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その音につられるかの様に、男がふと顔を上げた。



当然の如く、私と目が合う。



スツールの向きすら変えていた私が彼を見つめていた事は、今更隠す事など出来ず。



「……こんばんは」



間抜けな呟きが私の口から零れ落ちた。



背筋には冷や汗が流れ落ちて行く感覚。


頬にはカッと赤く、熱くなる感覚。



アンバランスな焦りの出方に、ますます慌ててしまう。




眼鏡の奥の双眸と同じ位大きく開かれた男の口がどんな言葉を発してしまうのか、大胆な行動とは裏腹にとてつもなく恐れている事を私はこの瞬間に自覚した。



先手を打って、謝ってしまおうか。



普段なら無理矢理でも自分の正当性を主張したがる私なのに、なんだか今夜は弱気になってしまっている。

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