愛・聖剣の巫女

霜花 桔梗

第1話

―――夢を見た、時間軸の離れた違う世界の夢だ。


 時間が止まり。ふと、空を見上げると動くことの無い雲が見えた。わたしは歩き出して違う世界の出口を探す。遠くに海が見えて、回らない風車に、大きな灯台を見つけるが何もない。


 やがて、大きな河に架かる橋を渡り始める。河の水もやはり止まっている。橋を進むと対岸に動く影を見つけ、わたしは安堵する。しかし、動く影は近づけば近づくほど遠くなり、やはり時間軸が違う事を感じて途方にくれる。

どれ程の距離を歩いたのであろう?止まった世界の腕時計を確認するが無意味であった。わたしは走るか立ち止まるか迷う。長考のすえに足を止める事を選ぶ。立ち止まると後ろに気配を感じ振り向くとウサギの影が現れ『時の番人』と名乗った。


「選ばれし聖剣の巫女よ。そなたは一人の少女を救う為に、この時間軸の世界と共鳴した」

「聖剣の巫女?」


 わたしは救う少女が妹であると直観的に感じた。


「聖剣の巫女になり少女を救うか?」


 『時の番人』の問いに可愛い妹の為なら何でもすると思った。答えは簡単、わたしは凛と口を引き締めて『時の番人』を見つめる。


「その顔、運命を受け入れ、聖剣の巫女になるか?」

「はい」


 わたしは返事と共に意識が薄れていく。


―――


 部屋に差し込む朝日は頬を撫でて眠いわたしの目を覚ます。夢……?いいえ、真実なのか。わたしの手には異世界の剣が握られていた。

これが聖剣か……。わたしは聖剣の巫女なのか。


 そして……。『時の番人』は一人の少女を救うと言っていた。それは妹のタチバナの事であると改めて思う。聖剣の輝きはやがて闇に囚われる妹なのか。わたしは眠いながらも制服に着替える。聖剣は背中に付けることができた。


 そして、迷うことなく妹の部屋に行く。ドアを開けるとそこはわたしの部屋より華やかであった。わたしは部屋に入り妹のタチバナに声をかける


「なに、お姉ちゃん?」


 わたしの背負う聖剣に気が付かない。やはり、タチバナにはこの聖剣が見えていないらしい。夢が現実なら妹のタチバナは闇に呑まれる。わたしは妹を救う聖剣の巫女なのか……。


「どうしたの?」

「なんでもない、一緒に朝ご飯を食べよう」


 わたし達は共に朝食を食べる。


「お姉ちゃん?今朝はおかしいよ、大好きな卵焼きも残して」

「あぁ、何でもない……」


 タチバナの問いにわたしは動揺を隠せないでいた。そう、聖剣の巫女になる前から感じていた妹の闇が今ははっきりと見えるからだ。


「お姉ちゃん?」

「…………」


 わたしの心もまた、氷つきそうであった。


「妹の闇が見えるのかい?」


 聞き覚えのある声だ。


「お姉ちゃん!喋るウサギだよ」


 いつの間にか小さなウサギのような者がテーブルの上にいる。この者は確か夢で出て来た、『時の番人』だ……。


「あなたは一体なに者なの?」

「我は冥、時を司り、永遠に旅をする……好きなのは気まぐれだ」


 不思議な事に喋るウサギは自然と受け入れられていた。さて、学校に行かなければ、タチバナとわたしは一緒の県立北高に通っていた。わたしが二年でタチバナが一年であり地元では有名な進学校である。


 毎朝の登下校は一緒である。また、わたしも友達が少ないが、妹のタチバナはかなり孤独である。なんの因果か聖剣の巫女になり、大切な妹のタチバナを闇から救う事になった。ふーう、わたしは大きな深呼吸をして、背中の重い聖剣を感じる。

考え事をしていると、わたしはタチバナに置いて行かれそうになり、速足で駆け出す。タチバナ追いつくと動揺しているわたしを心配してくれた。


「お姉ちゃん、悪い夢をみてね……」

「それで、どんな感じの夢なの?」

「時間の軸違う世界で時の番人に会う夢かな」

「このウサギの夢なんだ」

「我もこの世界が久しぶり、しばらく楽しませてもらうよ」


 それは平和な日常であった。でも、薄氷の世界であることを感じていた。高校に着くと、昇降口でタチバナと別れ、教室に向かい中に入る。


いつもの場所、いつもの席、いつものショートホームルーム……。昨日の教室と何も変わりないはずなのに、わたしの心は不安と決意で満たされていた。


「ねえ?冥、わたしはこれからどうすれば良いの?」


 冥もまた背中の聖剣と同じで他の人には見えないらしい。


「運命の歯車は周り始めた。君は聖剣を背負い、妹であるタチバナを救うしかないよ」


 まるで他人事のように軽く言う冥に戸惑い、わたしは何か不思議な感情に包まれていた。

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