俺だけがわかっている
雨矢れいや
俺だけがわかっている
みんなは彼女のことを「笑わない」と言う。
彼女、とは3年D組の彼女のことだ。女子の平均身長に少し届かないくらいの華奢な体躯で、肩につかないくらいの黒髪を揺らしている、深紅の四角い眼鏡をかけた彼女。陸上部で県上位レベルの短距離走者で、学年上位20人に入る頭の良さで、図書委員で宿題を忘れない彼女。
別に俺の“彼女”ではない。ただ小学校から高校までずっと同じ学校だった。中学までは話したこともなかったが、高校1年の時に同じクラスになって雑談するくらいの関係になった。それだけ。
そんな彼女のあまりよくない評判を耳にしてしまった。
ことの発端はこうだ。
8月末の文化祭、クラスで使いたい音源があった。しかし音源を使いやすいように編集できる人がいなかった。クラス中が困っていたところに彼女が名乗りを上げた。自分ができるから、と。みんな半信半疑で音源を渡した。彼女にそういう機械じみたことができるとは思っていなかったのだろう。
翌々日、彼女は編集の済んだ音源をCDに入れて持ってきた。クラスのみんなは喜んで、口々にこう言った。
『すごい』
『さすがなんでも出来る人は違うな』
それらの言葉を受けた彼女の答えは、
「そんなことない。できるから、やっただけ」
素直に受け取らないどころか、クラスメイトにニコリともしなかった。
この態度がクラス中のヒンシュクを買った。それまでも彼女は、テスト結果や体育のプレーなどで似たようなことをよく言われていた。そしてほとんど同じ言葉を返していた。積もりに積もっていた何かがクラスの中で弾けてしまった。
別にいじめに発展したわけじゃない。ただ、クラスメイトは彼女の態度が気に入らなかったのだろう。この話は学年中に広まった。まあそれでも無関係な奴らにとっては彼女はただの「笑わない」人だったらしいが、これまで彼女と何らかの関わりがあった人達は妙に納得して「わからない」「気味の悪い」人という印象を強く持ったようだった。
確かに彼女はいつも無表情で、無口で、必要以上に周りと関わろうとしない。数少ない会話もすぐに途切れてしまうし、彼女から話題を振ることはまずない。
だがもともとのポテンシャルの高さを差し引いても、彼女は人並みに努力をしている。彼女の努力の結果だけを見るみんなが、彼女の普通を決めつけているだけだ。みんなは彼女が努力しているなんて微塵も思っていないのだ。そんなことを思っている奴らから出る言葉なんてたかが知れてる。そんな言葉を彼女は望んでいないし嬉しいとも思わない。嬉しくないのに笑うなんてことは、まあ、出来ないだろう。
俺に言わせてみれば、彼女ほど「わかりやすい」人はいない。みんなは彼女を笑わないと言うけれど、それはそっちの目が節穴なだけだ。彼女が何を望んでいるかなんてすぐに分かることなのに。
せっかくCDを作ったのに、ねぎらいはおろか感謝さえされなかった、と愚痴を言いがら隣を歩いている彼女にしてやることはただ一つ。
ポンポンと頭を撫で、こう一言。
「よく頑張ったな」
――ほら、こんなに嬉しそうに笑うじゃないか。
俺だけがわかっている 雨矢れいや @RainArr0w
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