「俺が犯人だ!」から始まる殺人事件簿
漣職槍人
義兄殺害事件
俺が犯人の事件簿・ファイル1
「俺が犯人だ!」
俺は声を張り上げて自首した。
目の前に横たわっている殺害した義兄の遺体を見下ろす。
俺の突然の告白に遺体を囲むように左右に立つ気心知れた幼馴染二人も唖然としていた。俺が犯人だということに困惑しているのかもしれない。
俺は完璧な密室殺人を成功させた。でも小心者の俺は良心の呵責にさいなまれたのとこの場に居合わせることになった幼馴染二人にこれ以上迷惑をかけるのがいやだった。なによりも二人は片や刑事、片や科学捜査班と警察官だった。俺は幼稚園からの付き合いの二人に逮捕してもらいたかった。
やがて落ち着いたのか二人の体がゆっくりと動きだす。
「あ~ビックリした」
「突然叫ぶんだもんな」
普通に会話を始める二人。隔たりを感じないいつも通りの姿にほっとした。こんな親友が居ることに感謝する。とはいっても俺も今日から犯罪者だ。逆に二人のために俺のほうが線引きした対応をしないといけないかもしれない。
「じゃ、気を取り直して話再開しようか。俺は事故か殺人のどちらかだと思うんだけど・・・お前はどう思う?」
「俺も同じかな。ただこの人結構人に怨まれてるから殺人寄りかな~」
「あ~やっぱそうか」
「意外と人脈も広いから犯人探し難航しそうだね」
ん?さすがに俺も二人の会話の内容に違和感を覚える。
「ちょっと待ってくれ。二人とも」
ん?どうした?と二人が俺を見る。警戒も何も無い。俺をからかっているようにも見えない。
どういうことだ?わからない。ここは正直に聞いてみるか?
「俺。自分が犯人だっていま自白したよな?」
恐る恐る尋ねた。
二人は目を合わせると。
「やはり密室殺人だし。なかなか難しいな」
「ああ。迷宮入りしそうだ」
「無視かよ!」
聞き流された。いや違う。俺はこのやり取りを知っている。長い付き合いの友人同士で行われるこれは。そう。日常会話だ。って俺犯人と思われてねえってことじゃねえか!?
「聞けよ!俺が犯人だって言ってるだろ?自首してるだろ?」
話を聞いてくれよ。俺は必死に俺が犯人だともうアピールする。なんだこれは?これじゃあまるで俺が悪戯をして自分から俺がその犯人だって自白しているようじゃないか。違うだろ。俺がやったのは悪戯じゃなくて殺人。犯罪。人一人死んでるんだぞ?
「あ~もううるさいな」
「だってお前らが・・・」
「だってじゃねえよ。お前自分が犯人って言うけどさ。お前アリバイあるじゃん」
「そうそう。俺たちと一緒だっただろ?」
「いやいやいや。密室殺人なんだぜ?完全犯罪なんだぜ?そりゃあアリバイあるように殺害するに決まってるだろ?」
「バカだなあ。それだって論理立てていけば犯人のボロが出て完全犯罪じゃなくなるんだぜ?」
「そうだろそうだろ」
「だから完全なアリバイのあるお前にはボロも何も無いわけだ」
「そうだな。論理立てもなにもないな。はい。お前犯人じゃないOK?」
「いやいやいやいやだからさ」
「あ~もううるさい。俺たちの邪魔をするなよ」
「そうだよ。お前警察じゃないし部外者だろうが」
どっちも幼稚園からの付き合い。正志は三十代で刑事科に配属されたエリート。賢治は中学生時代理科が得意だっただけあって科学捜査班に所属している。二人とも殺人事件を担当したこともある話を聞いている。この場にぴったりの人員だった。
かくいう俺はこの義兄に高校時代に誘われたアルバイトから始まり、各職を点々とする兄にとって都合のいい小間使いフリーター。先日はタピオカドリンクの販売をしていた。タピオカって水分の塊だから空気中だとすぐカピカピになるんだよな。ガムシロップにつけて保存しなければいけないカロリーモンスターだ。とまあ、多彩な職業のおかげで知識が豊富なおかげで今回の殺人トリックが思い浮かんで実行できたわけだが。
このままじゃだめだ。なんとしても俺が犯人だと説明しなければ。
二人に俺が犯人だと猛アピールする。
「いや、部外者じゃないからね?死んだやつ俺の義理の兄貴だからね?死んだ姉貴の旦那。俺義理の弟。二等姻族。三等以内の姻族で親族。ついでに言うと犯行理由は姉貴を自殺に追い込んだくずやろうへの復習だよ!」
ぶり返したくず義兄貴への怒りを乗せた心の叫びは演技じゃない。犯行理由も口にした。完璧だ。
「あ~もう、わかったわかった。俺ら幼馴染だろ。お前がシスコンで姉ちゃん大好きだったのはわかってるから」
「・・・うん。そうだね」
「お前がこのくず殺してやるっていつも言ってたのも覚えてる。だからお前の言いたいこともわかる」
「そう。だから俺が犯人「誰かに先を越されてムカついてるんだろ?だから自分が犯人だなんて嘘までついて・・・」えええええ!?そうくるのお!?」
その解釈曲解にもほどがある。
「だからお前が犯人じゃないことは俺らが分かってるんだよ」
「そしてお前が自分を犯人にしたい気持ちも分かる」
「はっ?犯人にしたい気持ちも分かるってどういうことだよ?」
「だ~か~ら~。姉ちゃんの敵を取ってくれた犯人を庇おうとしてるんだろ?」
「ちげ~よ。だから俺が犯人なんだって!」
俺はわかってくれない親友たち。悪気が無い上に俺のためを思っての発言だろうから責められないし。どうやったらつたわるんだ。必死の形相で行き場の無い気持ちを抱えて地団太を踏む。
「あ~もう、わかったわかった。わかったから。俺らもお前の姉ちゃん知ってるし、仇をとりたかったこともわかってるから。姉ちゃん優しかったし。俺らも勉強見てもらったりとかしたし、正直憧れもあったよ。死んだ今言うのもなんだけど初恋だったよ」
「俺も俺も」
初恋とかどうでもいいよってええええ。そうだったの?お前ら姉ちゃん狙ってたの?
「まあ、だけどよ。それとこれとは別」
「そうそう。殺人犯なんて危険人物放置するわけにもいかないからさ。二次被害とかやばいじゃん?」
「そうそう。ほら、俺ら警察官だからさ。一般人のお前は俺らに任せておけって」
ああ。もう。ほんとお前らいいやつらだな。
もはや俺は頭を抱えてて座り込む。
くそう。もう一度だ。もう一度考えるんだ。どうしたら俺が犯人だと伝わる?たとえば犯人しか知りえないことを俺が口にしたらどうだろうか?たとえばこの完璧な密室殺人トリックについて説明してしまえば。
よし。俺は意気込んで立ち上がる。
「いや、わかった。トリック全部説明するからさ」
「バカ言ってんじゃねえよ」
「そうだよ。お前学校の成績下から数えて指の数だったじゃん」
「お前バカじゃん」
「バカバカうるせえよ!自分が勉強できないのは知ってるわ」
「バカ。お前これ見てみろよ。密室殺人だぜ?」
「そうそう。バカなお前ができるわけねえだろ?」
「お目ら酷すぎるだろ・・・もういいから聞けって・・・・・」
「あ~わかったわかった」
「それでお前の気がすむならいいよ。応援来るまで時間もあるしな」
何でお前らそんな上から目線なの?やれやれって態度がすごくムカつく。でも仕方が無い。すべてを説明した後の二人の反応を思い浮かべて、ふふふふ、とほくそ笑む。おい。二人とも。そんなかわいそうな者を見る目で俺を見るんじゃない。いいから黙って聞け。
義兄の殺害方法だけを説明するのが難しいと思った俺は四時間前にあった殺人の話をそっくりそのまま思い出しながら話すことにした。
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―――四時間前
俺は義兄を殺すために税金逃れで作ったなんちゃって事務所に来ていた。
「おう。お前か」
大会社の社長とかが座ってそうなやたらと豪勢な事務机。質のいい豪華な椅子に背を預けた義兄が入ってきた俺に声をかける。
義兄は間接的な殺人や麻薬売買を行う大悪党だ。しかし大胆な行動で悪行を重ねるくせに実は小心者の神経質な気質を兼ね備えた男でもあった。その神経質っぷりは常軌を逸しているといってもいい。常に人を疑い、人との関わるようなことはすべて俺を介して人を寄せ付けない。こうやって会う人間は極僅かに限られて数えるほど。俺と妻である姉は付き合いの関係もあって例外だった。
まあ、それもしかたがないのかもしれない。なんだかんだで人の恨みを買うようなことばかりをしていたせいか、実際に他の暴力団に襲われたことがあるらしい。今じゃそのときのトラウマも合って睡眠薬を常用していると姉から聞いた。しかも薬剤師の資格を持つ先日自殺した姉が調合していた特別なやつだ。しかもわがままで。錠剤だと溶けるまで時間がかかる。だから粉がいいと粉を入れたカプセルタイプを常用していた。カプセルの溶ける時間を考えると替わらないと思うのだが、指摘するとキレるので無視していた。
