東京ダンジョンストーリー

kumapom

ソード・オブ・相談

第1話 西荻ダンジョンでの攻防

「ミハル、今何か聞こえなかった?」

「……何も聞こえてないよ?キョウコちゃん」


 ミハルはショートボブの髪をかきあげ耳を澄ました。そして辺りを見回してみたが特に変わったことは無く、ダンジョンの壁がそこにあるだけだった。


 シンジはその会話を聞いて、先ほど倒した巨大ネズミジャイアントラットのアイテムを探す手を止め、後ろを振り向きこう言った。


「脅かすなよ?俺怖がりだし?」


 シンジは念のため辺りを見回し確認した。ヘルメットに付けた百均のヘッドライトの明かりが、ダンジョンの壁をフラフラと照らし出した。土の壁とそこに埋まった何かの配管が見えていた。


 ここは西荻ダンジョンの地下二階層目。建物の地下部分から続く土で出来た迷路。断面が三メーターほどある通路が複雑に絡み合っている。


「ミハル、ライトの魔法またお願い。ランタンと懐中電灯だけじゃよく見えないの」

「分かった!」


 ミハルは人差し指で空中に呪文をすらすらと描き唱えた。


光球ライトオーブ!」


 ミハルが唱えると二つの白い光球が空中に出現し、ミハルの周囲をくるくると回り始めた。光球はだんだん大きくなり、周囲を明るく照らし出した。


「あんまり時間もたないから!多分、十分じゅっぷんぐらい!まだレベル低いの!」

「分かった。もし状況ヤバそうだったら早めにここ出よう。さっきから妙な獣の匂いがしてるし。シンジ、早くアイテム回収して!ほら!」

「分かった分かった。お待ち下さいねー」


 シンジはめんどくさそうにそう言い、再びネズミの体を探り始めた。

 キョウコは暗闇を懐中電灯で照らし、何か異常がないかを調べた。そして一瞬何か赤いものを目撃した。


「今の何?赤い?」

「よーし、ジェネタイト一個みっけー。え?何かいたの?」


 シンジが振り返り、キョウコの方を見た。

 キョウコは確認のため、少し奥まで移動し、注意深く暗闇に懐中電灯を向けた。すると、数十メーター先に毛の生えた二本の足が照らし出された。


「いた!」



 懐中電灯に照らし出されたそれは毛むくじゃらの二足歩行の生き物だった。背丈は人と同じぐらい。頭は狼か犬のようで、目が赤く光っている。そして手に金属の棒を持っていた。


