ヤキモチ妬き
トートバッグに教材を入れ歩く新、手に持った携帯からは着信音が鳴っている。 そして向かう先は―――
「はい。 ……そっか、沙也香さん大丈夫だった?」
どうやら今日も夕弦と約束をしているらしい。
「……意外だな、そんなにあっさりいくとは……」
話の内容は、沙也香に交際報告をした結果のようだ。
「本当に俺から言わなくてよかったの? ……うん……ああ、もうすぐ着くよ。 ……うん、じゃあ後でね」
通話を終え、最近出来た初めての彼女ともうすぐ会えるという高揚感が表情を緩めている。
( あの沙也香さんがねぇ……。 守くんも無事だったし、喜んでたもんな。 ちょっと丸くなったのかな? )
夕弦の結果報告は上々、紹介した友達とも上手くやってくれた破天荒の見方が少し変わる。
( この前行けなかったのも、ちゃんと改めて謝らなきゃ )
みやびが倒れたあの日、どうやら約束していた夕弦とは会えなかったらしい。 だが今日は沙也香にも認めてもらい、堂々と夕弦と会えるのを喜ぶ新は、晴れ晴れとした顔で歩を進めて行く。
◆
「新さん、いらっしゃいませ」
「お邪魔します」
玄関で夕弦に迎えてもらいリビングへと向かう途中、早速前回の謝罪を始める。
「この前はごめんね、会えなかったし、その……嫌だった……よね……」
相手は恋敵だったみやびだ、良く思う筈は無い。 すまなそうな顔で詫びる新に夕弦は、
「倒れた人を介抱するのは当然です。 それに、事情をきちんと話してくれましたし、隠さずに言ってくれたのが嬉しかったです」
「……ありがとう」
気を損ねる事無く理解してくれた事に一安心する。
だが広いリビングに出ると夕弦は立ち止まり、ジトっとした流し目で、
「ですが、ヤキモチは妬きました……」
少し不貞った声で呟いた。
「ほ、ほんと何もないよっ!?」
自分は清廉潔白、やましい事は何も無いと訴えるが、その先を聞いた新は自分の視点がずれていた事を知る。
「ですから、今日はリビングではなく………私のお部屋で、お勉強を……」
ぼそぼそと下を向いて話す照れた美少女。 彼女は自分を疑っているのではなく、『私も部屋で二人きりになりたい』と誘っているのだ。
「可愛い……」
既に掴まれているハートを更に締め付けられ言葉が漏れる。
空気さえとろみが出るような二人の甘い空間。 その中に、突如異質な狂った声が割り込んでくる。
「まぁああみゃぁああらたぁあああッ!」
「――さっ、さや……!」
「なっ!? なんて格好してるんですか沙也香さんッ!」
乱心した目付きの沙也香はつなぎの上をはだけさせ、ぴっちりとしたスポーツブラを露にしたまま二人に向かってくる。
―――その手に木刀を持って。
「お、落ち着いて沙也香さんッ!!」
標的は自分だと確信した新が叫ぶが、今の沙也香には届かない。
「あ、一の太刀ぃぃいい ♪」
間の抜けたリズムで繰り出された一撃が、さっきまで桃色だった新の頭を赤に塗り変えようと迫り、
「ぐふっ……」
叩きつけられた音、そして内部から吐き出されたような声が聞こえた。
「……だ、大丈夫?」
気遣う言葉を零したのは新。
「すみません、お見苦しいところを……」
そう言って夕弦は、床に大の字になって目を回す沙也香を抱える。
「て、手伝うよ?」
「嫌です」
「え……」
短く、鋭い声音に制される。
「こんな格好の女性を新さんに……耐えられません」
襲い掛かる沙也香を電光石火で床に叩きつけた夕弦は、小柄とはいえ気を失った沙也香をその細腕で難無く抱えて連れて行った。
「あの、沙也香さんを……」
錯乱した女コマンドーを制圧したのは、その主であり、自分の可愛い彼女。
救われた新は、複雑な心境でその頼れる背中を見つめ佇んでいた。
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