第5話
納会が始まって1時間が経った頃のお話。
絢は、職場のメンバーと楽しくお酒を交えながら、
いつも通り楽し気に会話をしていた。
テーブルを挟んで向かい側の席に一樹がいる。
絢は、こんな時でも
「一樹がどこにいるのかな?」
と目で追ってしまう。
仕事中もそうだ。
一樹は部長なので、チーム全体が見渡せるように、
事務所の中心でかつ、一番前の席に座っている。
一樹の近くには、お偉いさんがたくさん座っているのだ。
絢が、事務所に戻るとき、
事務所の扉を開けて、まず最初に目で確認すること。
それは、
一樹がデスクに座っているかどうか。
だ。
これは、一番に近いくらいに重要なこと。
しかも一樹は、最近、絢がデスクに座っているとき、
絆創膏をもらいに来たり、一樹の相談に乗ったりと
なぜだか一樹と話す機会が多い気がしていた。
今回は仕事中の話はこの辺にしておいて…。
一樹は納会中にも関わらず、まだ仕事の雑務をしているらしい。
「そっか。部長も大変だよね。」
みんな一樹のことをビール片手間に他人事のように口にする。
絢は、
「大丈夫かな?」
と少し一樹のことが心配になった。
絢の心配は、みんなと違う。
他人事のようではない。
ビールやチューハイのあてみたいには口にしない。絶対に。
絢は、一樹の嫌いな言葉をしている。
その言葉は、
「大変そうですよね」
この言葉だ。
何故か?
理由は簡単だ。
この、
「大変そうですよね」
という言葉は、私には関係ないですけど、あなたすごく忙しそうで大変そうですね。
という意味で乱用してくる人が一樹の周りには多いらしい。
無責任なことば
所詮恨みみたいなところもあるとは思うが、
管理職ともなれば、従業員のことを考えたリ、もちろん仕事のことも考えたりと
さぞ大変な思いをしているのは絢でもわかる。
でも、その大変な負担を少しでも楽にさせるのが
絢たちの役目だと絢は勝手に思っていた。
いわゆる勝手に思っている責任感っていうやつ。
絢は秘書にでも向いているのだろうか?
ちょっと思った。
納会が始まってから、約1時間が過ぎようとしている。
一樹が、おもむろに席を立った。
「今から俺、隣の別棟に行かなきゃいけないのかぁ。」
「あそこ夜まじで暗くて怖いよなー。」
「誰か一緒に行ってくんねーかな」
一樹がそうつぶやいた。
一樹が事務所から出る時、
新入社員のナオヤ君の帰るタイミングとちょうど被った。
「おー、ナオヤ今から帰るのかー?」
「俺と別棟行くかー?」
一樹は、帰る寸前のナオヤ君にダル絡みをしていた。
「お…ん…はい…」
ナオヤ君は戸惑いながら返事をしている。
残念ながら、ナオヤ君は、この後、友達と飲み会があるようで、
今すぐ帰りたそうだった。
絢はすぐにひらめいた。
「このナオヤ君を助けるという口実で、
私が、一樹と別棟に行けばいじゃん!」
「そしたら一石二鳥っっ!」
絢は、手に持っていたチューハイをゴクンと飲み干し、
すぐ立ち上がり、ナオヤ君の元へ駆け寄った。
若干酔っている雰囲気を出しながら
まずはナオヤ君の近くに駆け寄る。
すると、すぐ、職場で一緒に働いているおばさんが、
「絢ちゃん、一樹部長と一緒に別棟行っちゃだめ」
「そこは新入社員に任せなさいよ」
なんか、遠くのテーブルでおばさんが絢に向けて話している。
「おいおい。」
「新入社員君は今日飲み会で今すぐ帰りたいって言ってるだろーが。」
「なんでわかんないのかなあ?」
と絢は、心の中で怒り、発狂しながら、
そのおばさんの言葉には一切耳を傾けることなく、
一樹とナオヤ君、そして絢の三人は、事務所から抜けることに成功した。
純粋なナオヤ君は、さっきおばさんが言っていたことが少し気掛かりなようで、
「僕、やっぱり今から一緒に行った方がいきます」
気を使って言ってくれている。
つかさず一樹がフォローする。
「いや、今日は、早く帰りな。」
早く帰れるときは帰った方がいい。友達が待ってるんだろ?」
なんてかっこいいこと言うんだろうこの人は…
と絢は、一樹が口にした言葉に見惚れながら
つかさずフォローをした。
「ここは私に任せて!大丈夫だよ!」
ナオヤ君は申し訳なさそうに、そして少しホッとした表情を見せ、
一樹と絢は、ナオヤ君と別れた。
さて…このあとは…
絢は、一樹部長と二人っきりだ。
しかも、年末で社員はほとんどおらず、
いつも動いている機械も止まって静まり返っている。
あたりがシン…とする。
…。
「さあ、行くぞー」
ちょっと楽しみな二人だけの夜の職場探検が始まった。
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