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 大学からの帰り道、この時間が少し勿体なく感じる。


 電車で十五分、徒歩で二十分。通学時間として長いと感じるか短いと感じるかはまぁ人それぞれとしても、何もしないでいるには少々長いというのは大抵の人に理解してもらえるんじゃないかと思う。

 電車で移動していると車内では携帯を弄っている人を大勢見かけるが、あいにく俺は乗り物に酔いやすいタチなので車内で画面を見続けるのはキツい。同じ理由で読書も却下だ。


 音楽を聴くというのが簡単な解決策になるんじゃないかとも思ったのだが、あいにく俺は音楽に造詣が深いわけでも、特にこだわりがあるわけでもない。音楽を聴く、といってもそれはBGMという感じで、手持ち無沙汰感の解消にはならなかった。


 そこで折衷案として考えだしたのは、ラジオという選択だった。


 といっても、周波数を合わせて聴くようなラジオは使ったことがない。移動中俺が聴いているのはもっぱらインターネットラジオが中心だ。


 俺はヒーロー排斥派だが、なにもヒーローに関心が無いわけではない。むしろ社会からヒーローを追い出したいと考えている以上、興味津々といってもいい。

 だから奏先輩のところに入り浸っている理由の一つには、そういう情報収集の側面もある。自分で調べてもいるのだが、大抵の場合は先輩の方が情報が早いのだ。


 とはいえ先輩のところで得られる情報は基本的に「事実」だけだ。いつどこで、どんな事件の最中に目撃証言があったとか、擁護派や排斥派の誰それがどんな声明を出したとか、そういう客観的なものが大半を占める。

 それはそれで重要なのだが、世論というか、この手の問題にさほど詳しくない一般人が現状にどのような意見を持っているかについて知るのも必要なことだ。


 テレビでもいいのだが、移動中ならラジオの方が都合がいい。


 それに十数年前ならいざ知らず、今では個人発信が容易なネットラジオの方がテレビの世論調査なんかよりよほど信用できる。無論公共放送と違って偏った意見が多いのは当然だが、そこは数を聴くことで多少カバーできているつもりだ。

 なにしろ毎日往復七十分強。塵も積もれば何とやらだ。時間はある。

 で、今日もラジオを聞き流す下校タイム。入学から一年ちょっとが経ち、ようやく歩き慣れた住宅街を進む。

 この辺りは昔からの住宅地と十年ほど前にアパートやマンションを乱立させた新興の集合住宅街との曖昧な境界の上にあり、場所によっては一軒家とアパートが交互に並んでいたりする。立ち退きに応じた家とそうでない家の差だろうか。ま、さして興味もないが。


『――――それでヒーロー問題を語る上で外せないもう一つの要素、ヴィランについても触れておきたいよねぇ。といっても、こちらは注目株が絞られるな。ヒーローに寄せる関心は好みにも左右されるが、ヴィランはそうはいかんでしょうよ。危険はみんなに平等だからね』


 イヤホンからラジオの音声が流れ込んでくる。毎週更新の番組らしいが、普段はヒーローについて話している番組ではないので聴くのは初めてだ。

 どうやら男二人の雑談形式のラジオのようだ。専門的な話はまったくしていないが、この情報収集の趣旨としてはその方がいい。一般人の意見、というやつだ。

 しかしながらヒーローの話は早々に切り上げてしまって、話題は犯罪者、ヴィランの方に移るようだ。まぁ、無関係というわけではないが……。


『確かに、知っておく必要があるよね。で、いま気にすべきは?』


『一人は確実にグリーンミストでしょうな』


『ま、当然ですわな』


 グリーンミスト。聞き慣れた、いや聞き飽きた名前だ。


 数年前からこの都市を中心に活動している犯罪者であり、いわゆる諸悪の根源的な存在。

 人口の集中する都市部にはヒーローも多いため、大概の犯罪者は長くても一年以内に駆逐されるのが常という時代に、数年間同じ場所を拠点に悪事を働き続けているのがその強大さの現れである。

 名前の通り全身を緑色の霧に変える能力を持つ怪人物。始めは薄汚い銀行強盗として世間に名前を知られ、やがては盗みで作った金を街の悪党どもに提供するようになり、この街における犯罪凶悪化の最大の要因となった。金から銃器から、何やら怪しげな独自の兵器から、ともかく他人を傷つけるためのあらゆるものを他者に供給している。


 現在ではその活動は組織化されているらしいが、その規模は不明だ。


 とはいえ、危険極まりない集団であるのは確かだがこっちから手を出さない限り一般人に手を出すことはあまりない。あくまでもパトロン、バックアップ、事前準備と事後処理が活動の中心となっている。

 犯罪に関わる気のない一般人であれば、それほど普段から警戒する必要のある相手ではない。


『まぁ、グリーンミストの名前が出るのは当然として、他は? ここ一年くらいは特に、入れ替わりが激しいでしょう?』


 まるで芸能人か何かのような言い草だ、と呆れる。

 しかしそうか、芸能人みたい、か。我ながら的を射た感想かもしれない。治安の悪化、犯罪の増加と凶悪化が叫ばれているけれど、そんなものは今の十代二十代の人間にとっては生まれた時からそうであった現実だ。


