1-4
「――――ま、ええわ」
先に目を閉じたのは先輩だった。
「あんたのそれは持病やしなぁ。すぐにどうこうせいっちゅう方が無茶やったな」
「なんかそれ、遠回しにお前は矯正不可能だって言われてません?」
「なんやまだ遠回しやったか、直球どストレート投げたつもりやったんやけど」
「うわぁい容赦ねぇ」
少し張りつめていた空気が弛緩する。主張の違いが原因なのか、この人といると時折ヒートアップしてこういう緊張感のあるやり取りをすることがある。それでも嫌にならないのは、奏先輩は先送りにすることを否定も肯定もしないからだろう。
奏先輩といると、もう少し考えていてもいいと、それを許されている気がする。都合のいい解釈、なんだろうけど。
「ま、あんたのビョーキはさておきやな」
「さておいていいんですか、いやいいんですけどね。あんま突っ込まれてもアレですし」
「今度は軽ぅい話題として、このヒーローちゃんどう思う?」
「はぁ……ええと、とっとと引退して普通の女の子になればいいと思いますけど」
「いや早いやろ、まだ認知されて二ヶ月くらいやで」
「そもそも出てこなくてよかったんですよ」
「これ以上この街にヒーローはいらん、やったっけ?」
「覚えてるじゃないですか」
そう、件の女ヒーローの最初の目撃談がネットに上がった二ヶ月前にも、俺と先輩はこの部屋で同様のやり取りをしていた。
「べっつに難しく考えんと、かわええ女の子が街におるなーってことでええんちゃうの?」
「可愛いって、三メートルの巨人がですか?」
「なに言うとんねん、大きさなんか関係あらへんよ、顔が可愛くて体つきがエロかったらそれでええやろ」
「身も蓋もないですね」
つーか、体つきって、あれ筋肉ダルマだろ。たしかに胸はでかいけどあんな丸太みたいな腕されてるとなぁ……いやでも身体がデカい分マジで胸でかかったな、うん。
「エロい顔しとるなぁ、んん?」
「ばっ、し、してませんよ? だいたい、あんな豪腕じゃ抱きしめられたら骨折られそうじゃないですか」
「豪腕て。ちゅうか、会ったこともない女の子に抱きしめられるとこまで即座に思い描く豊かな想像力にドン引きやわ」
「うぐっ」
しまった、誤摩化そうとして余計なことまで口走ったか。
「なぁに恥ずかしがっとんねん、ウチとあんたの間で妄言を遠慮することないやろ」
「まぁ確かに今さらですけど、なんか女子側からそういうこと言われるの微妙っすね……」
「そらあんた、女子に、というかウチに幻想抱き過ぎやな、シシシ」
「そこ自分で限定しちゃうんですか」
なに奏先輩って実は女子じゃないの? だから胸が平らなの?
「……なんやいま不穏な気配を感じたんやけど」
「気のせいじゃないっすかね」
「別にええんやけどね。今さらそんなことで怒ったり恥ずかしがったりするほど乙女ちゃうし」
いやそんなあっさり引くなら睨まないで下さいよ。この人地味に目力あるから睨まれると怖いんだよ。
「とにかく、外見がどうこうじゃないですから。ヒーローって時点で、関わりたくないですよ」
「抱きしめられる妄想やったらすぐできるのに?」
「妄想と現実は違いますからね」
「にゃるほろ、そらそーやわ。シシシッ」
そう、妄想と現実は違う。
ヒーローが善意の塊で、見返りを求めず、我が身を省みず、身を挺して見ず知らずの誰かを助ける――――そんなのは結局、妄想だ。
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