百合エンドめざしてた悪役令嬢♂だけど攻略方針変更します
柊キョウコ
第1話 イケメンは地獄に落ちろ
家永孝也、十八歳。
ただいま、同人乙女ゲームの悪役令嬢やってます。
「バルバラ・アビアーティ! 今日という今日は観念して、俺の舞踏会の招待を受けてもらうぞ!」
「何でそんなもんに顔出さなきゃなんねーんだよ、オトコと踊ったって嬉しくもなんともねーわ帰れこのクソイケメン!」
「ははははは、悪態をつく様もまた可愛い! ますます屈服させたくなった! 必ずや俺のコレクションに加えてやるぞバルバラ・アビアーティ! 次の満月の夜にはお前は俺のものだ!」
「蕁麻疹でそーな台詞やめろぉ!」
もっと言うと、攻略対象のイケメンから全力疾走で森の中逃げてます。
この体の持ち主が意外に体力あって助かった。転生(?)前の体……趣味の小説執筆さえ捨て一日十時間机に向かいひたすら受験勉強に励む暗い青春を送っていた神奈川東部在住高三男子にはきっつい状況だ。
森といっても自然の森でなく、
ああ、金髪青い目縦ロール推定Dカップ、裾短めとはいえドレス着用のお嬢様にこんな泥臭いマネさせてんじゃねえよ。それともこれはこれで需要があるのか?
「あきらめろバルバラ・アビアーティ、お前は俺のものになる運命なのだ! 次期『護界卿』たる俺の顔面に全力ドロップキックをかましたあの日からなぁ!」
「るせぇ、てめーが女の子にドヤ顔で迫ってたから蹴りくれてやっただけだろが! 鼻っ柱より脳天にくらわしてやったほうが良かったか脳ミソ沸騰イケメン!」
叫んだ瞬間、ドレスの胸元でテロリンと電子音が鳴った。
よりにもよって、こんな時に。いや、むしろグッドタイミングか。
オレは胸元(特注で隠しポケットを付けてもらった)に手を突っ込み、転生(?)前から愛用していたスマホを取り出す。唯一オレが元の世界から持ち込めた物。たった一人のある人物と、LINEで連絡取り合う以外に使い道はないけれど。
『兄貴、だいじょぶー? またトラブってない?』
おう絶賛トラブル中だよ我が妹。
木の根に爪先とられてスッ転がりかけながら、オレはスマホを操作した。
通話。
「美佐緒! えーと、あいつだあいつ、あのイケメン……いやこのゲームのオトコ皆イケメンだな……あいつ! 黒髪に紫のなぜか常に流し目の確かメインヒーローだかなんだかのあいつ! なんか弱点ないか?!」
『アレクシオスなら、病的な猫嫌いだった筈だけど。なんでも子供の頃、猫にお尻を引っかかれたとかで』
通話の向こうで妹が息をついた。
『てか兄貴、やっぱりまたトラブって。何度言わせれば気がすむの? そのゲーム牧歌的なビジュアルのくせして気を抜くとすぐ死ぬんだから。ゲームだと死んでもカルマ値上がるだけで復活できるけど、兄貴はどうなるかわかんないよ。てか三回も死にかけたのに何で学んでないの? バカだから?』
「い、いや、オレも平穏に生きたいのはやまやまなんだが……」
元の世界じゃ女に縁がない、どころか目が合った相手に『キモーイ』とか言われることすら多々あったオレとしては、生まれついてのキラッキラのイケメンが、スカした顔で女の子に声かけてるの見ると無条件で殺意に包まれると申しますか。
ああ、しかし言っても分かるまい。何せ我が妹家永美佐緒、顔悪し頭悪し要領悪しのオレがお袋の胎内に置き忘れたブツを全部吸収して生まれてきたに違いない完璧超人。見た目はちょっとしたアイドル級、頭はあっさり県内随一の名門女子中に受かりそのまま卒業まで学年内主席をキープする程度、品行もよく教師受けも同級生受けも上々らしい。
性格は最悪の一言だし、実は同人ゲームのオタクだったという事実がオレの転生(?)により判明したが。
この世界の元になった乙女ゲームも、美佐緒が友達の姉貴のツテでイベント頒布前にテストプレイさせてもらった作品らしい。
「いや本題はそこじゃねーんだよ、なんだよ猫嫌いって他に弱点ねえのかよ」
『確か、ショウガも嫌いだったような。「澪底のアスタリア」一応全クリしたけど去年の話だし、ソフト友達に回収されちゃってその娘も作ったサークルと連絡取れないらしいから詳しくはわかんないねー。まあアレクシオス相手なら命の危険はないでしょ、貞操の危険はともかく。頑張ってね兄貴』