 確かに幼少の頃よりもニュースで耳にする犯罪は凶悪化しているが、それもやっぱり当然のこと。物心ついた頃から、治安は悪くなるのが当たり前だった。世の中に対する危機感が足りないなぁと思うけれど、原因はその辺りにあるのだろうか。


 結局のところ、犯罪なんてものはいくら発生率が上昇したところで加害者も被害者も社会では少数派なのだ。

 関わった経験がなければ、あるいは俺のように関わったことのある者でさえ、入れ替わりの激しい凶悪事件に対する警戒心はとっくに摩耗し、学校やら職場やらでどうでもいい連中と同じ空間に居合わせてしまった時にその場しのぎで話題にする程度の事象に成り下がる。それは結局のところ、誰でも知っている芸能人のゴシップを取りあえず話題にするのとどれだけ違うというのか。


 ……もっとも、俺の場合は過去に巻き込まれた犯罪の経験から、犯罪者ではなくヒーローを警戒するようになったわけだが。


『まぁ確かに、ニュースで見かける凶悪犯の名前は随分変わりますなぁ。捕まるのが早いのを喜ぶべきか、それとも次が出てくるのが早すぎると嘆くべきか』


『ああ、それは確かに悩むところだね。それでいま注目の悪党は?』


『うーん、難しいけど……そうだな、個人的にはコンプレスと、マイク・ザ・リッパーを挙げるかね』


 ほう、そう来るか。意外といえば意外、妥当といえば妥当なチョイスだ。

 どちらの名前もニュースでだいぶ取り沙汰されてるから、知名度が低いとか、ニッチでマイナーで検索結果の二ページ目以降だったりするヴィランではない。


 そうは言ってもグリーンミストと並ぶ、あるいはそれに次ぐ注目度があるかと言われれば首を捻る。

 ふざけた名前のマイク・ザ・リッパーはまだわかる。新参者で最近の注目株であり、危険度も高い。あれは一応殺人鬼だしな。


 しかしコンプレスはちょっと驚きである。アレは基本的に人的被害を出さない珍しいヴィランだ。まぁ人命に配慮しているのではなく器物損壊がヤツの犯行の全てだというだけだが。

 その破壊行動に巻き込まれて人死にも出ているので人殺しじゃないとは言わない。ただ、それほど頻繁に暴れるわけでもないし積極的に人の命を奪おうとする犯罪者ではなかった。

 殺人鬼という言葉がニュースから聞こえてこない日がないこのご時世、器物損壊犯を街一番の悪党や話題のシリアルキラーと併置するのは少々意外だった。


『ほほう、どうしてその二人を?』


『噂に過ぎないといえば過ぎないんだけどね、その両名、グリーンミストから他の連中よりもずっと手厚い支援を受けているって噂があるんだ』


 ああ、確かにネットではたまに見かける話だ。裏を取った情報というよりは、他の犯罪者と比較してもかなり派手な活動をしているのを見て、後ろ盾があると推測しているだけに見えたが。


『ほぉー、あのグリーンミストのお気に入りってわけですか』


『確証はまったくないけどね。でも、言われてみれば不思議じゃないかい? 例えばコンプレス。あの破壊活動が仮に無差別だったらグリーンミストの組織が被害を受けてないはずがない。だとしたら好き放題にしてるのを野放しにするかい?』


『まぁ、そりゃ確かに』


『マイク・ザ・リッパーは殺人中継で一躍有名になったが、噂じゃ中継車を乗り回してるらしい。そんなもの、個人で持ってる人間がそうそういるかい? 出どころを特定されないように入手するなら、グリーンミストの後ろ盾を疑う理由にはなるよね』


 ふむ、まぁ根拠としてはそんなところか。確証とは呼べないが疑い得るだけの要素、というやつだな。

 この街で名の知れたヴィランの大半は何らかの形でグリーンミストとの接点を持っている。しかし単なる資金提供ではなく破壊する施設を指示していたり、足がつかないように中継車を融通していたりするなら、それだけグリーンミストに近いところにいる可能性はあるか。


 当然のことながらグリーンミストの拠点は不明だ。警察が探してはいるようだが、進展があったという発表はいまのところない。表沙汰になっていない極秘情報、ということならいいのだが、現在進行形で起こっている犯罪への対応で手一杯で、犯罪を未然に防ごうとヴィランのアジトを捜索するには手が足りないのが実情だろう。


 その二人に注目しておくのはアリかもしれないな、と思う。


 漠然とグリーンミストだけに注意を向けるよりは現実的か。霧が相手じゃ警戒も対処も難しい。関連するところに焦点を絞って警戒心を動員するのは、間違ってはいないだろう。

 問題は、それが全くの見当違いだった場合だが……まぁそれは考えたところで正解がわかる問題じゃないしな。


 西日を浴びて帰るのは悪い気分ではないが、考えることが犯罪者への警戒態勢の敷き方とヒーローの追い出し方ってのはどうなんだろうな。荒んでいると考えるべきか、自分の日常に足を着けていると考えるべきか。


 どちらが正しいかというより、どちらであるべきかが問題な気がする。荒んでいるというのも悪いことではない。なにしろ世の中が荒んでいるんだから。そう考えれば日常的な思考が荒んでいるというのは社会に適応した結果ともいえるわけだ。……それはさすがに強引か。

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