魔法陣迷宮

「あ“ぁぁ!何っなんですか、あの腐れ醜悪モンスターは!」


薄暗い迷路状のダンジョンの中で、カーターの苛立ちに満ちた声が反響する。

ここは、ソウの創りしダンジョン、その第4階層と第5階層を繋ぐ階段の上部手前。

そこにはカーターの他にも、明らかに苛立ちが見て取れる村人の面々。


各々が殺気立ち、もし耐性のない人物が近くに寄れば、気温が数度下がっているように感じるだろう。


そうなった理由は明白だ。

第1階層で出現した、推定悪魔種の、醜悪という言葉を体現したかのようなキメラ。

それが毎階層ごとに1回、決まって階段付近で出現するからだ。

しかも、ただ出現するだけでなく、ほぼ奇襲に近い形で体の一部、或いは衣服の一部を接着していくのだ。


カーターはその度に不殺殺さずの剣で治癒しているのだが、そうする度に村人からは不信の視線を向けられ、ストレスが慢性的に溜まっていた。

しかも、道中出現する《浮かぶ単眼イービル・アイ》相手の攻防でも、そこまで素早くはなく、かと言って対して強くもない魔物に苦戦を強いられる有様がカーターのプライドを逆撫でにする。


だから、カーターにしてみれば意図せず出てしまった罵倒も、仕方の無いことだった。


「っはあ……今回は……ああ、髪の毛が半分ほど固まってしまっていますね……相変わらず微妙な嫌がらせを……真面目に戦いなさい……!」


そう言いながらも、カーターの思考で冷静な部分は今回の被害で被った損失を確認している。


(髪の毛に違和感は……ありませんね。少し、格好が悪くなった、その程度でしょう。この分ならば、戦闘になっても普段通りの動きが、いえ、苛立ちなどで逆に攻撃が少し激しくなりそうですね……)


「なあ、おい、あー何だったか、『迷宮なにがし』のにぃちゃん」


「はい、何でしょうか……?」


「俺たちゃぁよお、『生まれたてのダンジョンは楽に……とは行かないまでも、少し苦戦する程度で攻略できる』、って聞かされてたんだがよぉ?これの何処が『少しの苦戦』だぁ?そこんどこはっきり説明してくれんだろうなぁ?あぁん?」


カーターが周りを見渡してみれば、一から十まで同じとは言えなくとも、それと同じような意見を抱いていたのか、威圧気味に話しかけてきた男の意見に反対するような反応をしている人物は皆無だった。


「……これはあくまで私見になりますが、構いませんか?」


少し考え、あくまでも私見、と前置きしたカーターに村の面々は若干不服そうながらも頷きを返し、カーターの意見を求めた。


「では……まず、私がこのダンジョンに来る前にそう言ったのは、生まれたてのダンジョンは主に三つの形態をそれぞれ持つからです。」


一呼吸入れ、周囲を警戒するように見渡し、目線を元に戻す。


「まず一つ目の形態ですが、そこまで広くない内部空間と、大量ではありますが弱めのモンスターが出現、もしくは少量ではありますが強めのモンスターが出現する形態。二つ目の形態がモンスターがほとんど出現せず、ただただ階層が広くて多い形態。そして最後の三つ目の形態が、その中間に位置するものです。具体的には、階層がそこそこ広く、モンスターもそこそこ出現する感じです」


そこで一旦区切り、再度周囲を警戒のために見渡す。


「当初、私はこのダンジョンを三つ目の形態、つまり、そこそこの敵とそこそこの広さのダンジョンだと考えていました」


「でも実際に入ってみたら、結構な広さのダンジョンで、しかも、悪魔が出現するような、危険なものだった、と」


カーターの言葉を引き継いだのは、神官の中で最も年下の男だった。

神官の言葉に我が意を得たりとカーターは頷き、周囲を改めて見渡す。


「このダンジョンは、はっきり言って危険です。強力ではないですが、面倒臭い攻撃方法をしてくる敵。生まれたばかりだというのに、ここまで広大な迷宮型のダンジョン。正直、生まれたばかりとは思えないほどの難易度です。まあ、それは悪魔種が蔓延るダンジョンだからと無理やり納得することは可能です。しかし……」


