駆け出し剣霊術士の転生物語〈リバースデー〉

アオピーナ

第1話 転生/邂逅①──終焉の剣・ラファン


 世界滅亡の日。それは予期せぬ日に突如として訪れた。

 

 堪えようの無い嵐が荒れ狂い、世界が慟哭している。

 東京の大都心。壮大に建ち並ぶビル郡やスクランブル交差点で蠢いていた有象無象の塊も、今はもう、生き物のように唸る渦の中に吸い込まれている。

 

 皆、自分の置かれた絶対的危機に恐怖し、嘆くばかりで。


「ざまぁ……ねぇな……」

 

 ただその中で一人──凛堂寺暁りんどうじあかつきは、嵐に身を委ねて、唇を嗤いの形に歪めながら、地獄のような光景を傍観していた。

 

 自分を見捨て、罵り、嘲笑ったこの世界の終焉に、暁はただただ冷めた眼差しを向けるだけだ。


「本当に……ざまぁねぇよ」

 

 天から吹きつける強大な嵐舞が叫び続ける一方で、地の底からも怒号が轟き、アスファルトに亀裂が迸って簡単に地盤沈下が起きていく。

 

 そしてその様を尻目に、暁の身体は、眼前に聳えるビルに激突しようとしていた。

 終わりを迎える刹那、ただなんとなしに、心の底からふわりとしたものが喉を伝って漏れ出た。

 

 だって、ビルの窓に反射して映った自分の顔が、あまりにも悲しげな表情をして射抜いてきたから。

 

「ヒーローに……なりたかっ──」

 

 やがて、激突。

 けたましい衝突音が耳朶に響くより早く、暁の命の灯火は消え失せた。

 

 凛堂寺暁は、世界滅亡と同時に、呆気なく死を迎えたのだった──



 

 ──筈だったのだが。


「…………地獄……?」

 

 目が覚めると、そこは一般的に『地獄』と評されるような場所だったのだ。

 

 人が五、六人居ればスペースが無くなるぐらい狭い岩石の道に、その両脇でぶくぶくと音を立てて沸騰している溶岩の海。


「──って、溶岩……!?」

 

 暁はすぐに飛び跳ね、もう一度、今度は鮮明な意識の中で辺りを見渡す。

 

 今立つ一直線の石道以外、溶岩、溶岩、溶岩。つまり、一面が溶岩の海である。尚、上を見上げれば、そこは奈落の底並みに空が見えない。

 

 RPGや某クラフトゲームでいうところの、ラスボス的な敵が出たり、ダイヤモンドを掘り当てて狂喜乱舞していたら後ろを押されてマグマダイブし、狂悲乱舞するスポットで有名なアレである。


「冗談じゃない。確かに俺は色んな奴を恨んで呪ってたけど、それでもあんな奴らよりはマシな方だったと思うぞ……?」

 

 ひねくれ者の暁は、死後も尚、他者の愚弄を止めない。

 ここが本当の地獄なら、閻魔様の怒号の一つでも飛んできそうである。


『──なんだァ、オメェ……相当なひねくれモンじゃねェかよ』

 

 ほら、飛んできた。

 暁は壊れた機械のように、ギギギ……と振り返り、それを目の当たりにする。


「誰が……って、なんだぁお前!?」

   

 だが、声の主は、暁の知るところの閻魔様の定義には当てはまっておらず。


『オレかァ? オレはオメェ、剣だよ。かつてこの国を滅ぼさんと頑張った、終焉の剣ことラファン様だ』  

 

 獰猛な悪人面が浮かぶような声の持ち主は、漆黒の大剣だった。剣先は地表に埋まっており、柄の中心にあるバレーボール程の大きさを持つ紅色の宝玉には、『悪い顔マーク』の典型的めいた模様が浮かび上がっていた。

 

