第1話 探偵Nという男
その日は雨だったこともあり、店の中は大盛況だった。
カランコロンとベルが鳴る。
女性店員が入口へと向かう。
「何名様でしょうか」
「一人だ」
「申し訳ございませんがただいま大変混雑しておりますので相席でもよろしいでしょうか?」
相席なんてこの店にしては珍しいな、と思った。
その男は黙ってうなずいた。
「こちらへ」
男を連れた女性店員がこちらへと向かってくる。
「申し訳ございませんがただいま大変混雑しておりますので相席してもらってもよろしいでしょうか?」
マニュアル通りの堅い笑みと台詞にええどうぞと答え、散らかしていた資料をがさがさと片付ける。
「こちらへ」
男は挨拶もせずにメニュー表を開く。
「この店でうまいものはどれだ」
「え?」
「ここによく来ているんだろう、どれがうまいかと聞いているんだ」
「どうして僕がここによく来ることを?」
「ふ…簡単な推理だ。あんたはここで資料を広げていた。何の資料なのかは知らないが大方仕事のものだろう。となればこの近くに職場がある可能性が高い。このあたりに喫茶店はここしかない。飯を食うにはうってつけだ。昼休憩なんだろう。出張中だとも考えたが始めてくる店で仕事をするとは大した度胸だ。それに初めて来るには道中が入り組んでいる、誰かに紹介されたのか。そうならこの店の従業員とも顔見知りなんだろう。どうだ」
なんだこいつはと思った。机上の資料と地形だけで常連かどうかを見極めるとは。
「……ミートソースパスタだ」
「ありがとう、…ミートソースパスタを」
遠くから注文を受けたことを誇示するような声が飛ぶ。
「ところで、あなたはどうしてこの店に?」
男は声を潜める。
「俺はある殺人事件を追ってる。その容疑者にここの店主が上がった。だから、捜査のために来た」
警察か…
「そんなの僕に話してよかったんですか」
「なあに心配するな、俺は警察じゃあない」
「え、じゃあ」
「…探偵だ。このことは店主には内密にな。」
「…ああ」
奇妙な男はミートソースを平らげ、店を出て行く際、名刺を置いていった。
「成宮獅劉……」
あの男とはまたどこかで出会える、そんな気がした。
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