全ては、すべては、スベテは.......

ゆらゆら.......


ゆらゆら.......


「ゃ───────け────」


ぷかぷか.......


ふわふわ.......


「し──────ぁ──────────」









微睡むような、現実と空想が、どちらも正しくて間違ってるような.......そんな感覚。


「.......」


真っ暗.......何も、見え.......


〔起きたね〕


「っ」


右隣から聞こえる、圧倒的格上の呟き。

それは、その存在にとっては何気ない一言なのだろう。でも、圧倒的格下である僕にとっては、同格の殺気にも等しい圧力を秘めている。


瞬時に覚醒し、迷わず左に転がり、ひとまずその存在の姿形を視界に入れようとして眼を.......


眼を.......


「ぁ.......」


.......開いても、そこにあるのは底なしの暗闇。

それは、視覚の喪失を意味する以上に.......


「.......《無壁の魔眼》」


.......魔眼の、僕の種族としての象徴の、王たる証の、喪失である。

それは、あの男にいいようにやられた証拠だ。


無意識のうちに噛み締めていた奥歯が折れ、直ぐに始まるはずの再生が始まらずに、血の味が広がる。

ということは、『魔喰マジック・イーター』さえも喪失したということ。


〔なるほど.......〕


思わず呆然とした僕の態度から何か察したのか、その存在は納得の呟きを漏らす。

と、生きていた『迷宮主ダンジョンマスター』の『迷宮把握』で認識していた、何も感じないからこそ認識できていたその存在がいる空間が、突如として僕の目の前に移動した。


思わずそれに飛び抜こうとするも、なんの認識も出来ないまま、今度は恐らく片手で掴まれる。

すると、今度は全身に力が入らなくなる。必死に抵抗しようにも、まるで体の支配権をなくしたかのように、動けない。

魔力も動かせないから、魔法の構築も出来ない。

それでもどうにかしようとして.......


瞬間。


〔これは.......ふぅん、ガラクタの割に結構やるねぇ.......いや、超えるときに得たのか。つくづく厄介なことを.......。枷は.......無理か。そこはやらせるしかない。ん?これは.......ああ、これが仕組みね。.......え、ということは.......うわぁ.......やだなぁ.......面倒臭すぎない?そこまでやる?やっちゃう?こんな変態だからあんなのになったのかねぇ.......。まあ、いいか。このくらいなら.......〕