「しかし?」


カーターの雰囲気に、誰かが生唾を飲み込み、次の言葉を待つ。


「しかし、これ・・は、どう考えても不自然であり、どう考えても、結論は一つしか得られません」


そう言いながらカーターは、四枚の羊皮紙を取り出す。

それを周囲に良く見えるよう掲げながら、同時に明かりを近づける。


「これは、このダンジョンの地図です。一件、複雑な通路のようにも見えます。ですが、こうすると……」


そう言いながら、羊皮紙の真っ新な部分を折り返して見えないようにして、4枚の羊皮紙を一枚に見えるようにくっつける。そうすると……


「このように、通路が、複雑な文様のような模様になります。そしてこれが意味するのは……」


一つの円の中に、幾何学的な文様。これが意味するものは一つであり、つまりこれは……


魔法陣・・・、です」


そう、魔法陣。


魔法陣とは、本来ならば適性のない魔法を使用する際、術者本人の魔力適性に関わらず魔法を発動するための文様。

普通ならば理魔法、現魔法、念魔法の三種に分類される魔法だが、それはあくまでも干渉方法の違いによる分類。

対して魔法陣は、起こす現象を魔法文字という魔力を用いた文字で描くことにより初めて意味をなし、上記三種の魔法分類に囚われず安定した効力を発揮するための、魔法技術。普通ならばできないようなことも理論上は可能とされており、各国の魔法研究者はこぞって研究している分野でもある。


技の剣を習得するため、実戦の他に本を読むことで想像力を鍛えているカーターにも、齧った程度だが魔法陣の知識はあった。

その知識によれば……


「この魔法陣は一から四階層までの、別々のものですので理解は難しいです。ですが、一部ならば読み解くことができます。共通するのは、他の魔法陣と共鳴する魔法文字が各所に組み込まれていることです。これは恐らく、多重展開式魔法陣としての仕組み……」


と、そこまで言ってカーターは気づいた。

ほとんどの村人が、頭から煙を出していることに。

「あ~、すまんなにぃちゃん。俺ら馬鹿ばっかりだからよぉ、難しいことそんなわかんねぇんだわ。だからよぉ、答えだけ言ってくれねぇか?」


「え、えぇ。すいません。暑くなるとどうも止まらなくて……」


そう照れながら反応を示すカーターだが、次の瞬間には表情を引き締め、警告を促すように、声を発した。


「結論だけ言ってしまえば、このダンジョン……いえ、正確にはここのダンジョンマスター、とでも言えばいいでしょうか?」






「ここのダンジョンマスター、はっきり言って、油断なりません。危険です。恐らく、通常ならば獣のように狂っているのでしょうが、ここのダンジョンマスターは理性と知性を持っています」


カーターの持つ、最悪の懸念を伝えた。











「あー、バレた」


いや、いつかはバレると思ってたんだけどね?

幾ら何でも早すぎる。いや、でもまあ、何れバレるんだし、むしろ早々にバレて無駄に警戒させた方がいいのか、な?


『はい、これは確実にバレていますね』


う~ん……でもそうなると、当初の予定が……


「……はあ、まあいっか……じゃあ、予定変更」


(『眷属繋示の魔眼』を意識……『支配の魔眼』を『並列の奇眼』で起動……接続、リーネス……命令……門から離れて、遠くから侵入者共を観察、攻撃不許可、反撃不許可……足りない魔力は『蓄積の奇眼』で補充……命令完了)


「……良し、これでいいかな?」


まあ、いっか。リーネスは失うには惜しい戦力だし、こんなところで捨駒にするつもりは無い。


後は……


「後は、僕の準備だね。ヒカリ、悪いけど、位置を一旦動かすよ」


『畏まりました』


うん、いい子だ。

言葉にしなくても、戦闘の邪魔になることは分かってくれてるのは有難いね。

それじゃあ、移動させよっか。


部屋の中央に浮かんでるのから、部屋の端っこに穿った少し深めの穴に安置。

そして……


「『視るとはすなわち我らの本質。その本質故に視ることが出来ねば我らは無力。その無力故に敢えて我は視え無いものを作り出そう。其れこそが我らが本質を否定するがゆえ、何よりも他の者に見ることすらできなくするために 《不可視見ること叶わず》』」


ヒカリに、僕の眼、つまり魔眼族という見ることに特化した種族の中の《王》の眼さえも欺く幻影を被せる。

これでダンジョン唯一最大の弱点は普通では見えなくなった。

後は……


「『熱とはすなわち力。力とはすなわちエネルギー。我が持つ無数の瞳が一、『蓄積の奇眼』に封じられしは何者にも染まらぬエネルギー。そのエネルギーは今一つの色へと染まりゆく。熱というエネルギーへと。さあさあさあ、暴れ狂え、自由に不自由に限られた無数に広がる空間へと 《熱帯領域》』」


