風呂上がりとパンツ
「うっ……これが艶っぽい……ってやつか?」
「この距離でも甘い香りがする……気がする」
待ちに待った湯上りのみやびが絶賛を浴びる中、足早に近付く新。
「――まっ、間宮!? コレは見るだけだぞっ!?」
「戻れ……! いくらお前だって……」
「た、単騎駆け!?」
みやびに好意を伝えられているとはいえ、他の女子もいる中に飛び込む無謀に男子陣内から声が上がる。
「あら……た……?」
向かって来る幼馴染にみやびは唖然と名を零す。 しかし―――
「――えっ」
新はみやびの後ろ、時間差で女湯から出て来た凪の手を取った。
「あ、あらたくんっ!?」
そしてクラスメイト達の見守る中、新は凪を連れて通路の角を曲がり消えて行った。
「……おいおい」
「これ、やっぱり……」
その光景を見ていた男子達が囁く言葉は、みやびより凪。 それが新の選んだ相手だと、そう取られるに十分な場面に映る。
「………」
当然湯上りの女神は瞳を陰らせ、それを見た臣は顔を顰める。
「みやび、行こ」
「……うん」
心中を察した友人が声を掛け、みやびは背を向け歩いて行く。 だが、その時見せた寂し気な顔を臣は捉えていた。 辛そうに目を窄め歯を食いしばる臣は、させたくない、見たくない想い人の顔に怒りと悔しさが渦巻いていた。
( ……にしてんだよ、あらたぁ……!)
突然凪を連れ去った問題の男は、人通りの少なそうな通路に入り、
「ど、どうしたの?」
事情を呑み込めない凪が尋ねると、赤い顔の新は目を逸らしながら言った。
「な、凪ちゃん、ず、ズボン上げてっ……」
「えっ……――あっ……!」
見ればハーフパンツの片側が下がっていて、中の下着が微かにはみ出していたのだ。
「ご、ごめんなさいっ……! わ、私、ぼーっと着替えてたから……っ」
浴場でみやびとの格差に沈んでいた凪は、心此処にあらずといった心境で着替えていたらしい。
「いや、はは……」
頭を掻いて照れ笑いする新。
凪は真っ赤な顔を俯かせ、上目遣いでその様子を見ている。
「……どうして、あんなに男子がいたの?」
「えー……それは、何というか……」
湯上りみやびの出待ち、とは言い難い。
新自身が見たかった訳ではないが、結果その場に居たのは事実だ。
凪は新の態度に不思議そうな顔をしていたが、ようやくその理由に気付いたようで、
「そっか、連城さん……」
「いやっ、俺は別に……! ……でも、あそこに居たのは確かだけど……」
弁解しようとした口を閉じ、潔く同罪を認める。
そんな新に凪の言った台詞は、
「ありがとう」
「まあ、そう言われても仕方な……―――えっ?」
他の男子同様に、いやらしいと糾弾されると思っていた新は、思いもしなかった言葉が飛び込んで来たのに呆然としている。
「な、なんで……?」
「だって……他の男子は皆連城さんに夢中で、私のパ―――え、えっと……でも、あらたくんは私を見てくれたから……り、理由は私のうっかりだけど……!」
『ありがとう』の理由を懸命に伝えようとする凪は、躓きながらも喜びを滲ませて話す。
「だから……ありがとう。 あらたくん」
優しそうな垂れ目を細め、まだ赤らんだ顔で微笑む。
「あ、あのままじゃ男子皆に見られちゃうし、それは可哀想だと思って……」
「見ないよ、皆私なんて。 あらたくんだけ……って、へ、変な意味じゃないよっ!?」
パンツに目がいく変態とも受け取れる台詞に、誤解しないでと身振り手振りを付け加える。 新は 「はは……うん」 と苦笑いで応え、凪はまた気恥しそうに下を向いた。
( あらたくんだけは、私を見てくれた。 ううん、あらたくんに見てもらえたらそれでいいもん。 ……ぱ、パンツで気を引いても仕方ないけど…… )
◆
凪と別れ、一人部屋に戻る途中新が考えていたのは、
( うーん、ある意味夕弦さんは正体を隠していて良かったかもな。 女子として生活してたら間違いなくみやびみたいに湯上り待ちされ―― )
「あ、新さん」
「……夕弦さん」
偶々通り掛かった部屋から出て来たのは、男物のパジャマに着替えた泰樹だった。
「ご、ごめん、森永くんって言わなきゃね」
「ふふ、私もつい……言いたい方で呼んでしまいました」
( ―――い、言いたい方……って、も、もうこのヒトは……! )
「可愛い……」
「は、はい……?」
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