体が、いや、魂が、いやいや、それよりももっと根源的なところが、スっと冷える。

まるで、自分という存在の全てが丸裸にされたかのような感覚。

眼前の存在に、僕という一個人の全てが知られたという、理解と恐怖。


なるほど。体は正直だ。

こんな、思考さえ読んでいるんじゃないかという存在の圧に、無意識で、本能的に命を捨てるんだから。


〔今の耐えられる限界は.......ここか。拡張性は多少持たせとこう。同化は.......下手にするとむしろまずいね、逆に取り込まれる〕


そんな僕の様子を知ってか知らずか.......いや、知っているんだろう。知っているからこそ、敢えて無視しているんだろう。

所詮、僕はこの存在から見れば、それほどに小さいものなのだということなのだから。


〔丁度いいのは.......あぁ、あれがあったか。『それは赤く紅く赫く緋い石』〕


半ば現実逃避しかかった思考が、すぐそこで渦巻く理解できない力の奔流によって嫌々ながらに戻される。


〔『千の卑金を一の貴金に。限りある楽園を永劫の牢獄に』〕


魔力でも、生命力でもないその力は、その存在の操作により、一点に渦を巻いて収束していく。

その様子を、『迷宮把握』越しに知覚させられる。


〔『万人が望めども、現世うつしよに現れることは無く、夢幻むげんに揺蕩い、ついには幻想へと消え去れり』〕


そう、知覚させられているのだ。

僕のスキルが、この存在の意思ひとつで、勝手に発動していく。


〔『これは、ヒトの欲と執念妄念である。であるが故に、遍く希望の救世主足り得る』〕


まるで、この儀式を見ないことは、知らないことは許さないという無言の圧力のごとく。


〔『しかし、此度はこの在り方を歪め、万人にとっての希望を冒し、たった一つのための救世主とする』〕


気づけば、当たりを渦巻く奔流は無くなり、一点に集中したチカラの塊が変形していく。


〔『汝の真名は賢者の石。歪め侵されし名は賢者の緋き隻眼』〕


歪な水晶のような形から、徐々に完全な真球へ。


〔『等しき根源ルーツを汲むもののための贈り物である』〕


それこそ、まるで.......いや、材質こそ違えど、それは、僕の喪われた眼球、その大きさと同一で.......。


〔『空想存在創成法:【醜悪ナルモトメ】』〕


宣言とともに、力が感じ取れなくなる。ただ生成に力の全てを使い果たしたのか、それとも、僕程度では感知できないほど高位のものだったのか.......。

まあ、順当に考えれば、後者なんだろう。


そして、恐らく詠唱も終わったのだろう。

その存在が徐に完成したものを手に取ったのがわかる。


ゆっくりと、それを握った手を後ろに大きく引き、まるで拳で殴り掛かるような格好になり.......


..............


.......


「ちょ、ちょっと待っ」


〔いやだね〕


勢いよく、ギリギリ知覚できる程度の速度で放たれたそれは、まだ体内に残っている眼球の残骸をブチュッと潰し、無理矢理眼窩に入り込んでその存在を痛みと共に僕に主張した。


「ぁ、ぁァ、ぁあぁアアアアァ.......」


〔.......やり過ぎたかな?いやでもなぁ.......これくらい.......〕


それが、僕が気絶する寸前、悲鳴とともに僅かに聞こえた音だった。









「.......あのダンジョンのダンジョンマスターは、理性を維持しています」


その言葉に、ロスは大きく目を見開き.......


