子がいた。

ネクタイの色が青い。

一つ上の先輩だ。


泣いているところを見られてしまった。

すぐに目をそらしてももう遅い。

気まずくてその場から退散しようと引き返す。



「あ、待って!!」



先輩の声に立ち止まる。

どうしよう、からかわれる…。。。

今この状況でからかわれたら本当にもう…。


考えただけで涙が滲む。


でもそんな心配とは裏腹に先輩の声は優しかった。



「ここ、いい場所だよね。

僕も何か嫌なことがあったらここに来るんだ。

今は君の方が必要みたいだし、僕は帰るよ」


『えぇ〜?レイ帰っちゃうの??』


『やだやだ!まだお話ししてたい!』



先輩のそばにいた妖精達が駄々をこねる。



「い、いいんです!お気遣いなく!!」


「遣わせてよ。泣いてる女の子を放っておけるほど僕の神経は図太くないからさ」


「…じゃあ、私の話を聞いてください」



私は先輩の隣に座る。

ただ誰かに愚痴りたかっただけ。

本当にそれだけ。

慰めてもらおうとか、癒してもらいたいとかそんなのはない。



「私、退学になるかもしれないんです。

魔力指数が低くて…。。。

それに魔法の授業も苦手で…。

私だって頑張ってるのに…!!!

一生懸命やってるのに!!!

魔力なんて才能でしょ?! そんなのどうしようもないじゃん!!」



はぁはぁ…と息が上がる。

つい熱がこもってしまう。

でもこの人にどう思われようがどうでもいい。


シン…と沈黙が始まる。

突然こんな愚痴を言われても困るだけか。

当たり前だ。

少しスッキリしたし、もういいや。

そう思って立ち上がろうとした矢先、



「君はどうしてこの学園にいるの?」


「え?」


「ここに入りたくても入れない人は五万といる。

みんな夢や目標があってこの学園にいる。

君の目標って何?」


「それは…」


「君を見てるとこの学園にいることが目標に見える。

大事なのはここにいることじゃない。ここで何をしたいかだ。

本当に目標があるなら才能を言い訳にしちゃだめだ」


「でも私…目標なんて…」


「大丈夫。見つかるよ。

それを見つける為に頑張る…それもまた一つじゃないかな?」



あの時の言葉がどれだけ私を救ったか。

私は人に自慢できることなんて何もない。

そんな私に魔力が宿っていて、あの名高い王聖学園に入れた。

それだけで満足してしまっていたんだ。


だから先輩に言われた言葉が胸に響いた。

図星だったんだ。

私はこの学園で目標はおろか、やりたいことなんて何もなかったから。


こんな私でも誰かの役に立てる力が欲しい。

何ができるかを知りたい。

その為に頑張ろうと決めたんだ。



「へぇ〜??

それで惚れちゃったわけねぇ」



話終わるとマキちゃんはニヤニヤした様子で私を見つめる。



「先輩は私のことなんて覚えてないと思うけど…でも、私はあの言葉で救われたの」



キーンコーン…。。。



昼休みを終えるチャイムが鳴り響く。

生徒達が学食から去っていく。

私達も片付けをし、教室へと戻った。




──────────── ─────…………


───………




放課後の学園は夕暮れに包まれる。

下校時刻、部活動のない生徒は寮へと帰っていく。



「桜華、帰ろ」


「ごめんマキちゃん、

今日は園芸部の当番なの。

だから先帰ってて」


「大変だね〜。お疲れ」



マキちゃんと下駄箱まで一緒に行き、

マキちゃんは寮へ、

私は園芸部が所有する裏庭の花畑へと向かった


学園の裏庭に広がる色とりどりの花達。

我が園芸部が所有する庭。

今日は私が水やり当番。

私はジョウロに水を汲んで花に注いでいく。



「ふふ、元気に育つんだよ〜」



水を浴びた花は夕暮れの光で輝く。

鼻歌を歌いながら水やりを進めていく。



ドシンッ、



その場にそぐわない足音が地面を揺らした。

見ればそこには狼のような姿をした獣の妖精がこちらを睨みつけていた。



「ガルルルル…!!!」



獣の妖精は唸り、口から涎を垂らす。

私の中で警告音が鳴り響く。

危険だと。



「ど、どうしてここに…?」



そう、無害な妖精なら学園を行き来することができる。

それは学園の周りを囲う魔法のおかげ。

結界のように透明な幕が学園を包み込んでおり、危険な妖精はこの中には入れないようになっている。

なのに目の前には今まさに私を食べようとする危険な妖精────…。。。


獣の妖精は一歩、私に近づく。

瞬時、理解する。

私は殺される───────と。



「ヒッ…」



身を守る魔法を使おうにも劣等生の私には高度な技。

助けを呼ぼうにも恐怖で声が出ない。

どうしよう、どうしよう。


どうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう



獣の妖精は地面を蹴る。

私目掛けて襲ってくる。



どうしよう──────…。。。

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