間宮新劇場、ファンは震える

 


 京都に到着した新は、いつもの日常と異なった景色に感慨していた。 これからバスに乗り、神社見学の為四条(祇園)に向かう予定になっている。


「移動続きで疲れちゃうね」


「えっ、ああ、うん」


 いつの間にか傍に居た凪が話し掛けてくる。


「京都、初めて?」

「うん、凪ちゃんは?」


「私も。 きっとキレイな景色があっても、修学旅行じゃ描いてる時間なんてないよね」


「そうだね、スケッチブックも持って来てないし」


 修学旅行ではゆっくり絵を描いている訳にはいかない。 自由行動はあっても、それは友人達との思い出を作る時間だ。


「うん。 じゃあ、今度……どこか――」


「新っ」


 凪が躊躇いながら言葉を紡いだ時、もう一つの声が話し相手を奪う。


「みやび、どうしたの?」

「はい、酔い止め」


「い、いいよ、子供じゃあるまいし」


 気恥ずかしそうに断る新は、その気遣いを素直に受け取ろうとしない。


「新幹線は大丈夫だと思ったけど、新バス酔いするでしょ?」


 “言う事を聞きなさい” と強引に手渡され、渋々薬を飲む。


「もう大丈夫だと思うけど……」


 心配性な幼馴染に苦言を溢すが、「ダメだよっ」と眉を寄せた顔で窘められる。


「あとコレ、ショウガは乗り物酔いしないんだって」


「飴か、ありが……」


 礼を言う途中、おあずけを食った子犬のような凪に気付き言葉が止まる。



( ―――みやび……今が具合悪いんだけど……)



 乗り物酔いとは違う症状に苦しむ新。 二人の少女に挟まれてしまった状況をやっと理解し、息苦しさに窒息しそうになっていると、


「いいなぁあらたは、世話してくれる人がいて」


 それを助長するような台詞が飛んでくる。


「お、臣くんっ!?」


 状況を悪化させる友人にパンクした声を上げる新。 見れば凪は涙腺が今にも決壊しそうに震え始めている。


( 鶴本、悪いな…… )


 恨みはないが、恨んでくれていい。

 その覚悟で後押ししたと心中で呟く。


「私は別に、せっかくの修学旅行で乗り物酔いしてたら可哀想だと思って……」


 昔からそうしていた、特別な事じゃないとみやびは言うが、やはり顔には隠せない喜びが滲んでいる。



「――んっ?」



 ワイシャツの袖を引かれた方に目を向ける新。 そこには、先程見た顔と全く違う、にこりと微笑んだ凪が見上げていた。


「これから、色々覚えるね。 だから、たくさんお話ししよう」


「……そ、そうだ、ね……」


 そう応えれば今度はみやびが、それは解っていた事だが、そうしない訳にもいかない。 だが、凪はそれだけで止まらなかった。


「自由行動は、一緒に居たいな」


「んんんん……っ! ば、バス! 皆乗り始めたよっ!? 俺達も行こう!!」


 みやびや臣の前での大胆発言。 当然注目される面子が揃ったこの場を他のクラスメイト達も見ている筈だ。

 新は一人先に動き出し、バスに乗り込むというか、逃げ込む。



( な、凪ちゃんってあんなだったっけ!? か、覚醒………ってやつ!? )



 今まで、凪が周りにこうも分かり易い行動をした事はなかった。


 確かに新と凪は似た所が多いのかも知れない。 だが決定的に違う所がある。 それは、恋をしている事。 そして男と女だという事だ。



( 連城さんがフラれたのはあらたくんからも聞いたし、私が引く必要ない。 付き合ってとか、返事が欲しいなんて言わないけど……近くには、私が居たい )



 新が居なくなり、みやびと凪は其々の班に戻って行った。



「意外と攻めるんだな、鶴本って」


 残った臣は、初めて体験した修羅場の感想を零す。 それに続いたのは―――



「すごい……! 初日からすごい場面見ちゃったよぉ……! こ、これからどうなる? やっぱり新くんは最高だ……同じ班になれてよかったぁ……っ!」



 早速ごちそうにありついたと歓喜に打ち震える守。


 間宮新劇場の大ファンは、次のドラマを待ち切れない様子だ。



「……はぁ、脇役は辛いぜ。 俺達も行くぞ、守」


 楽しんでいるだけの奴は呑気なものだ。

 溜息を吐く臣は、興奮冷めやらぬ友人を連れてバスに乗り込む。



 一行が向かうのは八坂神社。


 恐らく新が神に願うのは―――『平穏』、なのかも知れない。

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