「もちっとわかりやすく言ってくんねぇか?」


真面目な顔をして、真面目な声音で、大真面目にそう言った。


「..............あのダンジョンのダンジョンマスターは、今までのダンジョンマスターとは違い、ちゃんと物を考えて動くことができます」


それを受けたカーターは、思わず表情を消し去り、無表情のまま、分かりやすいように言い直した。


「なるほど.......?つまり、お前だけにしか襲いかかって来ることがない、っつうわけか?」


カーターはこの、頭がいいのか悪いのか.......いや、悪いのだが、その割に的確なところを付いている発言に静かに首肯した。


現在、カーターは村の村長宅の一室に敷かれた布団で横になり、ダンジョン内での出来事、特にダンジョンマスターの危険性について話していた。

そんなカーターの姿は淡い光に包まれ、整った容姿と合わさり、一種の幻想のように見える。


ロスはその傍らで胡座をかき、光の原因である回復魔法をカーターに掛けていた。

その額には微かに汗が浮かび、軽口を叩く態度とは裏腹の集中がある。


カーターは『疲労回復ポーション』を服用している。それも、服用しすぎると死に至るものだ。

致死ラインは5回の連続使用。カーターはその回数のギリギリである4回も服用し、ある種の禁断症状になっていた。

既に出てしまった症状として、生命力と魔力の常時減少、筋肉及び中枢神経の衰弱が主だったものだ。

いずれも本当の禁断症状からすれば弱々しいものだ。当然、放置すれば死に至るまでとは行かないまでも、完治するのに二ヶ月近くはかかってしまう。

そのため血中に含まれる成分を、全身に刻まれた細かな傷を治す傍ら片っ端から浄化しているのだ。


「しかも、あのダンジョンマスターは.......」


そこでカーターは、顔を苦虫を噛み潰したように歪め、1度強く目を瞑る。


「あのダンジョンマスターは.......アレは.......悪魔の子です」


静かに、呟くように語られた言葉からは、いつものカーターの雰囲気が感じられた。しかし微かに開けた目には、僅かに、しかし確固とした憎悪が燃えていた。


「おいおい.......それは、まじの話か?」


一瞬、声音だけは普通だったために冗談だと笑い飛ばそうとしたロス。

が、しかし、しっかりと漂う憎悪の感情から、何より、こんな所で冗談なんぞ言う性格ではないと理解していたからこそ、珍しく目を細めて真剣に問いかけた。


「『雪よりも白く、悪魔として穢れ、人を魅了しても尚変わらぬ髪と肌』」


唐突に、カーターは歌い出す。

この歌は、外典経典を素に教会によって詠われる畏怖の歌。


「『民の血を吸い続け、その身を焼く焔を取り込み、世界の血を写しては光り輝く。その、赤よりも緋い瞳に宿りしは、邪より生まれし魔の力』」


「まさか.......」


その歌は、ロスも当然知っている。

知っているからこそ、知らなかったことがあった。


「『見つけよ、末裔を』」


それは、作詞した者の異常性。


「『除け、その血を』」


それは、歌うものの異常性。


「『使い、遣い、潰せ』」


それは.......


「『そのモノ、世界の敵なり』」


その歌を、憎悪に乗せて響かせる、カーター相棒の、心の内。


ロスは、この時、はっきりと恐怖した。

この歌を詠う、全ての者に。


「.......伝承の通りでした」


そんな、ロスの内心など知る由もないカーターは再び目を閉じる。

しかし、言葉は口から出続け、その内心をロスへと伝える。


「いえ.......疑っていた訳では無いのです。私も、悪魔の子を使い潰した魔眼鏡を使用している訳ですし.......ですが、本物は.......アレは.......存在しては、いけません。アレは、間違いなく、世界の敵でした。証拠に、アレは、狂っていました。それも、人としては到達できないほどに。全てを敵として見ていながら、同時に全てに興味を持っている。一見矛盾しているように感じましたが、これは同時に存在出来るものです。敵の力に興味を持つのは当たり前。それは私もそうですから。ですが、ただの人なら、全てを見るなど、ありえない話です。全てを見るなど.......頭が、焼ききれてしまっても、無理でしょう。世界の敵.......成程、言い得て妙ですね。私たち世界がアレの敵ならば、アレは、アレの世界の敵は、私たち。違いは、私たちは神の加護がある世界なのに対し、アレは、ただ只管に自己の欲望だけを肥大させ満たそうとする醜悪な世界。相容れない筈ですね。アレは、私たちだけでなく、神をも、敵として見ている愚か者です」


長い独白に、ロスは徐々に頬が引き攣るのを感じた。いや、確かに引き攣っている。

明らかに、ロスはカーターへと恐怖した。


「詰まり、もう一度、今度はアレの手の内が全て分かっていて、尚且つ、倶利伽羅剣の力で弱っている隙に叩けば、神の名のもとに、正当なる神罰をくだせます。.......ロス、後どのくらいで、解毒は終わりますか?」


何時もの声で、いつもの口調で、いつもの姿で、イツモと同じく、気安くカーターが呼びかけてきた。

それを認識しても、抱いた恐怖と違和感で杭を打たれたロスの心に、その問いかけはなかなか届かなかった。


「.......ロス?」


「あ、あぁ」


再度の呼びかけ。

それにようやく反応できたロスは、直前まで何を問われていたのかを思い出し、その感覚を必死で脇に置きながら自身の所感を述べる。


「後.......1、いや、2日、待ってくれ」


その答えに若干不服そうな顔をしながらも、カーターは静かに頷き、次第に襲ってきた眠気に抗うことも出来ず、眠りに就いた。












ソレは藻掻くように蠢いていた。

一見すれば極彩色の粘土。

しかしその実態は.......あまりにも醜悪にして下劣なものである。


時節、内側から一色が浮き出れば、元々あった色が内側に取り込まれていく。

まるで、惑星の磁場の様でもある。


長くとも短く、刹那に過ぎた永遠の内に、いつの間にかソレの近くの空間に、穴が空いていた。

ソレは、その穴に、まるでストローのように細長くした一色を入れ.......


引き戻した時には、既に、極彩色の粘土のようなものはなくなっていた。
















〔繋ぎにくい、このクソ野郎どもが〕












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虐げられてきた僕は迷宮主となり害悪共を【掃除】する @frith

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