おいでやす

 


 バスが発車し、出発前の騒動から逃げおおせた新はひとまず胸を撫で下ろしていた。


( はぁ……さっそく思い出ができたけど、ちょっと思い出したくないヤツだな……。 大体、酔うような距離じゃないんじゃないか? )


 少し余裕が出てくると、心配する事でもなかったのではないか、そんな疑問が浮かんでくる。


「あらた」

「はい?」


 隣の臣に思案から引き戻され、咄嗟に間の抜けた返事を返す。


「二日目の自由行動、鶴本に誘われてたけどどうすんだ?」


「どうする……って言われても……」


 答えに困る新の後ろから、


「鶴本さんの班は僕らと居たがらないんじゃないかな?」


 一人席になった守が割って入って来た。


「そうなのか?」


 臣が訊くと、


「目立つのが苦手な面子だからね、逆に連城さんの班は来るんじゃないかな?」


 守が答える。 すると今度は新が、


「な、なんで?」


「あそこは皆連城さんを応援してるし、それに他にも理由があるんだよ」


 みやびをまた泰樹の隣に戻したくない、それは解るが、『他にも』と言った守に二人は首を傾げる。


「それはね、臣くんと一緒に居たい子がいるってことさ」


 何人かの女子が臣に気がある、守がそう言っていた人物がみやびの班には居るらしい。 それを聞いた臣は、


「そっか。 守、詳しい話は夜だ。 班で動くんだから、どうするかは三人で会議しようぜ」


「ふふふ、楽しみだなぁ。 早く夜にならないかなぁ」


 自分は傍観者。

 無関係な立場にも関わらず、一番待ち切れない顔をする守に呆れる新。


「……なんか、こんな話ばっかりだね。 修学旅行ってコレがメインなの? 京都に悪いよ……」


 どうも色恋に行ってしまう展開が続き、新はげんなりとしてきたようだ。


「そうだな、ちゃんと修学旅行自体も楽しまないと」


 共感してくれた臣の後には、「でも、修学旅行でくっつくのも醍醐味の一つだよ」とどうしても離れられない班員が後ろでほくそ笑んでいた。




 バスを降りて八坂神社に向かう途中、「舞妓さんはどこだ?」と居てもおかしくない風景に気持ちが高揚した生徒の声がどこそこから聴こえる。


「なんか舞妓さんは中々見かけないらしいよ、居ても忙しくてゆっくり歩いてる訳じゃないらしいし」


 守の京都豆知識が披露され、


「そうなんだ」

「意外だな。 なんかこう、優雅に笑って歩いてるイメージがあった」


 新に続き、臣が自分の京都舞妓像を溢していると、「あっ! いたいたっ!」興奮した生徒が指差す先に視線が集まる。


「すげー……てか―――なんか違うような……」

「ちょっと、あれは、ねぇ……」

「刺激強め?」


 想像と食い違うコメントが飛び交い始める。


「なんだろ、どんな舞妓さんなのかな?」


 新もその姿を見ようと騒ぎの方へ目を向けて見る。 すると、その騒ぎの主と目が合い、


「ん? 確かにちょっとイメージと……えっ――」


 他の生徒と同じ印象を感じている新に、何故かその女性が目を合わせたまま、中々のスピードで近付いて来るではないか。


「な……なん――」


 目の前にやって来た白い顔の舞妓らしき女性、彼女は妖艶に微笑むと、


「京都にようこそめんそーれ」


 その声と、豪快に土地を間違えた挨拶で新は女性の正体に気付く。


「さっ、沙也……っ!」


 はだけた肩、強調された胸元を大胆に晒した間違い舞妓の沙也香は、悩ましい表情で首を傾げ、自分の存在を新に伝えて去って行った。



( ほ、ほんとに来たのか……。 でも、沙也香さん……それは舞妓さんじゃなくて――――花魁じゃないかな……? )



 夕弦を追いかけて来たのと、流石の勘違いを披露した使用人に呆れる新。


 またも注目を集める新に臣は、



「あらた、京都でもモテるな」



 あの人は京都の人じゃない。


 そう言う気にもならない新は、大きな溜息を吐き項垂れた。


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