『陰俺』袋詰め!

松尾 からすけ

人気投票SSシリーズ!!

これはクロとセリスが二人っきりになって、セリスが自分の記憶を消すまでのお話【ルシフェル×アロンダイト】

 魔王城『魔王の間』。魔族を統べし魔王が圧倒的な威厳を放ちながら、愚かな挑戦者を悠然と待ち受ける場所。それゆえに、この部屋の装飾は極めて派手で攻撃的であり、おどろおどろしいものとなっている。だが、今の『魔王の間』には他者を寄せ付けない荘厳な空気が一切なかった。

 普通の人間の数倍の大きさがある巨人達が入っても余裕のある作りをしている空間は瓦礫に埋もれ、玉座へと続くレッドカーペットは見るも無残ななりになり、その脇に置かれていた太い柱は石塊いしくれとなり果てている。

 それもそのはず、ここでは後世まで語り継がれてもおかしくない戦いが今の今まで繰り広げられていたのだ。伝説の勇者の血を引きし男と、魔族の頂点に立つ男の死闘。いや、死闘というよりも私闘と言った方が正しいかもしれない。そして、その後に行われたこの世で最も常軌を逸した夫婦喧嘩。世界の命運をかけた、といっても過言ではないほどの激しい戦いを経た結果、むしろ『魔王の間』としてここに存在をしていることは称賛に値するのだろう。


 破滅の使者と化した金髪の美女となんとも頼りないその旦那がいなくなったこの場に、突然時空の乱れのようなねじれが生じた。そして、その空間のひずみから二人の男が粗大ごみのように吐き出される。


「ここは…………魔王城かな?」


 そのうちの一人、この城の主であるルシフェルは静かに身体を起こしながら荒れ果てた『魔王の間』を見渡した。ふと、誰かが足元で倒れていることに気が付き、その顔を覗き込む。


「随分とまぁ……幸せそうな顔をしているね」


 すやすやと寝ているレックスを見て、ルシフェルは笑みを浮かべた。その顔を見ているうちにある事に気が付く。


「やっぱり、アルの血をしっかり引いているんだね。顔に面影がある気がするよ。……二百年以上も昔の事だからあまりあてにはならないけど」


 しばらくレックスを観察していたルシフェルは、視線を『魔王の間』に戻し、ゆっくりと歩き始めた。


「……結構派手に暴れたみたいだね、あの二人」


 自分とレックスが戦っていた時も大概ではあったが、ここまで破壊の爪痕が見て取れるほどではなかった気がする……いや、あの夫婦がぶつかり合えばこうなるのは必然か。そんな事を考えながら『魔王の間』を一人歩いていたルシフェルは、おもむろにその足をピタリと止めた。


「これは……」


 身をかがめ、そこに落ちているものを拾い上げる。それは一見すると、何の変哲もない棒状の黒い塊。だが、長きを共にしたルシフェルにはそれが剣の柄であることがすぐにわかった。


「そっか……クロの事、最後まで面倒見てくれたんだね」


 友の形見であり、友自身であり、友に託した剣。魔剣・アロンダイト。柄だけになっても、ルシフェルにとって特別な剣には変わりない。


「まったく……人からもらったものをこんなにボロボロにするなんて、二代目指揮官様にも困ったもんだよ」


 ルシフェルは苦笑しながらアロンダイトに話しかけた。手にした瞬間から、その中にはもう誰もいないとわかっているはずなのに、街中で旧知の仲を見つけた時のように自然とそうしていた。


「色々と助けてくれたよね? クロに変わってお礼を言うよ、ありがとう」


 いつだって、クロがピンチに陥った時はアロンダイトがそばにいてくれた。彼自身から聞いた話なので、間違いはないはず。


「それにしても命を蘇らす魔法まで使えたなんて知らなかったよ。伝説の勇者の名は伊達じゃないってことかな? それなら君自身が剣から蘇ることもできたんじゃないの?」


 物言わぬ剣にルシフェルは話し続ける。これまで感じていた会話をするような感覚は、まるでない。ルシフェルはアロンダイトを愛おしそうに見つめながらフッと小さく笑うと、その表情を厳しいものにする。


「僕がこの世界に戻ってこれたという事はクロの愛情がセリスの暴走を止めたという事だね。でも、以前のようにはきっと戻れない」


 少しだけ遠い目をしたルシフェルは静かにため息を吐いた。


「おそらくセリスの性格上、"失楽園パラダイス・ロスト"を封印するだろうね。もちろん、それを扱うことのできる自分もろとも。…………残された者達が悲しまないよう、自分の記憶を消すというおまけつきでね」


 魔王軍幹部、セリス。優しさと厳しさを兼ね備える才女。責任感の塊のような彼女が、今回自ら引き起こした事態を軽く捉えるわけがない。


「どうすればいいんだろう。魔王なんて大層な役を担っているというのに、僕は本当に何の役にも立たない」


 ルシフェルは唇を噛みしめながらギュッとアロンダイトの柄を握りしめた。だが、その手に返ってくるのは冷たい鉄の感触のみ。


「……とまぁ、色々と愚痴ってみたものの、もうここに君はいないんだよね。やっぱり魔王軍指揮官には碌な男がいないよ。一人は僕のいう事なんてまるで聞かずに色々無茶しちゃうし、もう一人はさよならも言わず勝手にどっかへ行っちゃうんだから」


 寂しげな顔でアロンダイトを見つめるルシフェル。クロだけでなく、自分の相棒でもあったこの剣は、もう何も語り掛けてくれることはない。ルシフェルは諦めたように笑いながら物言わぬ剣から視線を外し、再び歩き出そうとした。


 ───なーに、悩んでんだよバカ。お前があいつを支えてやるんだろ? フェル。


「っ!?」


 反射的にアロンダイトに視線を戻す。そこには先程と同様、何の役にも立たない剣の柄だけが静かに握られていた。


「…………本当碌でもないよ。言いたいことだけ言ってくるんだもん。困っちゃうよ、まったくさぁ」


 ルシフェルは僅かに口角を上げると、限界まで魔力を滾らせる。それはクロとの戯れでも、レックスとの戦いでも、セリスの蹂躙劇でも見せたことのない力。魔王が魔王たる所以を示すが如く、圧倒的な魔力がこの荒廃した『魔王の間』を瞬く間に埋め尽くした。


「なめるなよ? このオレが一魔族の魔法なんぞに遅れをとるわけがないだろう! そんなもの、オレの力で弾き飛ばしてくれるわっ!!」


 セリスが持つのは世界の常識を歪める破格の力。だが、そんなものは関係ない。なぜなら彼は魔族を従えし最強の王なのだから。


「アルトリウス! 悪いがお前の力を使わせてもらうぞ!! 文句など言わせん!!」


 過去に使ってみようともした。だが、使うことはできなかった。でも、今なら───。


「"すべてを守る王グローリーキングダム"!!」


 魔法陣など組成しない。常識外れの魔法には常識外れの魔法で対抗する。ルシフェルが魔法を詠唱した瞬間、あふれ出していた魔力が彼の身体を包み込み、眩い光を発した。そして、何事もなかったかのように一瞬にしてその光は消えていく。


「はははっ……まさか僕が聖属性魔法を使う日が来るなんてね。……いや、僕一人の力じゃないね、これは。最後に力を貸してくれるなんていいところあるじゃん?」


 全ての力を使い果たしたルシフェルはその場に腰を降ろした。ゆっくりと腕を上げ、その手に握られているなれの果てとなった魔剣に目をやる。


「これで僕は"失楽園パラダイス・ロスト"に打ち勝てるかな? ……打ち勝てるよね? なんたって、恐怖の魔王と天才勇者の力を合わせたんだからさ」


 ルシフェルは嬉しそうに笑いながら、最後の力を振り絞り、空間魔法を展開した。そして、その中にアロンダイトを大切にしまい込む。その瞬間、極大の魔力の波動を感じたルシフェルは微笑を浮かべながら、静かに目を瞑った。


「───ありがとう、相棒。そして、さよならだ」


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