墜落少女は天啓を望む

蜜柑の皮

奴隷編:少女の本懐

第1話:死亡→転生

 全てに対し、下に見ていた。

 いや事実、そうなのだ。

 全ての物事は、俺より下だったのだ。


 自惚れていたのだろう。

 何事も上手く行く、失敗しようとも金があれば揉み消せる。

 失敗することなんて、一度もなかったが。


 事実万能、自分で言うのもなんだがイケメン。

 それでいて金持ち、親の七光りで好き放題できる。

 ああそうだ、自堕落な生活を送っていた。


 全て、ツキが回ってきたのだろう。


「──お…おい、待て。俺が何したっていうんだよッ!?」


 女は興奮した状態で俺に包丁を向ける。

 ここは俺の住んでいるビルの屋上。

 今日はパーティをやっていたため警備はいなかった。


「お前が…お前があアアアアアアアアッッ!!!!」


 包丁を振り上げ、走り出す。

 俺は逃げ道がない。

 そう、その包丁は俺の体に突き刺さる。


「がぁッ──…はっ…」


 フラフラと後ろへ下がる。

 包丁が突き刺さった腹からはぼたぼた血が流れる。

 痛みで顔を歪ませる。


 痛い、痛い痛い痛い…ッ!

 なんで、俺がこんな目に…どうして、どうしてっ!


「テメェ…ッ!」


 後ろへ下がって行く。

 その時、俺はバランスを崩す。

 後ろは、空だった。


「あ…」


 マヌケな声を出し、空へ投げ出される。

 落ちる、地上までの道のりは長い。


 俺は、死を悟った。

 目を瞑り、地上へ落ちるまで、人生を振り返る。

 でも、振り返るような、人生だったのだろうか。


 目を開け、死を迎えようとする。

 だがそこは、もう真っ逆さまではなく、普通に立っていた。

 俺は、何もない白い空間に立っていたのだ。


「…なん、だここ…?」


 腹を見ると、傷が完全になくなっていた。

 痛みもなく、体が妙に軽かった。


「おやおや、もう少し早く死ぬと思っていたんですが…」

「なに…?」


 声がする方を見ると、一人の女性が足を組んで座っていた。

 背中には大きな翼が生えていて、清楚感のある白い服を身にまとっていた。

 それに長く白い髪。

 まるで、天使のようだった。


「私は女神ですよ?そこのところお間違えないように」

「お、お前は…」

「貴方は、あまりにも傲慢すぎる。自分勝手で、誰かが不幸になっても自分さえ幸せならいい。それでいくつ罪を重ねてきたのです。読み上げましょうか?」


 そういうと、何処からか巻物が現れる。

 それを広げると、床一面に巻物が広がって行く。

 そこにはびっしりと文字が敷き詰められていた。


「まず三歳の時、ムカついたから突き落とし、殺害。おお、いきなり過ぎますね。って既に殺害を5回も。道徳もクソもありませんね」

「な、なんなんだよ…」

「めんどくさいんで読み上げるのはやめますね。そこに広がってるもの、全て貴方の罪です」

「…なん、だと?」


 俺は一部を拾い上げ、読む。

 ありとあらゆる罪が載っているようだった。


 その中でも目立つのは殺人。

 いくつもの殺人事件を重ねているようだった。


 その中でも、結構酷いのはあるが。

 いや、実際にやってみたらなかなか楽しそうではある。

 無理やり面白がって、ヤらせたりとか。


 とまぁ、どれもこれも、身に覚えがなかった。

 覚えがなかった。と言うよりは覚える必要がなかったのだろう。

 当時、と言うよりも現在の俺は、一々めんどくさいことは覚えていない。


 それに、説明が淡々とし過ぎていてわけがわからなかった。


「…ああ、これ言わなくてはなりませんね。貴方は死にました。ですが、貴方は転生することが…いえ、転生してください」


 そう言いニコッと笑う。

 その顔を見て、俺は恐怖を感じる。

 虚構のような、奥のないその笑顔に。


「…転生、ってなんだよ」

「おや、日本人なのに知らないんですか。珍しい」


 転生。

 いや、昔何処かで…。

 学校で聞いたような気がする。


 端っこに集まってボソボソ話してたクソどもから取り上げた本に…。


「そういうところ、そういうところですよ。無理やり人のもの取り上げたり、ジャイアニズムって言うんでしたっけ?」

「な、なんだよ…いいだろ。社会の役に立たないような…」

「ええ、ですからそこですよ」


 椅子に座っていた自称女神は、その姿を消す。

 俺は周りを見渡し、姿を探すがどこにもその姿はなかった。

 椅子の方をもう一度見ると、突然目の前に現れ、俺の額を突っつく。

 俺を見るその目は、実に空虚であった。


 ゾッと、全身の鳥肌が立つ。


「それで一体、何人の人生を狂わせてきたんですか?大変なんですよ。こっちも」

「こ、こっちだって好きでそんなこと…」

「…聞いてられません。もうお話しすることは、何もないです」


 目を細め、笑みを作る。

 体がは硬直して動かなくなり、膝をついてしまう。

 抵抗しようと、無理にでも体を動かそうとするが、一向に動くことはなかった。


「な、何がっ…!?」

「お話しすることはない、そう言いましたよね。それに、この会話は転生の準備時間でしたし」


 そう言い歩いて椅子へ戻っていく。

 自称女神は座り、足を組み、俺を見下ろす。


「どうせ会うこともないでしょうし、最後に正直に言いましょう」


 そう言って、初めて笑みを崩した。

 その目は、俺を見下すような、なんとも居心地の悪い目線だった。


「貴方と話してるだけで気持ち悪くて堪りませんでしたよ。ほんと気分悪い」


 そう言われた瞬間、体全体から力が抜けていく。

 地に伏せ、意識が遠のいていく。

 目の前の景色が霞み、何も見えなくなっていく。


「…く、そッ…!」


 体を震わせ、手を前に伸ばすが、その手は踏まれる。

 女神が俺の足を踏み抜き雲散霧消する。

 体が霧のようになっていき、消えていく。

 そして声が出せなくなり、意識は完全に霧散した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る