叱られる兄
「お兄ちゃん、私はものすごく怒っているのですよ」
「すいません」
玄関へ入るとすぐ目の前に怒った可愛らしい妹の恋が立っていた。
帰るのが遅くなったことについて怒っていた……。
既に料理の支度も終わったらしく良い匂いが部屋から漂ってくる。
無駄に歩いたし、無駄に話したし、無駄にハチマキとか擦ったし腹減ったな。
一緒に準備するはずが彼女1人に任せてしまった。
「よしよし、頭撫でるからさ」
「むぅ、魅力的ですが私はそんな安い女じゃないです」
約束を破った彼女はいつもみたいにそんな事では流されないんですとそう物語っていた。
恋の扱い方に慣れたと思った直後扱い方が変わる、難しい娘である。
「大体こんな時間まで何してたんですか?」
「図書館で勉強だよ」
「嘘ですね。お兄ちゃんは悪人でした。もう私お兄ちゃんと一緒に暮らせないです」
「ごめんなさい。出て行かないでください」
はて?
俺は1人暮らしに慣れて家族なんか要らない。
そんな風に思っていたはずだ。
今俺、恋に対し出て行かないでって言ったか?
「お兄ちゃん、正直に話してください。いやそういえば最初に私が来た日、呼び捨てで良いって言ってましたっけ?」
「ん?」
「達裄、言え」
「正直に包み隠さず言います」
そんな事言ったんか俺?
今ではお兄ちゃんがデフォで慣れ過ぎて呼び捨てにされた瞬間鈍器で殴られた感覚に似ていた。
絶対お兄ちゃん主義!
久し振りに出したこの単語は恋だけでなく、俺もその主義に入っていた。
「……ナンパしてました」
「『はっ、くだらねー男。そこで犬っころの様に自分の靴舐めて自分を慰めてろよ。這い上がれない屈辱を知った方良いよ。なんならブルドックでも連れて来て一緒にペロペロ気持ち悪く舐めてろよ』」
「……」
姉さんの物まね相変わらずうまいし、怖いし、本当に靴でも舐めてた方が幸せなんじゃないかって気がしてきた。
恋はとても機嫌が悪いらしい。
しかし恋も俺の扱い慣れてきたんだなぁ。
姉さんの背中見てきた女だな……。
「お兄ちゃん!」
「は、はい」
急に大声で呼ばれ姿勢正しく背筋を伸ばし、起立の状態になった。
「私の事軽く見られたんだってショックだったんだからね!遅くなるなら1つで良いから連絡ちょうだいよ!事故じゃないかって心配したよ!」
目を赤くした恋は俺に勢い良く抱き着いてきた。
飴と鞭。
今朝光が言ったのはケーキとショットガンだったか。
この子をほっとくのはやめようと決意した。
強く抱き着く恋にまだ照れくささは残る物の俺も強く抱き着き返した。
恋は「ひゃう」と裏返った恥ずかしい声を上げた。
抵抗も一瞬、そのまま恋は静かになった。
「ごめん、ごめんな恋。叱ってくれてありがとう」
「わかればいいのです」
そのまま抱き着かれた体制を解いて恋と向き合う形になった。
まだ抱き着いた感触が残り、恥ずかしさが波の様に襲ってきた。
居間へと足を向けながら話を逸らす話題を口に出した。
「じゃあ今から恋の料理頂いてパーティーしようか」
「いえ、まだお姉ちゃんから連絡きてませんから始められないですよ」
「……忘れてた」
姉さんの家族連れて来る謎発言があったな。
そうかまだ始められないのか。
俺は冷蔵庫まで歩いて行きストックのたくさんある板チョコを手に取った。
相変わらず包み紙を取ると甘すぎる匂いが鼻につくチョコで食べるのを躊躇ってしまう。
他のお菓子も食えないとかそんなわけはないがこれしかお菓子を常備していない。
仕方なくチョコを口に運ぶ。
「だから甘過ぎんだよ。半分の甘さの需要を考えろメーカー」
「なんで文句言いながらそれを食べるんですか!無糖なりビターなり甘さ控えめのチョコもあるじゃないですか!」
「それでも俺はこれを買ってしまうんだよな」
口の中が甘さを占めていた。
とても喉の渇く味と後味だ。
恋は俺にもう買うなと文句を言いながらもこのチョコを食べるので嫌いではない様子。
「別に甘さは普通じゃない?」というのが彼女の反応である。
「はっ!?まさかお兄ちゃんはチョコ嫌いだからその好き嫌いを直す為ですか!?」
「別にそんな努力してない」
もしチョコ嫌いでも食べられる努力をする様なものでもないと思う。
バレンタインの時困りそうだが、誰もくれない。
義理チョコとかその為にホワイトデーを返すのも面倒だしな。
光ぐらいならくれるだろうか?
『メダルチョコ居る?』
なんかケチくさい光の言葉が聞こえた気がした。
板チョコ1枚をペロリと平らげたがしかし腹の足しにもならない。
糖分だけはたくさん取ったのでしばらく甘い物、というよりチョコは今はもういいや。
「そういや明日に友達来てまたパーティーする事になったからその時お前を紹介するわ」
「友達ですか。私、お兄ちゃんがそういう話題を出さないので友達居ないんじゃないかって心配してました」
ついに妹からすらそんな話題を言われてしまうとは。
心が寒くなるな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます