3-5

 数日は待つ覚悟だったが、神酒洲灘女からの連絡は翌朝には届いていた。ただしパソコンのメールボックスではなく、家の郵便受けに。


 メールの一通から俺の素性や住所まで調べ出したということだろうか。情報収集能力が信用できると喜ぶべきか、突然こうして返答を送りつけてくるのは言外にお前の行動はお見通しだと脅されているのか、微妙な気分になる。


 床に付いたのが明け方ということもあり、寝足りない頭ではどちらとも言えないな。


 ひとまず、郵便受けに無造作に突っ込んであった茶封筒を開封してみる。ちなみに表面は無地、未記入で裏面に小さく「神酒洲」と判があるだけの封筒だ。


「え、これって」


 中に入っていたのは見覚えのあるフォーマットの薄い紙束。リジド・ボムのとき、そしてマザーさんの素性を調べた時に奏先輩から渡されたものと同じ人物が書いたものだとすぐにわかった。

 情報料の提示か、あるいは直接交渉するための場所指定かなにかが来るものだと思っていたが、入っていたのはどうやら俺が要求した資料そのもののようだ。


 どういうことだ。重要なところだけ黒で塗りつぶしてあってそこが見たかったら課金しろとかそういう仕組みだろうか。基本無料(一部有料コンテンツあり)なのか?


 寝ぼけ頭がアホみたいなことを考え出してしまったが、実際に目を通してみると特に敢えて情報を伏せている様子は無い。いや、そもそも欠片さえも載せていない一段階上の情報があるのかもしれないが……。


 資料の一枚目にはここ一週間ほどの間に起こった死体遺棄、損壊事件のリスト。二枚目以降にはそれなりに詳細な各事件の概要。さらに後ろには奏先輩の事件について、発見時から捜査の流れ、その後遺体が運ばれた病院まで、関わった人物含めかなり詳細に記述されている。

 これだけでも俺が自分で調べたより遥かに詳しい情報だが……しかしやはり犯人に繋がりそうな要素は見当たらない。俺の考えが足りないのかもしれないが、俺が調べたのと同様の情報を補強しているに過ぎない。


 いや、だからこそなんの要求もなく開示したのかもしれない。俺が欲しがっているのが犯人の手がかりだとわかった上で、あくまでも俺が要求した字面通りの「水澄奏の死に関する情報」だけを送ってきたのか。……え、これ馬鹿にされてる?


 と、反応に困りつつ封筒をいじっていると、小さなカードのようなものが転がり出てきた。


「なんだ、まだ何か入ってたのか?」


 拾ってみると、それは名刺くらいの大きさの厚紙で、わざわざ凹凸の加工がされた数字が並んでいる。どうやら電話番号のようだが、それ以外には何も書かれていない。それこそ奏先輩のメモにあったようなそれがどこに繋がる番号かを表すものもない。


 普通に考えれば、神酒洲本人、あるいはその窓口となる人物に繋がる電話番号なのだろうが、怪しいのも事実である。


「……いや、迷ってる暇はないな」


 結局メールのときと同じだ。他に頼れるアテがない以上はこの細い糸を手繰っていくしか無い。強ばる指を無理矢理動かして、カードに印字された番号を入力する。

 一度深く息を吸って、吐いて、通話ボタンを押した。


『はいはーい、ご連絡どーもー』


 うぉわっ。声が出そうになるのを慌てて飲み込んだ。なんで一回目のコール音がなり終わる前に出るの? ずっと電話の前で待機してたのかよ。

 電話口から聞こえてきたのは男の声でも女の声でもない。電子音を混ぜ合わせて作ったようなノイズ混じりの合成音声だが、不思議と言葉は一つ一つハッキリと聞き取ることができた。


『おやぁ? 無言電話はお断りだゾ☆』


 え、なんかうざい。重苦しいノリになるよりはいいのかもしれないが、深呼吸して決めた覚悟が一瞬で粉砕された。とはいえ、このまま電話を切られたりしたらこの番号が何だったのかすら確かめられない。


「あ、えっと、あの、神酒洲、さんですか?」


 この声では相手が年上か年下かもわからない。灘女という名前からなんとなく女を連想していたが、敢えてそう思わせるためのハンドルネームなのかもしれないし、根拠としては弱い。


