束の間の長閑な時間



「ミトは教会に行かなくていいのか?」


 翌日の朝方、ロビーのソファで頭の上で腕を組みつまらなそうにしているミトに声をかけると、パッパッと手を払われた。


「アタシはやることあんの。アキラだけで行ってきなよ。もう案内もいらないだろ」


 昨日半日巻き込まれたせいもあってか、ミトは教会に行くことすら嫌がっているようで目も合わせてくれなかった。


 多少は悪いとは感じていたが、教会でやることは何も配給の手伝いだけではない。ミトの年齢なら、教会学校にもきちんと通った方が身につくことも多いだろうに。


「ミトもちゃんと通わないか? シスターもいい人だし、絶対自分のためになるよ」


「うっさいなあ。アキラには関係ないだろ」


 反抗的なお年頃というやつだろうか。自分には反抗期も許されなかったために、こういうときの対処がわからないが、あまり刺激しない方がいい気がした。


「わかった。じゃあ行ってくるよ」


 まあ無理に連れ出しても逆効果か、とアキラは一人で宿を後にする。


 その背中を、ミトが強く睨んでいることに気づかないまま。






 昼の配給まではまだ時間がある。はりきって早く来すぎてしまった。


「でしたら、子供たちの授業の休憩時間に、遊び相手になっていただくことはできませんか?」


 手持ち無沙汰に困っていたら、シスターにそう提案されて二つ返事でOKした。


「教会前の広場がいつも遊び場所になっているんです。いつもは私が見ているんですが、アキラさんが見てくださるなら、私はその間残っている仕事を中で片付けてこようかと」


「わかりました。なんだったらしばらく休んできてもいいですよ。僕が掃除もやっときますから」


「そういうわけにもいきません。でもありがとうございます。では、お願いしますね。素直な子たちですのでそんなに手はかからないと思いますから」


 頼まれた時間は、教会の中にある廻因鉄時計(リング・クロック)が一回転する間、およそ三十分間程度だ。


 子供たちの数は八人。顔ぶれは昨日遊んでいたのを見かけたときと同じで、いずれもミトよりも小さい十歳に満たないくらいの子供たちだ。ミトは教会学校でも最年長だったらしい。


 同年代がいない状況では、ミトにとっても物足りない部分もあっただろう。教会に来るよりも街に繰り出したのは、その方が合理的な選択だと、彼女なりに考えてのことだったのかもしれない。


「なら、ここはいっちょ頼もしいところも見せてやりますかね」


 演技がかった口調で腕をまくってみせるアキラ。子供たちにも懐かれれば、ミトも少しくらいは見直してくれるだろうと狙ってのことだ。


 子供たちは自分で物置から汚れた布をぐるぐる巻きにした歪な形のボールを持ってくると、広場の端の方で蹴り合いはじめた。


 アキラも参戦しつつ、各々勝手に遊び回る子供たちに目を配る。


 中にはボール遊びに興味のない子もいて、教会の脇に生えた小さな木から葉っぱを千切り取ったりと謎の遊びを展開していた。


 と、そっちにばかり目を取られていると、視界の反対側で男の子の一人が大通りの方へ駆け出そうとしているのが見えた。


「あ、こら! ダメだよ。飛び出しちゃ!」


「えー、大丈夫だよー」


 アキラの制止に、男の子は足を止めてくれたが、顔にはどこか邪魔をされた不満が残っている。アキラは駆け寄って追いつく。


「馬車が走ってきたら危ないだろ?」


「ぶつからなければいいんでしょ?」


 教会は大通りから少し奥まった場所にあるため、それほど馬車の通りが多いわけではないが、全くないということでもない。空いている分スピードを出して通り抜けることが多く、慌てて避ける人をアキラも何度か見かけたことがあった。


「街路には決まりがあるんだ。ちゃんと守らないと危ないよ」


「ぼくは大丈夫だってばー」


 自分が轢かれそうになったことは棚に上げ、学んだ交通ルールを子供に説くと、まあなんとも子供らしい返答が飛んでくる。


 よし、ここは教育者としての素養も見せちゃうぞ、とアキラは人差し指を立てる。


「ルールはみんなが守るからルールとして成り立つんだ。自分だけはいいんだってみんなが考えはじめたら、誰も守らなくなってルールの意味がなくなっちゃうだろ?」


「アキラ、シスターとおんなじこと言ってるー」


「シスターと?」


「うん、つまんない」


「ぐっ……」


 どこの世界でも誰も喜ばないマジメガネくんの教育的指導はばっさり斬られ、普段のシスターの気苦労が垣間見えた瞬間だった。ある意味確かに素直だが。


 実際、子供たちを見守る仕事というのはなかなか息つく暇もないものなのだと実感する。まるで砂場で作った小さな川のようだ。次々と決壊していく部分を手で抑えていけばいくほど、こっちが崩れればあっちが崩れる。


