第5話 陰山黒人は静かに暮らしたい
憂鬱だ。ひたすら憂鬱だ。
中野とのカラオケ、陰山さんによる壮絶なバッシングから一夜明け、既に時間はお昼時。
俺の頭は、憂鬱の二文字で埋め尽くされていた。
こんな画数の多い漢字で埋め尽くされるとか、俺の脳内真っ黒だよ?
いつもなら、昼飯を食べ終わり手持ち無沙汰になると脳内会話に花を咲かせるのだが、お得意の脳内会話も、周りが気になるせいであまり弾まない。
そして、脳内会話という唯一の趣味を取られた俺は、机の木目を一心に見つめることしかできなかった。
いつもなら、周りが気になるなんてことはない。大体、周りが俺に興味を持っていないのに、俺が周りに興味を持つ理由がない。
しかし、それは今日だけは違った。つまり、周りが俺に興味を持っているのだ。
興味を持っている、という言い方では少し語弊がある。実際は、嘲笑い、それと同時に怖がっているという所だろう。
その理由は、愛と勇気という概念以外に友達がおらず、おしゃべりする相手がいない俺にも分かる。
俺が周りから恐れられているのは、昨日の一件のせいだろう。昨日の一件とは、つまり俺が男子生徒三人に放課後話しかけたことだ。
おそらく、そのことが昨日の内にラインなどを通して瞬く間に広がり、今やクラス全員が知っている事実となったのだろう。
高校生怖すぎるでしょ。俺に話しかけられた、という取り留めのない話が、一日の内にこうも広がっているのだから。
いや、俺に話しかけられるのは取り留めのないことではないのか。
なにせ、俺は
俺も有名人としての自覚を持つべきかな。明日からマスクでも付けてくるか。
ふと、視線を感じ、振り向いた。途端、俺の顔を見た女子共が、銘々に文句を言い出す。
「うわ、キッショ。こっち向くなよ」
「ホント、なんでいるんだろうね」
「うわー、怖い!晴人くん、助けてぇー」
おいおい、やめろよ。昨日の一件で更に嫌う理由ができたからって、悪口が大胆すぎるだろ。
特に、最後の一人。そんな事言われたら、庇護欲が湧いて、抱きしめて守ってあげたくなっちゃうだろ!
とりあえず、抱きしめたくなったその気持ちは理性で抑え、後ろを見渡す。ただの自意識過剰か、と結論付けようとしたその時、こちらをじーっと見ていた中野と目が合った。
何であいつ俺のこと見てんの?しかも目が合ったら、顔赤くして何か目逸らしたし。
え?何?俺を殺すタイミングを狙ってたとか?それでバレたから怒って目を逸らした的な?ん?自分で言ってて意味わからない。
しかし、取り敢えず暇だから昼休み中ずっと中野を見続けた。人間観察も、暇なときには結構いいよな。脳内会話と人間観察、これぼっちの嗜み。
しかし、俺のその行為により、今日の夜もクラスラインが盛り上がることを俺は知る由もなかった。
その後の二つの授業は、特別何もせずに過ぎていった。適当にノートを取り、適当に眠り、適当に先生の話を聞き流した。
そして、時間は放課後。HR直後のこと。
再び、俺の脳内は憂鬱の二文字に支配される。
周りの視線が気になるから、ではなく、これからやらなければならない自分の行動に気乗りしないからだ。
はぁーと深くため息をつく。
放課後を迎えたことで、周りは立ち上がり、それぞれ友人と何か話している。帰ったらゲームしようだとか、このあとどこか寄ろうだとか、そんなことを。
その中でも、一際うるさいのは、陽川のグループだ。陽川を中心にその他大勢が、がやがやと騒いでいる。
俺がその中で知っているのは、陽川と上沢だけだ。
ちなみに、そのグループはこの後、カラオケに行くらしい。
てか話し声大きいんだよ。常にそんな声で話してるから、本人に悪口が聞こえてくるんだよ?え?聞かせてるんだって?