「あいつの葬式に出てやれなくて悪かったな」
先日の姉の葬式のことを言っているのだろう。心にもないことをよく言う男だ。才色兼備なできた姉がこの男と結婚したのもこいつがなんかやったんだろう。本音を言うと姉は自殺ではなくこいつが殺したんじゃないかと疑っている。
姉と結婚したときも俺は被害者だといっていたが何を言っているんだか。お前が強引に手篭めにしたんだろ?姉の手前我慢してきたがそれももう今日で終わりだ。
もう姉が死んだ今ではお前とかかわる理由も生かしておく理由も無い。
雑談をしながら俺は殺害実行の基点となることが起きるのを待つ。
そしてそのときはきた。
「俺は少し寝る」
義兄がそう口にして机の引き出しから薬瓶を取り出した。
姉の遺品整理で薬品のレシピを探しだした俺は分量を増量した特別製の睡眠薬を作った。薬は昨日のうちに薬瓶の中に入れてある。
神経質な義兄は定期的に寝ることで精神疲労を緩和する人間だった。精神疲労が溜まってくるこの時間帯にいつも寝に入る。そして必ず姉お手製の睡眠薬を飲む。
予想通り睡眠薬を瓶からざらざらと出して水も無しに飲み込んだ。
姉の特別製の睡眠薬は強力で本来は一錠で十分なものだ。しかし長年使っている義兄は多少効き難くなっていたことから多めに飲み込む癖がついていた。しかもこれが原因で過去にソファへの移動途中倒れて寝てしまったこともある。今回はそれを狙っていた。案の定。応接用のソファに横になろうと立ち上がった義兄は特別製の薬が効いて急に崩れ落ちた。
前のめりになった義兄を俺はわざと後ろ向きに倒れさせる。トリックの関係で前倒れした証拠の青あざなどを前面につけないようにするためだ。
そしてここからが本番だ。
俺のシナリオはこうだ。睡眠薬を飲んで移動中に昏睡してしまった義兄は運悪く後ろ向きに倒れて机の角に後頭部を強打。打ち所が悪くて死んでしまいました。いわゆる事故に見せかけた殺人を行う。
義兄の両脇に腕を入れて机の側にある背の無い椅子に座らせる。後頭部を机の角へセット。顎下と口元を両手でそれぞれ押さえる。思いっきり体重をかけて後頭部の脊髄に机の角がめり込むくらいに押し込んだ。ぐっと僅かに沈んだ感触に殺害成功を悟った俺は身を起こした。
脊髄のうち脳につながる高位の部位である勁髄は八つ。上から数えて数字が少ないほど重い障害、首から下の機関動作障害も起きて死亡へとつながる。殺害目的の俺は四つ目より上を狙って脊椎に損傷を与えた。これにより横隔膜などの運動障害が起き、義兄は呼吸が停止して死亡した。人が来ないここでは運よく生き残っても首から下は動かず、圧迫された血管などによる脳梗塞の発生で時間経過とともに死亡していた。万一なんてものは無い。殺害を失敗することは無かった。
この殺害方法はよりにもよって義兄にやらされた整体の仕事で覚えたことだ。義兄専用の整体師が欲しかったからと知ったときは呆れかえったものだ。でもそのおかげでこの殺害方法を思いついたのだから複雑だ。義兄もまさか自分の体調をよくするはずの整体で殺されるとは夢にも思っていなかっただろう。
殺害を終えた俺は部屋を出て鍵をかけた。
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部屋の鍵を持つのは俺と義兄だけ。本来なら死亡時刻からこの時間帯にアリバイの無い俺は犯人だと疑われることになるはずだった。これはわざと残した甘さだった。殺人をするに当たって良心の呵責にさいなまれた俺が友人二人に捕まえて欲しいと願って残したミスだった。
でも残念なことにその願いは予想外のことでなかったことになる。
義兄がソファで寝るためにエアコンの暖房のタイマーを入れていた。結果として暖房が体温の下落を抑えて死亡時刻がずれてしまった。旧型のエアコンだから履歴も残ってない。説明しても設定時間をいくらでも調整できるという点で別の人間も犯行ができる。俺が犯人だと信用してもらえるかどうかがそこで怪しかった。
まあ。それでもここまで詳しく殺害方法を知っているのはその場にいた犯人だけだ。少しは信じてもらえるかもしれない。