 なんとか彼らを一箇所に集めたい。関心を惹くためにはどうすればいいだろうか。


「そうだ。これくらいの歳の子たちなら、あれが使えるかも」


 と言って取り出したのは、コロロピに貰ったあの失敗作の廻因鉄灯(ライト)だ。


 予想はどんぴしゃで、色とりどりの光が溢れるリングは、子供たちに何度もせがまれるほどに人気だった。


「もっかいー、もっかい見せてー!」


「はいはい。仕方ないな」


「アキラはどこでこれを買ったのー? わたしもほしいー」


「買ったんじゃないよ。コロロピっていう兎みたいな人に貰ったんだ」


「いいなあ、アキラ、コロロピに会ったんだ」


「この街にコロロピはいないのかい?」


「いるよー。いるけど、怖いお店の人が周りにたくさんいるからお話できないの」


 怖いお店の人、というのが何を指しているのかがわからず数秒考えた。まさかヤのつく人とか、はたまた奴隷商か。廻因鉄という特殊な道具を作れる種族なだけに、囲っている商人が多いだけかもしれない。


 考えながらまた両手の中で花火を弾けさせていると、女の子の一人がふいに言った。


「ねえ、アキラはシスターがすきなんでしょ?」


「へっ?」


 唐突に言われて、アキラは面食らう。


「ち、違うよ。なんでそんな話になるの?」


 否定すると、子供たちが口々に指摘しはじめた。


「うっそだー」


「さっき奥に入っていくシスターの背中ずっと見つめてたの知ってるもん」


「シスターまだ結婚してないよー」


「み、見てないよ! 勘違いだって、それ!」


 図星なのをとにかく勢いで否定してみせるマジメガネくんの形式美。と、そのとき、


「あ、シスター・フィアナ」


「おっぷ!」


 子供の一人が気づいて報せてきた声に、アキラは今の会話が聞かれていないかと肝を冷やしながらゆっくり振り返る。


 シスターは教会の扉口から顔を覗かせて様子を見ていただけだった。アキラが振り向いて視線が合うと、にこりと笑って小さく手を振り、また中に引っ込んでいった。


「いまの、かわいいとおもわない?」


「うん、かわいかった」


 女の子の一人に同意を求められて、即答するアキラだった。


 にやにやする子供たちに気づき、ハッとする。


(どうにも異世界に来てからこっち、会う女性全員に惹かれてしまってる気がするぞ!)


 ちょっと話しただけで自分に好印象を持ってるんじゃないかと勘違いしてしまう女慣れしていない思春期男子の悲しい習性が、ここにきて全方位に展開されてしまっている。


 弛んだ自分の恋愛脳を律するべく、アキラはぱしんと自分の両頬を軽く叩く。


 だが緩んだのも仕方のないことだ。アキラはこの異世界に一つだけ大きく不満を抱いている。


 それは、ヒロインの〈不在〉だ。


 ここまで同行してきたアルシャは確かに類い希な美貌を備えているが、ヒロインとしてカウントするわけにはいかないと、アキラの本能が告げている。


(何より、身体を操ってくる悪魔をヒロインと認めるわけにはいかないわけで)


 現にアルシャははぐれてからというもの、一度も姿を現していない。アキラという転移者の物語の舞台が進んでいるというのに、出演時間短すぎだろと文句も言いたい。


 まあ、自分から遠ざけようとした手前、面と向かって文句は言えないのだが。


 そう、つまりアキラはまだヒロインと運命的な出会いを果たしていないのだ。


(普通いるもんなんじゃないのか。異世界転移してきた僕に無条件で好きになってくれる女の子がさー!)


 だと言うのに、メイリンのいる村からは永久追放されるわ、アルシャからは怒って追いかけられるわで、全くお約束通りな出会いがない。


(期待してなかったって言ったら嘘になるよ! でもさ、もちっとなんかあってもいいんじゃないのかな!)


 城を抜け出してきたお姫様もいなければ、奴隷商に連れられた獣人娘もいない。亡国のエルフも、ドジっ子女神も、姉御肌魔女も、ロリ系竜人もどこにもいてくれない。


「アキラ、さっきからひとりでなにやってるのー?」


「それなんのポーズ?」


 心の中で叫ぶ度に怒りの拳を天に向けて振り上げるアキラを、子供たちは不思議そうに見上げてくる。


 そんな中で出会ったのが、自分と似通った面を持っているシスターだ。気にならないと言った方が嘘になる。実際、共通点は多い。昨日の帰りがけにミトは「ウザさが倍になった……」とぼやいていたが。


 ともあれ、異性関係は別にしても、ここにいるのは結構向いてるような気もしてきた。自分の将来、聖職者という選択もありかもしれない。


 そんなことを考えながら、アキラは子供たちと長閑な一時を過ごしていった。










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