夢じゃない
( 久しぶりに来たけど、改めてすごい家だな…… )
急いで私服に着替え森永邸にやって来た新は、リビングに通されソファに座っていた。
「どうぞ」
「あ、ありがとう」
「汗をかいてらしたので、冷たい物がいいですよね?」
「えっ? う、うん」
夕弦も急いで着替えたのだろう。 白一色のロングワンピースは肩が出ていて、その肩に飾りリボンが付いている。 そして、黒のベルトが普段押さえ込んでいる胸を強調しているのが、今は女性として会えるという喜びを表しているようだ。
( ……キレイだなぁ…… )
心中で呟く新。 隣に座った夕弦は、ほんのりと頬を染めて、目を合わせずに話し出す。
「走って、来たんですか?」
「は、はは……足、遅いけど……」
新が想いを告げたあの夜以来の二人は、お互いに日々高まり、募らせた想いをどう消化して良いか手探りしている。
「沙也香さんが居ないと、ウィッグをつけられなくて……」
「そんな、そのままで十分………だよ」
上手く言えなかった空白には、これもまた沙也香が居る時は何故か言えた台詞が消えてしまう。 それとも、好きだと認識したからこそ言えなくなったのかも知れない。
「………」
「………」
途切れ途切れの会話。
結局まだはっきりとした関係になっていない二人は、時間を惜しむ程話したい事があるのに黙り込んでしまう。
そして、夕弦は遂に堪え切れず沈黙を破り、あの日から考えていた想いを打ち明け始めた。
「あの日は現実だったのか、そんなことさえ考えました……。 連城さんや鶴本さんではなく、私……だなんて……」
みやびは隣に住む幼馴染であり、凪は三年間同じクラスで同じ部活。 何より二人は女子として常に新と接する事が出来る。 元々男子として好意を示し、寧ろ嫌われていた夕弦としては殆ど勝ち目の無い恋だったのだろう。
「……やはり、夢……ですか……?」
応答の無い新に不安気な顔を向ける。 それに向き合い新は、
「それを、もう一度ちゃんと夕弦さんに言う為に、まだやらなきゃならない事があるんだ」
それは、夕弦の表情から徐々に不安を消し、瞳に輝きを持たせる力を持っていた。
「だから、少し待たせちゃうと思うけど……必ず、夢になんてしないから」
「……はい」
潤んだ瞳は熱を持ち、加速する気持ちは言葉を大胆にする。
「もっと、傍に行っても……?」
「――え……っ!? そ、そりゃいいけど……! でもっ、そういうのもほら、ちゃんとしてからまだ中学生だし!?」
この辺りまだ未熟な新が狼狽えていると、夕弦は膝同士が当たる程身を寄せて、
「いいって、言いました」
「……ふ、うぅ……」
嬉しそうに微笑む夕弦の声が、初めて好きになった女の子の感触が新の思考を駄目にしていく。
「待つ間、会えませんか?」
「そ、そんなことは……」
「気が変わったり、しませんか?」
「ほ、惚れにくい男なんで……変わらないと……」
近距離での尋問が続く。 夕弦は想いが叶い、喜ぶ反面それを待たされ、失いたくない気持ちが止められない状態のようだ。
「……私は、変わりません」
曖昧な返事を許さない夕弦は、自分はこうだと詰め寄る。
「……俺も、だよ」
言わされたんじゃない、そう主張するように強い語気で言い放つ新。 夕弦は欲しかった言葉にうっとりと目を細め、
「はい……」
そのまま閉じ、唇を差し出す。
「ゆ、夕弦さん……? こういうのは……ちゃんと、付き合ってから……」
言葉とは裏腹に、目の前の女神から目が離せない。
夕弦は微かに目を開け、
「夢でないなら、もう、一度しました……」
そして、また瞳を閉じる。
( ―――も、もう……ダメだ………だって、好きなんだから…… )
絶世の美少女に魅了された少年は、一度覚えた魅惑の唇に吸い込まれていく。 想いは伝えたのだ、お互いが求め合う引力に逆らう必要は無いのだから。
だがその時―――
「おかえりなさいお嬢様ーっ!! ってかただいまーっ!」
「「――ッ!!」」
桃色の空気を切り裂く元気な声。
まるでビリヤードのブレイクショットの如く、二人は飛び跳ねるように離れた。
「京都はどうでした!? 良い天気で観光しやすかったですね私は行ってないですけどっ! ―――って……」
喋りながらリビングに顔を出した沙也香は、思いもしなかった来客に目を見開く。
「な、なんでワレがここにおるんじゃぁああッ!!」
「お邪魔してます沙也香さんッ! な、なんで木刀もってます!? どこかのお土産で―――」
「こんな時の為に持ってたんじゃあッ!」
「沙也香さんっ! お客様になんて失礼な……!」
――――今回の沙也香は、夕弦でも中々鎮めるのに苦労をしたらしい。
幸いにも新は怪我をせずに済んだが、夕弦との恋愛には大きな障害がある事を再認識するのだった。
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