嘘の音色

いありきうらか

昼休み

昼を告げるチャイムが鳴る。

いつも通り隣の席と机を合わせる。

少し離れた静香は、自分の席の椅子を持ってきた。

「あっ、弁当箱持ってこなかった」

静香は自分の席へ弁当箱を取りに戻っていく。

「まただ」

智花は少し冷たく笑う。

「あっ、箸持ってくるの忘れちゃった」

静香は舌を出して笑う。

「ドジだね」

智花は無表情で弁当箱を開けながら呟く。

私は割り箸を2つ持っていたので、1つを静香にあげた。

「割り箸持ってたからこれ使いなよ」

「わーっ、結衣ありがとうー」

結衣は私から受け取った割り箸を使って食べ始めた。

「数学の宿題やった?」

智花が私に聞いてくる。

「やってきたよ」

「あー、私やってなーい、結衣見せてくれない?」

「…うん、いいよ」

(またかあ)

「まーたそうやって、自分でやってきなよ」

最近智花と静香の相性が悪い。

ちょっとした出来事で智花が静香のことを軽く責め始める。

「いやー練習して帰ってきたら疲れちゃってさ、すぐ寝ちゃったんだよね」

「それ結衣だって同じじゃん、結衣も疲れた後にやってるんだからさ」

私と静香は同じ吹奏楽部だ。

智花はバレー部のキャプテンということもあるからか、他人に頼りがちな静香に厳しい。

「結衣は真面目だもん」

「真面目って誉め言葉なのかな、褒めることがない人に使う言葉じゃない?」

(え?)

「え?なんで?」

「あ、ごめん、結衣、結衣のこと褒めるところがない、って言ってるわけじゃないからね」

「…うん、大丈夫だよ」

傷つけた心をすぐ修復する。智花は気が利くし頭の回転が速い。

(本当に気が利く人は、そもそも人を傷つけるようなこと言うかな?)

「静香、集中力すごいからさ、たぶん人よりも疲れちゃうんだよ」

とっさにフォローを入れる。これは私の正直な気持ちだ。

クラリネットの練習をしているときの静香は、今とは全然違う表情を見せる。

個人の全国大会に出場することも決まっていて、団体のコンクールと合わせて忙しいのは事実なのである。

「それにしてもさ、ちょっと多いじゃん、結衣がいいんだったらいいんだけど」

智花も落ち着いたようだ。

「でも、結衣がノート見せてくれたおかげで、この前のテストいい点取れたんだよ」

「結衣のノートわかりやすいもんね、橋本先生よりもわかりやすい説明してくれそう」

「途中式とか書かないとわからなくなっちゃうから…」

(でも、数学の点数、いつも私より静香の方がいいよね)

「あー、そういうの面倒くさくて書かないからなあ」

静香は卵焼きをつまみながら蛍光灯を見つめて話す。

「でもその割に静香さ、化学得意じゃん、有機とか全然わかんないよ私」

カロリーメイトのフルーツ味を食べる智花。

机に落ちた粉をティッシュで拾っている。

「化学はなんか楽しいんだよね、ベンゼン環とかさ、ゆるキャラみたいじゃん」

「その感覚理解できないよ、ブドウ糖が踊る、とかさ、夢の話聞いてるみたいだった」

「あと、早口言葉みたい、アセチルサリチル酸とかさ」

「いいなあ、静香のその感覚欲しいわ、歴史もそんな感じで覚えられないの?」

「墾田永年私財法、とか、ビルトインスタビライザー、なら覚えてるよ」

「ビルトインスタビライザーは経済だけどね」

私たちは、テスト前に各自のノートを参考にしながら、テスト勉強をしている。

静香は物理と化学担当、私は数学と現代文や古典などの国語系の担当、智花が政治経済や地理などの社会系の担当だ。


いつも通り静香と智花のやり取りを聞きながら、弁当を食べる。

冷たいご飯が喉に詰まりかけたので、水筒に入ったお茶を流し込む。

「そういえば、進路面談やった?私昨日すっぽかしちゃったんだよね」

「私、明日だな」

「結衣は?」

「もう終わったよ、そんなに長くなかった」

「まあ、結衣はちゃんと決まってるもんね、目指す場所」

「あれ?結衣ってどこに行くつもりだっけ?」

「私は、国公立で、建築系の学科、偏差値的に、大学もこのへん、ってのは目星つけてる」

(文学部に行きたい、でも、就職は理系の方が有利って聞くし)

「うちも看護系だし、大学も決めてるから、早く終わるだろうな、きっと、そういえば静香はどうするの」

「んー私まだはっきりと決めてないんだよねー」

プチトマトを唇で挟んで静香が答える。

「あれ、音大の推薦にするんじゃなかったの?」

てっきり押見先生の推薦通り、音大を受験すると思っていた私は静香に聞いた。

「んーそれも悩み中ー」

「え、そろそろ決めないとやばいんじゃないの?」

空になった袋を黄色い箱に詰めながら、智花は言う。

「うん、でも美大とかさ、理学部とかさ、興味あるところいっぱいあるからねー」

「すごい選択肢の広さだよね、全部バラバラじゃん」

(興味が多くていいなあ、なんでも器用にできていいなあ)

「やってみたいんだもーん、あ、箸落とした」

肘で割り箸を机の外に飛ばしてしまった。

割り箸の片方が床をバウンドした。

「箸洗ってくるー」

床に落とした割り箸を持って、静香は教室を出ていく。

私と智花の二人きりになる。

「結衣、静香のことどう思う?」

「…え?どうって?」

「正直、最近あまり好きじゃないんだよね、静香のこと」

「…え、そうなの」

「なんか、嫌みったらしいじゃん、進路の話とか」

「そうかな」

「そうだよ、多才なところ見せびらかす、みたいな」

(見せびらかしてはないんじゃないかな)

「…うーん」

「宿題もそうだよ、図々しいと思わない?いつもいつも」

「う、うーん」

(智花だってたまに同じことしてるけど…)

曖昧な相槌でごまかしていると、静香が帰ってきた。

「何話してたのー?」

「昨日のドラマの話」

「あー私も見たー、面白かったなあー」

「あれ、ドラマ見てるんじゃん、宿題やる暇あったじゃん」

「ドラマ見ながら別のことできないんだよねー」

「結衣も見てる?」

「いや、私は見てない」

「見た方がいいよ、面白いから」

2人はドラマの話をし始めた。

見てない私は、頷きながらドラマの内容を聞いていた。

話題はどんどん変化していく。

ドラマ、流行りの俳優さん、女優さんと俳優さんの噂。

どれも私はよくわからない。

そうこうしているうちに、次の授業が始まる5分前になった。

「席戻るねー」

静香が椅子と弁当箱を持って、自分の席へ戻っていく。

智花と私は、机を正位置に戻した。

「あー眠たい、数学寝ちゃいそうだなあ」

智花は一人呟いていた。

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