第5話
昼休み部室へ行くと、有泉は先に来て畑で何かを摘んでいた。
「何摘んでるの?」
「ルッコラーとイタリアンパセリ。私が好きな野菜。これでいいかな?」
「いいって?」
「サンドイッチに挟むの」
サンドイッチ? 何故僕も食べることになっているのか。きっと僕がここんとこ毎日来ているから、そしてパンの耳をみみっちくかじったりなんてしてるから、僕の分の昼食も作ってくれることにしたに違いない。なかなか親切じゃないか。
「はい、部長にお任せします」
有泉はちょっと笑って頷いた。少しは接し方がわかってきたのかと、うれしくなる。
アボガドを潰し、塩、胡椒と何かのスパイスが入っている調味料を振りかける。机の上には、他にハム、チーズが置いてある。
「好きなのを挟んで食べてね」
「おお、アボガド挟むなんて、外国人みたい。粋だねえ」
「友達がやってるのを見て真似してんの」
「友達、いたんだ?」
有泉はちらっと僕に視線を向ける。確かに、あんまりな発言だった。どうなだめようかと考えていると、
「高校のときのね。庭にあるハーブもその人にもらったの」
彼女はぽつりとつぶやいた。
「男? 女?」
「どっちでもいいでしょう」
少し声のトーンが変ったのを、僕は見逃さなかった。
「それより、今日は何限まであるの?」
うまく誤魔化されてしまったようだ。
「三限」
「じゃあさ、その後、ちょっと足を伸ばして、野いちごを摘みに行かない?」
「野いちご?」
「学校から少し離れたところ。去年木を発見したんだけど、もう季節が終ってて。今年は絶対行こうって思ってたの」
「すげえ、どうやってそんなの探すわけ?」
「どうやってって、そんなの歩いてたら自然と目に入るでしょう」
「だって、見つけたとき、実はついてなかったんだろ」
「葉っぱがついてるじゃない」
「さすが農学部だね」
「そういう問題じゃないし。要は何を求めて生きているかってことよ」
じゃあ君は野いちごを求めて生きているのか。と思ったが、あまり吟味しないで発言するとまた怒られそうなのでやめておく。
「そういえば、有泉さん、去年の秋ごろ、突然藪の中に入っていったよね」
彼女は訝しげな視線を僕に向ける。
「そういえばアケビ取りに行ったかな」
「アケビを、どうするつもりだったの?」
「食べるつもりだったに決まってるでしょう。わかりきったこと根掘り葉掘り聴かないでくれる? 疲れるから」
確かにアケビを採る目的で最もそれらしいのは、ずばり食べることである。有泉がそれを儀式に使うなんてことはありえない。そんなの十分わかっているではないか。僕は未だに有泉のことを信用していないというのか?
「ごめん、有泉さん、僕が馬鹿だった」
僕は頭を下げた。
「まあ、いいけど。でもさ、もうちょっと考えてから話してくれる?いちいち質問の意図を考えるの疲れるから。こっちは、一応あなたを一般的な大学生だと思って接してるんだからさ」
「本当に、君の言うとおりだ。悪いのは全部僕だ」
有泉はまた本を取り出して読み始めた。彼女はそれからずっと口をつぐんだままだった。
三限が始まるぎりぎりになって、僕は席をたった。無言で去ると後に引くと思い、何を言おうか懸命に考えた。
「野いちご摘み、楽しみにしてるから」
「ええ」
三限が終って戻ってきたとき、果たして彼女はここにいるのだろうか。不安を覚える。
「やっぱ、今から行こう」
「いいよ、まだ暑いでしょう? 日焼けしたくないんじゃなかったっけ。三時くらいが丁度いいよ」
「いや、今すぐ行きたいんだ」
今までそっぽを向いていた有泉は、やっと僕の顔を見た。
「ちゃんと連れてってあげるから、安心して講義受けてきな」
「絶対だよ」
「はいはい」
やっと彼女に笑顔が戻った。
野山を駆け回っている彼女は、まさに水を得た魚だった。
「こんなに採っちゃった」
子供みたいにはしゃぎまわっている。
「そんなに採って、食べきれるの?」
「ジャムや果実酒を作るの。あとは全部食べる。でも、やっぱり収穫してる瞬間が楽しいんだよね」
「きっと前世は猿だったんだよ」
「まあ、何でもいいや」
そう言いながら、急斜面をどんどんよじ登っていくのだ。
はしゃぎすぎたせいか、木にペンダントが引っ掛かり、紐が切れてしまった。下で待機していた(というよりついていけなかった)僕のところに、青い石がころころと転がってくる。さらに転がっていく前に、僕が慌ててキャッチする。危ないところだった。下には小川が流れているのだ。
「よかった、平林君を連れてきて」
急に女の子みたいなこと言っちゃって、調子がいいんだから。
「これ、直そうか?」
「いいの?」
「うん、こういうのは得意なんだ」
「よかった。私こういうの苦手なの」
有泉が僕に大切な石を預けてくれるのが意外だった。彼女はひょっとすると、僕のことを徐々に信用しているのかもしれない。作戦としてはありがたいことだ。しかし、彼女を騙しながらも少しずつ仲良くなってきている僕にとっては、ほんの少し辛いことでもある。
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