第2話

 彼女はじっくり見てみると、意外と可愛い顔をしていた。男っぽいショートカットで色気のかけらもない女と思っていたのだが、目が大きくてぱっちりとしているところがなかなか可愛い。ああ、そんなつぶらな瞳で僕を見ないでくれ……そんなわけで、僕は本題に入るのを、思わず避けてしまった。

「沢山の鉢植えですね。マイナスイオンがたくさん出ていそうですね」

 部室の中にも、奇妙な形をした植物が多々置いてあるのだ。

「敬語使わなくていいよ。私も二年生だし」

「はい、いや、うん」

僕はぎこちなく頷いた。同じ学年ということは知っていたのだが、どうも落ち着かない。堂々とした、というよりも、むしろふてぶてしいと形容するにふさわしい魔女の態度のせいだろうか。それに加えて、この相手は、どこかで突然魔女の本性を表す危険性を孕んでいるのである。

僕は本気で恐れているのかもしれない、例えば、部室の隅に潜んでいる蜘蛛が突然巨大化して、糸でがんじがらめにされたり……、本の読みすぎだな。少しおどおどし過ぎたかもしれない。そんなんだから気合負けしてしまうのだ、と思いながら、そっと姿勢を正す。

「鉢植えをこんなに大量に買って、高かったんじゃないの?」

「ああ、これ、卒業した先輩達の遺品よ」

「い、遺品? 死んだのか!?」

「ものの例えよ」

 彼女は僕の言葉に呆れたようだった。たしかに、ちょっと驚きすぎだった。でも僕は、一瞬本気で先輩達が呪い殺されたとか、薬の実験台になって返らぬ人になったなどと思ってしまったのだ。

初対面の人と話すのは嫌いだ。しかも相手がこれである。でも、ここでやらなきゃ男がすたる、僕は一生懸命何を話すか考える。

「園芸部の活動は、この観葉植物を育てること、なのかな」

「だから、これは無理やり置いていかれただけだってば」

 魔女は不審そうに僕を見る。まずい、本来の目的がばれてしまったのだろうか?

「あのさ、一応入部しようってことは、園芸に興味があるんだよね」

「ま、まあ、そうだね。初心者だけど」

「初心者にもほどがあるんじゃないの? 一体何を見てるの? 外に畑があったでしょ、さっきこの葉っぱ摘んできた」

「え? 畑? 雑草じゃなかったのか?」

「雑草なんて言葉、私の前では使わないでよね。私そういうの大嫌いなの」

 そう言って外に出て行った不機嫌な魔女。仕方なくついて行く。

「こんなにハーブが植えてあるのに、見えないの?」

 そう言われても……。僕には、どう頑張ってみても、雑草畑にしか見えないのだが。

「ハーブ、だったのか。雑草かと思った」

「だから雑草なんて言わないでよ」

「じゃあ、なんて言えばいいんですか?」

「名前で呼べばいいでしょう」

「名前?」

 魔女は呆れたように僕を見る。

「それでよく、園芸部に入りたいなんて言えたわね。いい? これはカモミール」

「へえ」

「これはタンポポ」

「それくらいは知ってるさ」

「じゃあこれは?」

 彼女は青い小さな花を指す。

「ええっと、ワスレナグサかな?」

「オオイヌノフグリ。ちなみに、私が小学生のときは理科の教科書に載ってたけど」

 彼女はそれ以上試すのをやめたようだった。

「あのね、雑草と呼ぶなって言ってるのは、たんなる感情的な問題からではないの。例えば、草むしりをするときに、私が『ドクダミは残しといてね』って言っても、あなたがドクダミを知らなかったら残せないでしょ? それに、例えそういう指示がないにしても、例えば野イチゴなんかが生えたとしたら、そういうのは自主的に残しておいてほしいの。それくらいのこともできないようだったら、草むしりすらさせられないの。そういう部なの、ここは」

「誰がそんな規則作ったんですか?」

「私」

「そんなんじゃ、誰も入部しないでしょう」

「まあ、そうね。でも構わないの。園芸部の数少ない決まりの一つなの、部長の独断と偏見に従って活動せよって。妥協しないと部員が入らないなら、いっそ潰すべきなのよ」

「変な部。俺、入部するのやめようかな」

「いいよ。私は構わないから。好きにして」

 魔女はそう言うと、部室へ戻っていった。

 魔女の姿が消えると、一気に緊張の糸が切れた。頭がふらふらして、手足が震える。普通に接しながらも、やはり僕は緊張していたのだと今更になって気づく。

しかしあの女、よりにもよって僕のことを入部希望者と勘違いするとは。大口叩きながらも、実は部の存続を気にしているのだろうか。意外と俗物なんじゃないか、という気がしないでもなかった。

「どうだった?」

 隠れ家に戻ると、リーダーが仁王立ちして待っていた。

「ああ、作戦を変更したよ」

「何だって?」

「入部希望者の振りをして、魔女に接近することにした」

「そうか」リーダーは小さく頷くと、煙草に火をつける。

「まあ、せいぜいミイラ取りがミイラにならないように頼むよ」

 横からNo2が口を挟む。

「まあ、上手くやりな。お前、黙ってるとなかなか女を騙せそうだしな」

「黙ってないとどうなる?」

「訊かない方がいいよ」

 No2め。偉そうだ。

「お前……」

 気づくとリーダーが僕をまじまじと見ていた。

「今日は、やたらと顔色よくねえか?」

 リーダーの真剣な顔は、実に気色が悪かった。


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