「ちょっと!人型のモンスターとか?これ……まるっきりゲームの世界じゃん?えーと、ちょっと大きめのネズミ狩りの簡単なお仕事じゃなかったの?ねぇ、キョウコさん?」

「シンジ、ぶつぶつ文句言ってないで戦闘準備して!」

「あいよ!分かってますよ!」


 シンジは被っていた溶接ヘルメットのバイザーを下ろし、鉄パイプを構えた。

 モンスターはライオンのような咆哮を一度した後、キョウコ達の方へ駆け出し始めた。そしてどんどんスピードを上げて迫って来た。

 キョウコはそれを見て素早く氷魔法の呪文を描き、そして唱えた。


氷弾アイスバレット!」


 キョウコがそう叫ぶと、呪文から無数の氷の塊が出現し、モンスターに向かって発射された。

 氷の弾の数々はモンスターに命中し、砕け散ってその場に雪のように舞った。氷の粒子はモンスターに降り注ぎ、凍結してモンスターの動きを鈍くしていく。


「シンジ!今!」

「うぉおおぉおぉおおおっ!」


 シンジは素早いステップでモンスターに近づき一回転し、振りかぶって鉄パイプでモンスターを横から思いっきりぶん殴った。

 殴られたモンスターは壁まで勢いよく吹き飛び、地面に崩れ落ちた。そして霧のように消失した。


「よーし、勝ちィ!アイテム出て無いけど!」


 しかし、ダンジョンにはまだ唸り声が響いていた。赤い光がまだ複数そこにはあった。モンスターの群れだった。



「ひっ。撤退撤退!数多過ぎ!こりゃ無理ィ!」


 シンジはそう言って後ずさりをした。

 そしてシンジの後退に合わせるかように、ミハルの光球ライトオーブがどんどん小さくなっていった。そして最後には消えた。


「オーブ消えちゃった!もうしばらく使えないよ!」


 二人はキョウコを見つめた。キョウコはしばらくそのまま固まってしまった。


「……に、逃げよう!あ、あたしが地面に氷の魔法落とすから、そしたら走って出口目指して!いい?分かった?」

「お、おう!」「わ、分かった!」


 キョウコは震える手で空中に呪文を描いた。そして唱えた。


氷結フリーズ!」


 呪文を放つと、地面に氷が張った。氷はさらに壁や天井まで浸食し、辺り一面にドライアイスのような煙を立ち上らせた。シューと言う音が聞こえている。


「今だっ、走れェ!」


 シンジが真っ先に走り出した。二人も続いた。

 モンスター達もキョウコ達を追ったが、多くが氷に足をとられたり、凍結したりして追えなかった。しかし、数匹が器用にそれをすり抜けて迫って来た。


 それを見たキョウコはミハルにこう言った。


「ミハル、か、風魔法お願い!」

「えっ、はい!……突風ブラスト!」


 ミハルが呪文を放つと、強風が巻き起こり、モンスター達の行く手を阻んだ。


「ミハル、ナイス!よし、今のうち!」


 三人は走った。とにかく走った。それでも後ろから迫るモンスターの走る音が追って来た。そしてその音はどんどん大きくなって行った。


 と、シンジが突然止まった。


「あれ?あれェ?」

「どうしたのシンジ?走って!前に!」

「それが……」


 そこは行き止まりだった。


「マズい。俺、道間違えちゃった?」


 そうこうしているうちにモンスターがどんどん加速して迫って来た。シンジは鉄パイプを手にし、身構えた。


「くっそ!来やがれ!」


 すると、シンジの傍らにキョウコがスッと立ち、半目で笑ってこう言った。


「シンジ、こういう時はまず最初にこうするのよ」

「え、何?」


 キョウコは大きくすうっと息を吸い込み、こう言った。


「助すけてぇーーーっ!」


 キョウコの渾身の叫び声が、ダンジョン中に響き渡った。



 誰かが素早く駆ける音。そして。


火球弾ファイアボール!」


 炎が空気を切り裂く音と共に、火の玉が弧を描いて飛んできた。

 火の玉はモンスター達に次々と当たって破裂し、モンスターを炎に包んだ。モンスターの悲鳴が上がる。


火炎槍ファイアランス!」


 次に炎の槍が複数、猛スピードで飛来してモンスター達に突き刺さった。モンスター達は壁に釘付けされ、動けなくなった。


 そして、ダンジョンの暗闇から一人の魔法使いが現れた。辺りの様子を伺いながらキョウコ達の方へ歩いてくる。その纏う青いローブに金の文様が入っているのが見えた。


「マリアさん!」

「やった!助かったー」


 シンジはほっとため息をつき、ミハルはその場に座り込んだ。


 炎に包まれたモンスター達は、しばらくもがいていたが、やがて小さな消し炭になり崩れて消えた。ジェネタイトが幾つかカランと地面に落ちた。


「何か出口付近がうるさいと思ったら……何でここまで人狼フェンリルが?……怪我はない?キョウコちゃん?」

「大丈夫です!ありがとうございます、マリアさん!」

「なんか今日はいつもとモンスターの動きが違うねえ……」

「この辺いつもはラットばかりなんですが」

「だよね?」


 マリアはそう言い、人狼フェンリルの焦げ跡を見つめ、首を傾げた。


「とにかくキョウコちゃん、この状況で今の装備じゃ心許ないから、今日はもう帰って、装備揃えて出直しな?転がってるジェネタイトはあげるから」

「はい!」


 そして、キョウコ達はアイテムを拾い、廃ビルから地上へ抜け出した。そこにはいつもの西荻の夜の街があった。三人は近くの公園へと向かった。


「ひゃーつめてー」


 シンジは公園の水飲み場で顔を洗い、声を上げた。


「なぁ、前衛足りなくね?キョウコさん?」


 キョウコは戦闘で乱れたポニーテールを直しつつ、横目でシンジを見ながらこう答えた。


「そうは言っても候補がね、いないのよ……そうだ、ミハルは誰か知ってる?」

「えっ?私も知り合いで適性ありそうな人知らないな……」

「まあ、見つかったらだね。頑張れシンジ!」

「ひっでーなー」

「そんな事より、はーい、二人とも。ジェネタイト回収するよー」


 キョウコは二人からジェネタイトを集め、等分に分けて二人に戻した。


「はい。シンジ、ミハル。お店行くときはなるべく私に声かけて。一人だとぼったくられるかもだから」

「おう」「分かった」


「それじゃ、また明日かな?学校忙しそうなら連絡して」

「おう」「またね、キョウコちゃん」


 そして三人は別れ、それぞれの家路についた。

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