第6話




「さて、こいつをどうしようか。」


 湖から逃げ出すのもそこそこに、ある程度の余裕と視野の確保ができたところで、直樹は一つの難題を解決することにした。

 左腕に刺さったワニの牙と胴体に巻きついたままであったカエルの舌の処理である。

 現在の直樹の見た目をを確認しよう。


『僕は夢に満ち溢れた小学生!下半身はすっぽんぽんっ!ゾウさんはこんにちは!でも、おしゃれをしたいからカエルさんの舌を胸に巻きつけてるんだ!まるでブラジャーみたいだよっ!』


 ……まずはカエルの舌の処理だ。

 カエルの舌の処理に迷うならそのままでいいじゃないかとも思ったのだが、わずかばかりに残っている、わずかばかりとなってしまってきているが、元人間としての感性が現在の自分の状況へ警鐘を鳴らしている。素っ裸にブラジャーの男子小学生。

 直樹は冷静に自分の取りうる選択肢を整理してみた。


 一、ぼ、ぼくはこ、このままがいいなぁ。こ、興奮するっ。

 二、下を隠す。ただ乳首が丸出しになる。

 三、全部放り出して、スッポンポーんっ!

 四、食べる。


 まぁ、三が論外なのは考えるまでもない。ちょっとでも使えそうなリソースを放っておけるような余裕は一切ない。

 一と二を選ぶなら、まぁ、同じだ。選択の放棄、保留である。

 理由は三つだ。一つは他の怪物に遭遇した際におとりとしてエサとして使えるのではないかということ。エサに気を取られているうちにトンズラこくのだ。

 二つめは衣服、そして防具として使えること。だが防具としては今のままでは心もとない。なぜなら舌が結構やわらかいからだ。衣服としては言うまでもない。

 そして、最後にして一番の理由もこの舌がやわらかいということが関わってくる。そう、ワニを一突きで葬ってみせたこの舌が武器として使えるのではないかということだ。だが、現状はただの柔らかい肉のかたまりだ。使いようがない。それに武器ならワニの牙もたぶん使える。

 現状、直樹が一番揺らいでいる選択肢は四、食べる、である。

 小鬼になってからこれまでを思い返すと、直樹はどうしてもとある大きな問題について考えずにはいられなかった。今までこれだけたくさん歩いてきたのにも関わらず、植物が一切見られなかったのだ。つまり、収穫の際に安全性の高い食べ物がないのだ。このバケモノたちを狩ること以外で食べ物を調達する方法が存在しないのである。

 それに、直樹は今までの経験から一つの仮説を考えざるを得なかった。それは、まるでこの洞窟ではバケモノ同士を食らい合わせたいのではないか、ということだ。この仮説には問題しかない。なぜならこの洞窟という地獄絵図を用意した誰かが存在していて、何か目的があるということになるからだ。まぁこんな飛躍しすぎた四方山話は置いておこう。情報の少なすぎる今、考えても仕方のないことである。まぁ、岩ガエルの舌を食べるということはこの世界を知ることにつながるかもしれないということだ。

 直樹は少しの間だけ考えた。恐らく今後の自身の生存確率を大きく変えうる重要な選択になる。

 だが、恐らく考える前から決まっていたのだろう。直感的にこれしかないと思う選択肢があった。

 次、このように時間と平穏を取れるのはいつになるのかわからない。直樹は即行動に移すことにした。


「いただきます。」


 カエルの脚は食用として地球でも有名だ。食感は鶏肉で味は淡白だという。カエルはメジャーな鳥や豚と比べ小さいので骨をしゃぶりつかれて数を食べるのはうっとおしい。まぁ何が言いたいかというと、岩ガエルの舌の味は淡白だ、というか、無味だということだ。

 そんな感想を抱いたのもつかの間、直樹は強烈な多幸感に脳天が貫かれる。

(うぅっ!)

 そして、額の中心、ツノのあるあたりから得体の知れないエネルギーが体の隅々へ駆け巡る。疲れ切った時にエナジードリンクを補給した時のちょっとしたエネルギッシュな感じ、それを何万倍にもしたかのようなそんな感覚。平衡感覚が持っていかれ、体が火照り、五感が鋭敏になる。キモチイイ。

 一口食べただけで飛んだ。

 直樹は肉体的に理解させられた。自分は目の前のご馳走を平らげねばならない。

 せめて意識が飛ばないように気をつけよう、そんなことをちょっとだけ思いながらも直樹は食事を再開した。



 味のないものを食べ続けるのには強靭な精神力と顎の力が必要だ。だんだんと食事が進むにつれて体が拒否反応を示し、吐き気を催し始める。それに噛む力が落ちていけば美味しいものでさえ美味しく感じづらくなるし、そもそも硬いものは食べられなくなる。

 だが、味のないものと脳が強烈に欲するもの、この二つの要素は直樹には勝負にならなかった。ついでに言うと小鬼になってから顎の力がとても強くなっていた。かなりのサイズであり、おそらく全長は直樹と変わらないであろうカエルの舌は瞬く間に直樹の腹のなかへと消えていった。

 直樹は食後の満腹感と称するにはあまりにも強烈な幸福感に浸っていると、自身の体に起きている違和感に意識がいく。

 なんかツノが熱い。

 すると、ソレは突然きた。

 

「ガァぁっぁぁぁ」

 

 どこまで続くのかわからない、気のとおくなるほど大きな洞窟。その中にいくつでもあるちょっとしたホールっぽい空洞。そこに一匹の小鬼の言葉にならない叫びが、悲鳴がこだまする。

 カエルの舌を完食したあたりからだろうか、直樹の体には異変が生じていた。ツノから溢れ出していたエネルギーがまるで入れ物であるツノを、頭を、体を食い破らんといわんばかりに暴れ狂う。

 それは強烈な痛みを伴った。想像を絶する痛みを伴った。まるで体そのものが狂ってしまいそうな、気のとおくなる感覚、だから痛みがより一層苦しさを思い出させる。

 どれほど苦しんだのか、一瞬にも永遠にも感じられた痛みを超えて、直樹の意識が覚醒する。

 正気を取り戻すと、直樹はすぐさま体に起きている違和感に気がつく。

 おそらく1日にも満たないであろう、それでも一生分といっても過言ではないほど濃密な時を共にした小鬼の体が少し変わっているのだ。具体的には視線が少し高い、そして額のあたりが少し重い。

 直樹は違和感の最たる主人であろう、額に申し訳程度に飾り付けられていたツノへ手をのばしてみる。


「っっっつ⁉︎」


 驚きに、困惑に、直樹は自分の正気を疑う。

 額に手を伸ばすと、そこにあったのは申し訳程度についたゴミクズ程度の大きさの飾り物ではなかった。

 手で握りしめることが叶わないほどに長く、太く、大きい。

 立派な、立派なツノがそこにあった。

 しかも、ソレは一本ではない。

 《二本》あった。





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