14 一人ぼっちの闘い
ピスカントルとホスペスの村の間を、満月が照らす夜。
魚の顔をした謎の男は、流れる動きでマルコを襲う。
棒が足を払うと、両手をそろえ地面に飛び込むようによける。
そして逆立ちした腕を勢いよく伸ばすと、両足がマルコに飛んだ。
あわててマルコは、大きく
近くでバールが竹棒を構えたが、マルコは制した。
「下がって。たぶん、きみは関われない」
そう言うとマルコは、ぷかあとえらを膨らませる敵を、あわてて
魚男が後ろによろめく。
「とにかく近づくのが嫌だ」とマルコは思い顔をしかめた。
キースは半身を森に
アルはことのほかあせっていた。
横目でマルコをうかがいつつ、荷物から「あれでもない、これでもない」と、
◇
しかし、魚男はマルコの突きにすぐに慣れてしまった。
風を鳴らし次々と迫る、マルコの突き。
だが自在に身体をくねらせ、男はなんなくよける。
何度目かの突きを、右手でしっかとつかむと、力強く上に上げた。
即座に踏み込み、マルコは棒の先を握る。
反対側を地面に落とし、反動をつけて飛び上がると、両足で相手を
立ち上がったマルコは、森にひそむキースに目配せし、うなづき合う。
棒を横に構え、覚悟を決めて踏み込む。
魚の顔の間近で、棒の
「そうだ! 突きがダメなら棒術だ!」と、キースは心で
しかし我に返ると、彼はほとほと自分が情けなかった。
弟子が死闘を繰り広げているのに、手伝うこともできない。
なんとか一歩を踏み出すが、あの魚の顔がピクピク動くのを見ると、もうそこから先は無理だ。
キースは、人外の者を初めて見た。
俊敏に動くマルコを見つめ、思う。
「あの若ぞう……いったい、どんな
一方バールも、もどかしい思いを抱えていた。
彼は、初めてマルコと会った翌日、ゲオルクの店での会話を思い出した––––。
◇
「話したいことが!」
マルコがそう叫ぶと、バールはキョトンとした顔でふり返る。
ゲオルクの薄暗い店の中では、
バールが「なに?」とつぶやいて向き直ると、マルコは思い切ったように瞳をあげる。
「僕は……アルバテッラの人じゃない。
アル、あの魔法使いに召喚された、異邦人なんだ」
若ドワーフは、目の前の若い人間、第三の民が何を言っているのか、わからなかった。
「異形に見えないけど。魔の者?」と思い、首をひねる。
マルコは続けた。
「僕は、この神の悪意の石、マリスを王都に運んでいる。
唯一の運び手として……この世界に呼ばれたんだ」
無言でバールはその言葉を聞いた。
またたくように、鉱山での思い出が駆けめぐる。
山に入って以来ずっと、彼は
岩が削れ、初めて空気に触れて色が産まれる。その時、無上の喜びを感じた。
しかし石への執着は、度が過ぎていた。
普通ドワーフは、第三の神の石が出た鉱脈はあきらめ、岩で
そして、さらに奥に眠る光を求め、両目は赤く血走った。
やがて周りからはすっかり変人扱いされ、ついに彼は、山から追い出されてしまった。
我に返ると、バールはポツリともらす。
「それは、きっと……孤独な旅だな」
はっと顔を上げたマルコは、赤い目でうつむく若ドワーフを見た。そして天井を見上げると、慎重に次の言葉を
「たしかに神の悪意と
だけど、やなことばかりじゃないよ。アルはとても……良くしてくれる。
きみもきっと、この旅にふさわしい。
バール……だからその、友達になろう!」
若いドワーフはびっくりして、マルコを見上げた。
「トモダチ?」と急いで考え、鉱山の大人を思い出す。
「わしらトモダチだよな!」
「あたぼうよ! キョウダイ!」
だから彼は「そうか兄弟みたいなものか」と納得した。
知識の
「わかった、兄弟。
そ、それに、互いを護衛する取引もある」
マルコは面白がって「そうだね」と笑うと
「今度は、バールの話を聞かせてよ––––」
◇
いまバールの前で、マルコは顔を殴られていた。
片手で棒を握る魚の魔物が、もう片方の腕をふるうたび、赤いしぶきが飛び散る。
だが、青白い光が顔を包み、マルコはまだ足が動いていた。
キースは「よけろ。まだ回るなよ。まだ我慢だ」と気をもみながら、
そのとなりから、やっと、よく通る声が響いた。
「魔の者、触れることかなわず。
その
アルが
バチッと
治癒が弱まり、目の上を
「おっそいよ! アル!」
そうして、マルコの反撃がはじまった。
◇
感情の見えない魚の顔を、風をうならせて棒が襲う。
魔物は右手で防ぐと、痛むようにバタつかせる。
すぐさま反対側をまた棒が襲う。
キースの目も追えないほどの素早さで、マルコは棒を上下左右に繰り出していた。
魚男は防ぎ切れず、右の腰、左の脚としたたかに打ちつけられる。
「腰を回して……今だ!」
キースが叫び、マルコと光る棒が回った。
一撃目で足を払う。魚男は飛び跳ねるが、足先を打たれた。半回転したマルコの背面打ちはまたも足を払う。
驚異的な躍動で魚男は後ろに宙返りした。
次の半回転で空振りしながら、マルコは仕掛ける。
アルの目が開く。
「棒が伸びた?」
回りながらマルコは手をゆるめ、外に飛び出た棒の、端を強く握りしめた。
回転の勢いのまま魚の頭にふるい、叫ぶ。
「ああああぁぁっ!」
銀の棒は、光の軌跡を残しつつ、魚の顔にめり込んだ。
光る武器は
全身が硬直し、魚男は棒のように倒れた。
だがしかし、目が回るマルコは気づかなかった。
地面に泡を垂らす魚は、片側のえらが
その時。
「うあああぁぁぁ!」
棒をふりかぶってバールが突撃していた。
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