唱えると同時に、『蓄積の奇眼』に溜め込んでいたエネルギーが徐々に周囲に散漫していく。


「僕は『完全耐性』があるから大丈夫だけど……入ってきた奴らにとっては地獄だね」


この魔法の特性上、直ぐには効果は出ない。早くて数時間、遅くても数十時間でこの部屋は僕の想像する、いや、超えるかもしれない温度へと上がっていく。

入口だけは『座標の魔眼』を使って範囲から外してるから、すぐには気づけないはず。


「さて、準備は整った。君らはあと何時間でこここの部屋まで来れるかな?早く来ないと、僕が楽しめないよ……?」


多分、傍から見たら僕の顔はいいエガオになっていると思う。

でも、これから起こることを考えたら、しょうがないと思う。これまで虐げられる側だった僕が、あいつらを殺すんだから……。









「おじちゃ~ん!すご~い!!」


「ガハハ、んな褒めたって、なんも出ねぇぞ!」


ところ変わって、何処かほのぼのとした村の様子。

そこでダンジョンに入れず暇を持て余したロスが何をしているのかというと……


「悪いねぇ。手伝ってもらっちゃって。あぁ、そこの畝はもう少し高くしてくんねぇかねぇ……?」


「おぅ、お安い御用だ!『土よ、俺の意にしたがって少し動け 《大地操作》』ぁ!」


ロスの相変わらずの短い詠唱。

その詠唱が終わるや否や、畑の土が人の歩く早さよりもやや早めに動き、既に作ってあった畝を少しだけ高くする。


「あぁ、そんくらいでいいさねぇ……悪いねぇ、私ゃあこの通り、腰が曲がっちまってよぉ、ろくに畑仕事も出来ゃぁしねぇ。孫もまだちぃせぇしよぉ……」


「ぅおおお!おっちゃんすげー!土がザザーって動いたー!」


「おう、どういたしまして!それと坊主に嬢ちゃん、まだ俺は19だ!断じておじちゃんでもおっちゃんでもねぇ!」


「「うっそだぁー!」」


「ホントだっつってんだろうが!?俺のどこがおじちゃんやらおっちゃんに見えるって?えぇ?」


「「きんにくぅ~!」」


「ぐふっ、おいおい坊主に嬢ちゃん、この筋肉はな?もし万が一敵に迫られた時、あいつの手を借りずに仕留めるために鍛えたもんでな?」


そう若干苦笑いで反論するロスだが、坊主と嬢ちゃんと呼ばれた2人の少年少女は、互いに顔を見合わせると、一つ頷き


「「じゃあ、のうきんだぁ~!」」


と、互いに邪気のない笑顔で、そう言った。


ロスの ハートに 999の ダメージ

ロスは 倒れた


何処からかそんな幻聴が聞こえてくるかのような雰囲気で、ロスは笑顔を浮かべたまま、後ろに倒れ込んだ。


「「わぁ~」」「おじちゃん」「おっちゃん」「「だいじょうぶ~?」」


ここは、ソウが生まれ、育った村。

そのソウが創ったダンジョン内に侵入できなかったロスは、魔法の研鑽と暇つぶしのため、良く村の畑仕事や怪我人の治療を行っていた。


元々面倒見のよく、子供受けのいいロスは早々に村の子供に懐かれ、今や村の臨時の保育士のような立場で収まっていた。


地面に胡座あぐらを書いて座りながら子供たちをあやしていたロスは、ふと、唐突に嫌な予感を覚えた。


(こいつは……カーターに付けた精霊か)


ロスはその身に宿すユニークスキル『思念伝達』と『属性親和』により、仲良くなった(概念的であやふやではあるものの)精霊をカーターに付け、何か危機が訪れるようなら自分に知らせるようにしていた。

普段ならば警告するためによく考えもせずにカーターの元へ向かうのだが、今やカーターはロスが入れないダンジョンの内部。

当然、原因不明であるためにロスとしても突入することは出来ず、ただ親友の無事を祈るのみしかできなかった。


(無事でいてくれよ、カーター。またまだ俺達の復讐は終わってねぇんだ……)


そう思いながらも、子供たちを不安にさせないように表情には出さず、極めて明るく子供たちと触れ合った。













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