嘘八無量大数
いありきうらか
母親
康介は、息子は良い子でした。いや、良い子だと思っていました。
小学生のときは本当に、純粋で、素直で、私たちの言うこともよく聞く子でした。
大人しい子で、人見知りというわけでもありませんが、外で遊ぶより本を読んでいるのが好きな子でした。
それもあり、あまり学校で目立つ存在ではなかったようでした。
少し身長が小さかったので、度々「チビ」と言われ、学校に行きたがらない時期がありました。
小学2年、3年生の時だったでしょうか。
学校を休みがちだった康介を元気づけようと思ったのです。
康介と私と夫で初めて夏休みにディズニーランドに行きました。
夏休み明け、彼は飛行機に乗って、ディズニーランドに行ったことでクラスメイトから脚光を浴びました。
飛行機はどんな感じだったのか、遊園地はどうだったか、事細かに聞かれて、
彼自身、こんなにクラスの子たちから興味を持たれるのは初めてだったようで、学校から帰ってきた後、
根ほり葉ほり思い出のことを聞かれて、興奮していたことを覚えています。
その出来事のおかげか、康介は学校を休まなくなりました。
私と夫は胸を撫で下ろした記憶があります。
しかし、考えてみたら、あの時からかもしれません。
康介の、癖が、始まったのは。
小学校の高学年になってから、康介の同級生のお母さんから言われました。
「佐伯さん、夏休みいつも遠くにお出かけしているのね、大変ね」
私には何のことかわかりませんでした。
詳しく聞くと、佐伯家は夏休みになると、毎年飛行機に乗って、国内旅行をすることになっていたそうです。
国内で飛行機を使って旅行をしたのは、ディズニーランドに行ったときだけでした。
なぜか、旅行していないのに旅行したことになっている。
その時私は、恐らく別の家と勘違いしているのだろう、と思い、特に深くは聞き返さず、肯定とも否定とも取れない返事をした覚えがあります。
中学校に入ってから、彼はそれなりに勉強ができたようで、いつも定期テストでは学年で上から一桁の成績でした。
また、サッカーのクラブに入り、それなりに毎日楽しく過ごしているようでした。
家に帰ってくると、康介は、必ずクラブの話をします。
今日は、点を入れた、今日は、アシストした、今日は、ケガした選手の代わりにゴールキーパーをやった。
チームのレギュラーとして、チームを引っ張っていくのが楽しい、と言っていました。
私は純粋に彼のことを褒めていました。
勉強でもクラブでもしっかりいい結果を残している。順調だ、と思いました。
しかし、不思議なことがありました。
クラブでは月に1回くらい、練習試合や公式戦がありました。
私も夫も、仕事がない時にはいつも見に行っていたのですが、私たちが観戦するとき、いつも康介はベンチにいました。
帰ってから話を聞くと、今日は他の人の方が調子が良かった、とか、少し足の調子が悪かった、と言っていました。
あまりに回数が多いので、私たちが見に行くと、緊張して康介のパフォーマンスが下がってしまうのかと思い、
何度か暇であっても試合を見に行かないようにしていました。
その日は帰ってくると、笑顔で、試合で活躍した様子を話してくれました。
やはり、私たちが行くと、調子を崩してしまうのだろう、そう思った私たちは当分試合を見に行かないようにしていました。、
最後に見に行ったのは、3年生の最後の公式戦でした。
ですが私たちは、康介がピッチに立っている姿を見ることはできませんでした。
クラブでの活躍を見ることはできませんでしたが、高校は地元の進学校に合格が決まりました。
なんとか勉強については、彼の邪魔をしなくてよかった、と私たちは安心しました。
高校に入ってから、彼はサッカー部に入団しましたが、1ヶ月も経たずに辞めてしまいました。
どうやら、チームメイトの品行が良くない、と。
それであれば、無理して続けることはない、と私も納得しました。
高校に入ってから康介の成績は、クラス内の順位で見ると下から数えた方が早くなりました。
この時期、私と夫の関係が悪化していたので、その影響を受けてしまったのでは、と心配しました。
とにかく康介の邪魔だけはしないようにしよう、と考えました。
康介からは、成績は下の方だけども今のまま行けば十分、希望している大学に行ける、と豪語していました。
康介の希望大学は、夫と同じ大学の工学部で、全国でも上の方の大学でした。
さすが進学校、クラス内の競争が激しいのだな、と思いました。
学校祭でギターを弾いた、体育祭でリレーのアンカーを務めた、など、学校生活も充実しているようでした。
高校3年になってから、康介の成績は、ついに学年の中で下から一桁になっていました。
また私たちの仲のせいで、康介にプレッシャーを与えてしまっている。
そう思った私は、しばらく夫と距離を取ろうと考えました。
そのタイミングで夫は、隣の県への転勤が決まり、単身赴任をしてもらうことにしました。
これで、康介は勉強に集中できるだろう、そう考えていました。
秋頃、担任との二者面談で、告げられました。
「康介くんは、今の成績では希望している大学には絶対に行けません」
康介本人の口から聞く情報とは真逆の話を先生はしてきました。
「どういうことでしょうか、康介からは今のままなら問題ないと聞いていますが」
聞き返した私に足して、先生は目を覆いながら、「またか」と呟いていました。
「お母さん、こんなことを言うのは失礼ですが、息子さんの言うことを信用しない方がいいです」
この先生は急に何を言い出したのかと思いました。
「息子さん、クラスでも孤立しています、ただ、いじめられている訳ではないですし、康介自身も苦ではなさそうなんですが…」
康介から聞く華々しい学校生活とのギャップに私は眩暈がしました。
普段の康介が私に嘘をついているようにはまったく見えていませんでした。
目は輝き、言葉は弾み、全身を使って感情を表現して話をします。
康介の担任は、比較的若い先生でした。
進学校の先生が、こんなに生徒を見る目がない先生でいいのかと内心思いました。
今考えてみると、あの先生は間違ったことを言っていなかったのだと思います。
結局、康介は志望していた大学に落ちました。
滑り止めで受けていた大学にも落ち、彼を予備校に通わせることにしました。
康介は、晴れ晴れとした表情で家を出ていきました。
一人暮らしも順調だと、携帯電話で度々、就職後も連絡を取っていました。
しかし、予備校に行ってからは、康介とは一度も顔を合わせていません。
実家には一度も戻ってきませんでしたので。
あの時の私は、彼の言うこと全てを信じていました。
もっと、彼の言うことに耳を傾けるべきだったのかもしれません。
でも、実の息子が、まさか毎日母親に対して嘘を並べていたなんて誰がわかりますか?
実の息子の話を信じない親がいますか?
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