『そそ、オレが神酒洲灘女ね。よろよろー』


「はぁ、ええと、よろしく?」


『なんだノリ悪いなァ。ま、いいや。んで、わざわざ電話してきたってことはオレの送った情報にご不満だったかい?』


「不満、というか……」


『ま、キミには悪いんだけどね、あいにくと水澄奏の件については犯人に繋がる確かな情報ってのはいまんとこ仕入れてないんだよ。だからお役に立てそうにないなーと思って、とりあえずタダで知ってること全部教えてあげたわけなんだけどね。送った資料、役に立たないでしょ?』


「はい、あ、いやその、俺が調べたよりはずっと」


『アハハ、実に素直だ。まぁ一応これでも情報が飯の種だからね。素人が一日二日で調べた情報に負けてちゃ生きてけないよ』


 それもそうか。というか今更だが、名乗ってもいないのに俺が自分が情報を提供した相手だとわかっているのか。俺の電話番号も把握済みということだろうか。

 しかし、神酒洲の言うことが本当だとしたらこれで状況は振り出しに戻ってしまった。むしろ悪化したとさえ言える。情報屋の神酒洲灘女ですら掴んでいない犯人の情報を、俺がそう易々と掴めるはずが無い。手がかりがゼロからマイナスになった気分だ。


『まぁそういうワケなんで、オレが提供できる情報はいまんとこそれだけってことなんだわ』


「そう、ですか……」


『しかぁーし! そんな絶望的な状況のキミに耳寄りなお仕事のご案内があるんだなぁ。というか、そのためにこの番号教えたんだけどね』


「仕事、ですか?」


『そ、仕事。お金は出ないけど、情報は出るかもね』


 情報。その言葉には反応せざるを得ない。この状況で俺にとって耳寄りな仕事、報酬は情報。先輩の事件に関係があるのか?


「でもさっき、知ってることはこれだけだって」


『それだけだよ、今はまだ、ね』


「今は?」


『そ、今は。いやぁキミが知りたがってる水澄奏の殺害事件についてはホットな話題だし、なるべく早く詳細を押さえておきたいんだよ。けどこんなご時世だろう? うちもなかなか人手不足でね。調査に動ける人間が足りないんだなこれが。事件が多すぎて大変なのは、警察と報道関係者だけじゃないってわけ』


「はぁ……ってことはもしかして仕事って」


『ぴんぽーん。キミに依頼したいのは水澄奏殺人事件の調査。といっても、どうせ目撃証言なんか期待できないし、聞き込みよりは現場検証だね。オレの指示に従って、現場で情報収集して欲しいんだ』


「じゃあ報酬ってのは、俺が集めた情報?」


『そ。素人のキミが闇雲に探すより、オレみたいに場慣れしてる人間の指示があった方がいいでしょ? そんでもってオレは部屋にいながら実質タダで情報収集が出来るってわけ。ど? お互いに悪い話じゃないでしょ?』


 ……まぁ、確かに。体よく利用されている感は否めないが、俺の手元に手がかりがゼロなのは変わらない。だったら少しでも可能性のある方に賭けるべきだ。


「――――わかり、ました。お手伝いします」


『おお、思ったより決断が早かったね。思い切りのいいヤツは好きだよん』


「協力します。その代わり、何か気付いたことがあったら、それもすぐに教えてください。報酬の一環として」


『おうおう要求が多いなァ。ま、いいよ、そのくらいは聞き入れてあげる。オレとしても調査員であるキミに騙されちゃ困るしね。このお仕事に関しては、お互い隠し事はナシでいこうじゃない』


「このお仕事に関しては、ってのは」


『耳聡いなぁ。けど違うよ、別に騙そうってんじゃない。いまのは情報屋として最低限の線引きだよ。この件については全部教えるけど、それ以外はちゃぁーんと別料金払ってもらうよ、ってこと。ちなみに金額は内容次第ね。あとはオレの好感度次第』


 どこまで本気かわからないが、まぁ嫌われないに越したことは無い。


『それじゃ、早速始めよっか。キミも時間が惜しいだろう?』


「はい、お願いします」

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