ペット電子化は家族の同意をもって

ちびまるフォイ

子供の心、親知らず

サクラは少女が生まれたときから家にいた。


「サクラ、お散歩にいこう!」

「わん!」


サクラは散歩になるといつもしっぽを振っていた。

お気に入りは近所のくすのき公園。

あの広場でいっしょにおいかけっこするのが大好きだった。


「サクラおいしい? お母さんには内緒だよ」

「ふんふんっわん!」


サクラはバニラアイスが大好きだった。

食べ終わったアイスの棒やカップをいつも舐め取っている。


「サクラ、鼻が白くなってるよもう」


少女が寝る頃には布団の上で丸くなっていた。

布団をテーブルクロス引きのように引っ張って寝るのがいつものことだった。



ずっとサクラと一緒にいられると思っていた。


ある日、両親は少女にサクラの電子化を少女に伝えた。



「どうして……どうしてそんな事言うの!?

 サクラはここにいるんだよ! どうしてそんなことするの!?」


「サクラが生身であるかぎり寿命を迎えてしまうし老いもする。

 これはお前のためなんだよ。サクラと別れたくないだろう?」


「それにサクラが電子化すればトイレの世話や餌だっていらない。

 サクラと楽しい時間がもっとたくさん増えるのよ」


「お父さんもお母さんもおかしいよ!

 さっきから便利とかしか言ってないじゃない!

 どうしてサクラにそんなひどいことをしたがるの!」


「「 これはお前のためなんだよ 」」


「私はイヤって言ってるの!!」


少女はサクラを自分の部屋に閉じ込めて鍵をかけた。


親の口からは「便利」「楽になる」とかそんな言葉ばかりで、

サクラが大好きな散歩にいけることも、バニラアイスを食べられなくなることにも触れられていなかった。


「サクラは私が守るからね」

「くぅーーん」


少女はサクラを抱きしめながら眠りに落ちた。



翌日、サクラの姿はなかった。



「サクラ……サクラ……? どこ? お散歩だよ」


『わんわん!』


しっぽを振ってサクラはやってきた。

でもその体からは少しの獣臭さも感じなかった。


「ほら、電子化しても前と変わりないでしょう?

 やってみればなんてことないのよ、動物の電子化なんて」


「なんで!? なんで勝手に……サクラを……!」


「起きていたら反対されるだろう。でも見てごらん。

 サクラは何も変わっていなじゃないか」


少女は散歩用のリードを電子化したサクラにつけようとした。

その体は通り抜けてしまい、リードをつけることができない。


「狂犬病の予防注射もいらなくなる。

 深夜に吠えて近所から文句を言われることもない。

 毛も落ちないから掃除も楽だ。電子化していいことずくめじゃないか」


「お父さんとお母さんなんか……だいっきらい!!!」


少女は大泣きしながら家を出ていってしまった。

母親は心配そうにしていたが、父親は楽観的な様子だった。


「大丈夫だよ、生身の体なんだからお腹も減る。

 お腹が減ったらまたこの家に戻ってくるよ」


「そうね……」


両親は待っていたが少女はけして家に戻らなかった。

友達の家に厄介になっているという話だったが怒っているとのこと。


「どうするのあなた。このまま戻ってこなかったら……」


「やっぱり、悪いことしちゃったかなぁ……」


父親は昔両親に大事にしていたぼっこを捨てられて大泣きしたことを思い出した。

転校して会えなくなった友達と山で見つけた思い出の「武器」だった。


「サクラを戻そう。戻せばきっとあの子も戻ってくる」


数日後、少女が着替えなどをとりに家に戻ったときだった。

玄関先で待っていた両親は怒ることもせずにただ謝った。


「すまなかった! サクラを勝手に電子化してしまって!

 お父さん、お前の気持ちなんかちっとも考えていなかった!」


「お母さんもよ。あなたのためだなんて言っていたけれど、本当は自分のためだったわ。

 尽くす気持ちであれば何してもいいと思っていたの」


「お父さん……お母さん……!」


少女の中にあった両親への怒りや憎悪の気持ちが薄れ、

神格化していた両親もひとりの人間だということに気がついた。


「それでね、あなたが気にいるといいんだけど……」


「わんわん!」


家の奥からはしっぽをふって犬がやってきた。


「ご覧。サクラを電子化から戻したんだよ。

 でも前みたいに大型犬だと世話が大変だから小型犬にしたんだ」


「トイプードルが可愛いって前に話していたでしょう?

 だから、サクラの電子情報をプードルに転移させたのよ。

 ほら前よりもずっと可愛いでしょう?」


少女の顔がみるみるひきつっていった。


以前の噴火のような怒りは出ない。

ただ、この人達にはもう何を言ってもダメなんだと諦めにも近い

冷たい怒りが血のように体をかけめぐっていた。


「どうしたの? 何が気に食わないの?

 ほらこんなにかわいいじゃない。それに前のように生身よ?」


「どこが悪かったのかお父さんたちに教えてくれ。

 そうすれば今度はもっとうまくやるから。なぁ」



少女は電子両親の電源を切った。

友達の家に戻り、事情を聞かれた少女は答えた。


「やっぱり、親なんかいらない」

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