説明を終えた俺はため息をつく。
聞き終えた二人はまさに信じられないようなものを見る目で俺を見ていた。驚愕の表情で立ち尽くしている。きっといまは後頭部にできた窪みなどの遺体検分の内容も思い出して頭の中で話と照らし合わせているいるところだろう。
「・・・そんなバカな」
「密室殺人が成り立っている?」
「だから言ったろうが。俺が犯人なんだって」
やれやれやっとわかってもらえたか?と肩をすくめる。
「おい、ひょっとすると」
「ああ。もしかして同じこと考えてる?」
二人が目線を合わせる。どうやら意見が一致したらしい。
『つまり』
「やっと俺が犯人だってわかった?」
『お前すげえ名探偵じゃん』
これまた予想外の回答が帰ってきて俺はその場に崩れ落ちた。
「違ええええよ!」
四つんばいになって床に向かって叫ぶ。しかし俺の溢れんばかりの叫びは誰にも届かない。
「ほらあれだろ?金田二とか」
「勉強はできないのにIQは高くて名探偵?」
「お前にこんな特技があるなんなんて知らなかったぜ」
「脳ある鷹は爪を隠すってやつだな」
勝手に盛り上がる二人の声が頭上から聞こえる。
「おい、やべえって。こいつ警官にして一緒に捜査に回れば警視総監賞ものだぜ?出世も夢じゃないぜ」
「何でお前らそんな小物なんだよ!っていうか俺。お前らがこんなアホだったなんて二十年の付き合いではじめて知ったよ!」
「ひでえな」
「そらあさ。長い付き合いだからな」
「気を許せる仲ってやつだな」
「ともかくこれで俺が犯人だってわかった?」
「まあ確かにお前が名探偵じゃないなら。ここまで詳しく話せるとなると犯人ぐらいしか思い当たらないな。まさか本当にお前がやったのか?」
「そんな目で見るなよ」
悲しそうな目で俺を見る正志に俺も苦笑する。
「ちょっと待て。あの話を聞いた後だ。俺も話の内容が何処まであっているかもう一度遺体検分したい。もしかしたら気づけていないこともあるかもしれないだろ?」
それで気がすむならと俺も賢治に頷き返して待つことにする。
本格的な遺体検分は応援がきてからと簡易的なものに留まっていたが、賢治も本腰でやるようだ。持ち歩ける科学キットを取り出して科学捜査班に勤める賢治が率先して遺体の検分を始める。
そして一通り終えて立ち上がると。
「かすかに口からアーモンド臭がする・・・」
「その特徴の毒と言ったら青酸カリか」
「はひぃ?」
思わず俺も珍妙な声を上げる。青酸カリ?あの探偵漫画で定番の有名な毒物?そんなの俺使ってないんだけど?何で義兄から青酸カリ特有のアーモンド臭がしたんだ?
「犯人は青酸カリで殺害したようだな」
「ニート並の引きこもりにどうやって毒を飲ませるっていうんだよ?」
「ん~確かに警戒心も強かったしな」
「は~。後頭部の頸髄陥没と毒殺。本当の死因はどっちだ?」
「姉ちゃんつながりで俺らが会えてたのさえ奇跡の人間だからな。人を寄せ付けない人だし。鍵をかけてある部屋に青酸カリを仕込むのも難しい。毒殺を成り立たせるほうが難しい。まだ、さっき説明された頸髄陥没の殺害方法のほうが成り立つ」
「どっちにしても部屋の鍵を持つのは俺と義兄だけ。俺以外に犯行できる人間はいない。もうわかっただろ?俺が犯人だって?」
「まあ、そうだな」
何があろうとも後頭部の頸髄陥没は人間が死ぬレベルのもの。殺害方法についても成り立っている。そして犯人の第一候補に上がる俺自身が自首しているのだ。もうこれで決まりだ。
「お前らが警察官でよかったよ」
手錠をかけてくれと俺は両手首を付け合せて二人の前に差し出す。
「自首するから逮捕してくれるか?」
「え?」
「なんで?」
心底疑問の表情で二人が驚きを声に出す。
・・・こいつら。
「だ~か~ら~」
「俺が犯人だ!って言ってるだろうが!」
俺は再び叫ぶのだった。
この後到着した応援の警察に事情を説明したが二人が必死に庇った上に同じように信じてもらえなかった。義兄が悪人でいろんなところに恨みを買っていて犯人候補も盛り沢山。死亡要因も頸髄陥没と青酸カリと二つ。問題が多すぎて事件は迷宮入りにされたのだった。
俺の中に誰が青酸カリを盛ったのかのなぞだけを残して。
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