悪口を本人に聞かせて何が楽しいのか分からない。直接言う方が、陰口を叩くよりもマシだとか言ってる奴がいるらしいが、そのルールは少なくとも俺には適用されない。
なぜ陰口を嫌がるかと言うと、誰かの話した陰口が友達経由で結局知る羽目になるからだろう。
しかし、俺の友達の愛と勇気はそんな事は話してこない。だから、俺にとって陰口は永遠に陰口のままで、何を言われようと俺の知ることではないのだ。
だが、直接言われると、本来知らずに済んだことを知ることとなる。世の中、知らなくていいことだってたくさんあるはずなのに。
例えば、俺の後ろの女子が授業中に、『付き合いたくない男子ランキング』なるものを作り、なぜか投票される前から俺が一位にランクインしていたこととかな。
本当になんでなの?俺を最初から書いてないと、みんな俺に投票するから?
え、それって俺総理大臣になれるんじゃない?
俺も有名になったものだ。一昨日までは、先生にも名前を覚えられていなかったというのに。
と、そんなことはどうでもよくないけど、どうでもいいのだ。
陽川のグループが、早速カラオケに行こうと教室を出ようとしている。
俺は立ち上がり、後を追った。
俺は、今日一日考えてある結論を出した。
中野に手を借りず、陰山さんにも関わらないようにし、俺を真っ暗な高校生活から灰色の高校生活へと連れ戻すための手段。
そんなものは結局見つからなかった。でも、少しくらいは可能性のある手段を試すしかない。
それは……
「ぉ、おい!」
俺が絞り出した声に驚き、クラス中の視線が集まる。
特に俺を、虫けらでも見るかのような目で見てくるのは、陽川白乃だ。
「何かようかしら?私、あなたのこと嫌いなのだけれど」
と、不機嫌さを隠さずに、敵意を持って俺に話しかけてくる。
陽川の悪意に少したじろいだが、ここで立ち止まることはできない。動き出してしまったら、もう止まることは許されない。
大体、悪意や同情に晒され、無視されたとしても気にせずにいられるのは、ぼっちの必須スキルの一つだ。
ぼっち検定一級の俺が、そのスキルを会得していないはずがないだろ。
「お前が俺のことを嫌いなことは知ってる。俺が、用があるのはお前じゃない」
「へぇ」
と短く言い、人差し指を顎につけ、何かを考えているかのような姿勢を取る。
「てっきり私に謝りに来たのかと思ったけれど、違うのね。それで、あなたの用は何かしら?私たちとあなたに関わり合いなんて無いと思うのだけれど」
「た、確かに、関わり合いなんてにゃ、ないけど」
吃った上に噛んだ。
仕方ないだろ?陽川と話してるんだぞ?
学校一の美少女。俺が知っている三大女子(内の二人は先生)の中の一人だぞ。そんな奴と話して噛まない奴は俺ではない!
「えぇ、関わり合いはないわね。それで、それなら何の用があるの?」
へぇ、意外だ。
イケイケの美少女リア充である陽川ならば、俺が吃ったり噛んだりしたのを見て、馬鹿にして笑ったり揚げ足をとったりすると思ったのだが。
実際、陽川の後ろに控えるモブ1からモブ4までは全員バカ笑いしている。
それに、陽川グループのモブだけでなく、教室に残っていた奴らまでが笑っている。
おい中野、お前は俺の味方じゃなかったの?君の笑い声が一番聞こえるよ?
笑われることは、かなり屈辱的なことだし、そのせいで今すぐここから離れたくなった。
だが、俺には引けない理由がある。俺がここで引いてしまえば、この生活がずっと続く。
俺は、静かに暮らしたい。こんな面倒な状態はすぐに終わらせたい。
そのためならば、今この瞬間の辛苦は飲み込もう。
陽川が冷たい目で俺を睨み、モブ四人が俺を指差しバカ笑いしている中、上沢だけは俺から目を逸らしていた。
全てお前のせいだ、上沢灰悟。だから、俺と同じだけの屈辱を味あわせてやるよ。
ここで成功すれば、俺は元の静かで灰色の生活に戻れる。逆に、失敗すれば俺の立場は更に悪くなり、陰山さんにもキレられる。
だから、ここで失敗するわけにはいかない!
「今からお前の罪を暴く、リコーダー野郎!」
俺は、上沢を指差しそう叫んだ。
「え、何?今から懺悔でもするのかしら?」
陽川がキョトンとした顔で、首を傾げ、俺の方を向く。
「違ーう!」
リコーダー野郎は、俺のことじゃなくて、上沢のことです!大体、自分のことをリコーダー野郎って呼ぶってどういう性癖をお持ちの方なの!?
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