「剣……剣? 剣って喋るのか? 地獄で?」


『地獄ゥ? ハッ、まァ確かにここは地獄みてェな場所だわなァ! オメェ、中々面白ェこと言うじゃねェか!』

 

 まるで笑いのツボが分からない自称終焉の剣様は一人勝手に笑い出す。

 暁は『面白い』と言われたことに大きな胸の高鳴りを覚えつつ、


「剣だとかゴハンだとか知らないが……」

『ラファンだ』

「ここは何だ。俺はどうなった。そしてお前は何だ!」

『だからオレ様は終焉の剣ことラファンだ』

 

 悪夢なら覚めてほしい。死後なので夢を見れるのかは分からないが。


「……あぁ、そうか。これが異世界転生ってやつか」

『あァそうだ』

「いや、なんで分かるんだよ……」

『「マナ」がねェこととオメェさんが「剣霊」宿した剣を持ってねェ時点で、厄介なガキだってことは一発で分かってんだよ』

   

 マナが無い。それは当然だろう。この得体の知れない剣と出会ったことにより、可愛らしい女神様から反則級の力を付与して貰うといったお約束イベントは潰えているのだから。

 

 しかし『ケンレイ』なるものに関してはまるで分からない。

 疑問に目を細めると、紅玉に浮かぶ顔は笑って、


『まァ、マナが無く「剣霊術士」でもねェなら好都合だ。オメェ、オレ様を抜いてみろ』


「エクスカリバー的なイベントか? いいよ、分かった」

   

 この剣を引き抜けたら、神様やら女神様やらが飛んできてチートチート大喝采になるのではという捨てきれない希望を胸に、いざ、終焉の剣を引き抜く。

 

 ガリリィ……と埋まった剣先部分が動いた気がした。


『フハハハハッ! いいぞいいぞォ! これでオレはもう自由の身だァ! そんでオメェにも世話ンなるぜェ!』

「あ? 何を言って──」

   

 瞬間、急に心臓を鷲掴みにされたかのような苦しさに襲われる。


「ぐ、うぅぅ……!?」

 

 何かに──いや、この剣に身体を乗っ取られようとしているのかもしれない。


「クソがッ! 渡すかよぉぉ……!」

 

 暁は左手で胸を抑え、右手で剣の持ち手を握り締める。


『なァ、オメェよォ』

「あぁっ!?」

『名前はァ?』

「暁……アカツキだ!」

『それじゃァ、アカツキィッ! アレを弾き飛ばせェ!』

「アレってなん──」

 

 不意に、剣が抜けた。視界に流れる景色を置き去りにし、身体が勝手に勢いよく振り返って、剣を振った。

 

 ガギィンッ! という音を鳴らして。

 

「──そこの少年、今すぐその剣を捨てなさい」

 

 耳朶に響くのは、凛々しい声音。

 

「────」


 紅蓮に彩られた長髪を靡かせ、黄色の双眸を怒りに滾らせてアカツキを睥睨する美女。

 純白のニットで豊満な肢体を包み、揺れる黒のミニスカートからはスラリとした美脚を覗かせ、同色のタイツと相まって美麗なシルエットが際立っていた。


『チッ、「紅蓮の舞姫」……セチア・ディーニかァ』

 

 剣の紅玉に浮かぶ目が、目の前の美女──セチアを警戒するように細められる。

 アカツキも頰を強張らせ、成っていない構えで柄を握り締めて彼女を睨む。

 

「き、急に剣を投げつけるなんて乱暴じゃねぇか! こっちは危うく死ぬところ──」

「大人しく、私の指示に従いなさい」

 

 ものの一瞬で、セチアは眼前から姿を消した。


「どこ──」

「獲った」

 

 至近距離で届く声と甘い香り。それが何を意味するか。


『アカツキィ!』

「──ッ!」

 

 再び振り返り、一拍速く構えられた剣とセチアの剣が交錯する。



 こうして、少年の『転生物語〈リバースデー〉』が今、幕を開けたのだった──。

 

 

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