第13話
一曲目は、コンドルは飛んでいくだ。
張り詰めた空気を、宴会部長のマンドリンが切り開いた。続いてリーダーがソロを演奏する。二人の演奏はぴったり合っている。さくらである観客の視線が集まる。加えて、駅を利用しているだけの人も、何が始まるのだろうと足をとめた。いい感じだ。
前奏が終わり、いよいよリコーダーの出番だ。僕とNo2がリコーダーを構える。息を吸い込み、さあ、今だ! と思った、丁度そのときだった。
「君たち、学生さんかい? 駅前での迷惑行為は禁止されてるんだ。帰りなさい。君が責任者かね?」
駅員さんが、リーダーの前に立つ。リーダーの蝶ネクタイがおそろしく間抜けに見える。
「あ、あの、せめて十分だけでも、だめですか?」
「だめだめ。もう、これだから今時の学生は。困るなあ」
僕らは決して今時の学生ではないと思うのだが、反論する気力もなかった。僕達はあっさりと追い返されてしまったのだった。燃え上がるような三週間に与えられた評価は、「迷惑行為」の一言だけだった。
彼女はそんな光景を見て、笑いを隠し切れない様子だった。
「思ったより早かったな」
僕たちに近づいてくると、楽しそうにそう言った。
「まさか、初めから計算づくだったのか?」
「当然でしょう。そんなことも計算できないような奴は、相当の阿呆よ」
リーダはその場に崩れ落ちた。
今日は有泉のために、全てをかけて演奏するはずだったのだ。しかし、僕は一つの音をも演奏することが許されなかった。こんなことがあってもいいのか? 僕の三週間が、こんなことで崩れ落ちていいのか!?
「有泉さん、僕たちにチャンスをくれ」
「何を今更。もう勝負は決まったのよ」
「部室のことは諦める。でも、僕は一音も出さないで終るのだけは嫌だ。君の部室の前で演奏させてくれ。僕たちの三週間を聴いてくれ!」
「お前、何言ってるんだ。No3のくせに」
「リーダー、僕は一人でも演奏する。こんなのってないよ」
「手下にそんな真似されて黙ってるわけにはいかねえな」リーダーは僕を睨みつける。「俺もやる」
「俺も」とNo2。宴会部長も腹を抱えながら、「俺も」と言った。「一応演奏が終んないと、打ち上げできないし」
「わかった。それじゃあ、とりあえず苦情のこない場所に移動しましょう」
有泉はそういうと、いたずらっ子の笑みを浮かべた。
少し前をリーダー、No2、宴会部長が行き、僕と有泉は少し離れて二人で歩いた。おめかしした有泉とこんな風に歩くのは初めての事で、僕は幾分か緊張した。
「主は元気にしてるんのか?」
「おかげさまで、ぴんぴんしてるわ」
「そうか」
ほかに何か話さないと、と思っているうちに、あっという間に部室についた。
改めて人前で演奏してみると、なんとも幼稚な演奏だった。
フォルクローレというのは、本来スペイン語で歌うものなのだが、さすがに三週間でそんなことができるわけはない。そこで僕らは、代わりにハミングをしていた。いいや、まったく音楽の経験のない僕とNo2に、自然なハミングなんてできるわけがない。「全部ルルルでいこう。その方がまだましだ」宴会部長の提案に、反論する者はなかったのだが。
「ルルル……」
有泉が下を向いて笑っていた。それを見ると僕も笑い出してしまいそうなので、彼女を見ないようにしながら一生懸命歌った。
最も練習に力を入れた「コンドル」でさえも、僕は途中で頭が真っ白になってしまった。村娘、有泉を見つける前に、雲の中に突入してしまった気分である。
周りが真っ白だ。前が見えない。どうしよう……天からリーダーの声が聴こえてくる。「……『イヤッサー』とでも叫んでおけ」
そうしたら霧が晴れるんだな、わかったよ、リーダー。
「イヤッサー」
声を限りに叫ぶ。よし、視界が晴れた。
そこには、腹を抱えて笑う有泉がいた。
最悪なタイミングで叫んでしまったらしかった。もう一本のリコーダーも、すぐさまピッと鋭い音をたてた。No2も落下したようだ。こらえきれなくなって笑い出したのだ。リコーダーは、笑いながら吹くことはできない。リコーダーが主旋律を演奏できる唯一の曲だったのに、二人とも脱落。
リコーダーを欠いたコンドルは、そのままリーダーと宴会部長の伴奏だけで終った。「いやあ、今日はコンドル見えなかったねえ」byアンデス山脈でコンドルを見ようツアー。※気象条件等によっては見られない場合もございます……頭の中を、そんな広告文句が駆け巡った。
「これ以上聴きたい?」
と宴会部長。珍しく、リーダーもそれを止めなかった。
「じゃあ、ばいばい」
有泉は演奏が終った僕らを、一秒たりとも部室にとどめておきたくない様子だ。
「有泉さん、もう一度話し合おう。何か、いい策が思いつくはずだ」
「私にとって最良の策は、あなた達が失せること。負けたんだから、言うとおりにしなさいよ。見苦しいってば。契約書にサインしたでしょう?」
リーダーは二の句が告げないようだ。「No3、なんとか言えよ」なんて僕に振ってくる。もちろん、僕に何かを言えるはずはない。
「契約書なんてあったの? 一度見せてもらえない?」
と宴会部長。リーダーは、タキシードのポケットから、四つに折りたたんだそれを取り出した。
わたくしは、○年○月○日○曜日、午前九時に○駅前で路上ライブを開催致します。四名で演奏致します。終了後に、一万円のカンパを得られなかった場合、横領したペンダントは直ちに返却し、今後二度と、命ある限り、有泉夕夏氏と関わらないことをここに誓います。また、部下である畑山幸二と平林幸三についても、有泉氏にご迷惑のないよう、責任を持って監督致します。 ○年○月○日○曜日 成吉創
ちなみに、有泉の契約書には(一万円のカンパが得られた場合)一週間以内に部室内の荷物を引き払い、横領されたペンダントと引き換えに明け渡すことをここに誓います。との内容が書かれていた。
「なるほどねー」宴会部長は、何かを考えているようだった。「あのさ、一つ意見してもいいかなあ」
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