テロン。電子音とともに切れる通話。
「や、役に立たねえ」
こめかみを揉みたくなったとき。
「何をごちゃごちゃ言っている、オレへの愛の言葉なら秘める必要はないぞバルバラ・アビアーティ!」
「ちが……ひゃっ!?」
叫んだ瞬間、足元から白い霧が噴き出してきた。
何だ、と身を強張らせるが、霧は霧。特に害があるようには見えない。
フカシかよ。と安堵した瞬間、ピシピシッと不吉な音が耳をなぶった。足、いや靴にまとわりついた霧が、急激な温度低下で凍てつく音――
「のわぁ!?」
凍った靴で走り続けようとしたオレは、あえなくバランスを崩してつんのめる。
まずい。こいつお得意の魔術だ。霧を出して凍らせるのは、確か水魔術。それも大気中の微小な水分を操る高度な術。
普通は地水火風の四元素のうち一つしか使えないのに、こいつは全部扱えるのだ。クソイケメンが。エリート野郎が。まっすぐ地獄に堕ちやがれ。
「ちくしょー!」
そっちが魔術ならこっちも魔術だ。バルバラ・アビアーティの魔術の属性は、風。やり方は身についている。
腕を大きく薙ぐ動きで、微弱な風を起こす。魔術でその風の力を増幅させる。自分と地面の間に竜巻が起こった。
と、いう思惑は見事に外れた。
「ひょわああぁ!?」
竜巻の威力が強すぎた。オレの体は巻き上げられて高く舞って、落ちていく先は。
「崖ぇ!?」
そう、崖。一応言っておくと生徒に危険はないよう柵が建ててある。問題はオレが高く舞い上げられすぎてかるがるその柵超えちゃうことだ。高さは十メートルとかそのくらい。
――そのゲーム牧歌的なビジュアルのくせして気を抜くと割とすぐ死ぬんだから。
あっ、やばい、死んだ。
オレが覚悟を決めたとき。
「ご主人様!」
響いた声とともに、下半身に柔らかい感触があった。同時に体がふわっと宙に浮かぶ感覚。
これは。
「ご主人様、ご無事ですか。ああ、そんなにお召し物が汚れて。おいたわしい」
傷ひとつ負わず崖下に着地した瞬間理解した。
花だ。半径二メートルの一帯が、柔らかそうな白い花の群れでこんもりと盛り上がっていた。モモとサクラの区別もつかないオレでもわかる、間違いなく十一月に咲く花じゃない。
植物を操る土魔術だ。地中で眠っていた花の種を眠りから呼び起こし、爆速で時期外れの成長を遂げさせオレを受け止めさせたのだ。
崖下に居合わせた、この灰緑色の髪のイケメンの仕業だった。
でかい。たぶん自販機サイズは軽く超えている。
「え、えーっと……」
「ウィリディス・キケーロです、愛しいご主人様。麗しく力強い僕の無慈悲な支配者」
「ヒエッ」
足元にひざまずくな。手を取って甲にキスしようとするなおぞましい。どんだけ美形だろうが男にエスコートされて喜ぶ趣味はない。
「白馬に乗って運命の方が迎えに来る幻想が、女性だけのものだなどと誰が決めたのでしょう。僕はずっとその日を夢見ていた。そして、ご主人様こそがその方と確信したのです。そう、あの日あの瞬間に……」
ああ、乗馬訓練のときの話か。
このサドの皮かぶったマゾが生徒会役員なんぞやってるこの
限界突破した嫌悪感にさぶいぼ立てていると、
「ウィリディス! 俺の許しなくバルバラに近寄るとはいい度胸だな」
「おやおや、これはこれは。次期『護界卿』アレクシオスどのではありませんか。もしや、またご主人様に強引に迫ってご迷惑をおかけしていた? いやいやまさか、そんな女神にも当代『護界卿』にも顔向けできないような真似なさるわけがありませんよねえ?」
ぞぞっと、新たな寒気が背筋に走った。
崖の上には、黒髪俺様イケメン、アレクシオス。崖の下には、白馬の女王様願望勘違いイケメン、ウィリディス。
美術の資料集で見た龍虎の決戦の日本画のように、凄まじいオーラで睨み合っている。
今すぐこの状況から逃げ出したい。
ああ、しかしオレのこの切なる願いとは裏腹に、睨み合うイケメンどもはとてもじゃないが隙を見せてくれそうになかった。
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