同じチョコレート
みやびとの接触の後、凪は教室に戻りいつものように影を潜めている新を見つめる。
( 今日は、絶対一緒に帰る…… )
柔らかな印象の垂れた瞳に強く意志を宿すのは、みやびへの対抗心もあるのだろう。
( でも、いつ頃からなんだろ、あらたくんが……… )
◇◆◇
「さあ、この答えは何かな?」
黒板を指差して、優しい口調で話す教師。
「じゃあ、今日は二十三日だから、出席番号二十三番のあらたくんっ、わかるかな?」
「っ……!」
今年からランドセルを背負ったばかりの新は、まさかのご指名に顔を強張らせる。 渋々と立ち上がり、眉を寄せて身体を固め、小さな唇がもぞもぞと動く。
「………」
中々口が開かない。 その理由は、答えが解らない訳ではなく、大勢の前で話す勇気が出ないのだ。
沈黙にクラスメイト達の視線が集まる。 すると、その口はどんどん開き難くなってしまい、代謝の良い幼い身体がじわりと汗を滲ませてくる。
もう担任の教師が助け舟を出すしかない。 子供達もそんな空気を感じていた時だった。
「はいっ!」
元気良く手を挙げた女の子は、淡いピンクのワンピースを着て、意欲的な顔を教師に向けている。 活気のある授業を歓迎した教師は回答権を移し、女の子は堂々と正解を口にした。
助けられた形になった新は、椅子に腰を下ろして何度か瞬きした後、
( みやびちゃん…… )
女の子に視線を向け、心中で呟いた。
◆
「みやびちゃんすごいねっ! 男の子より足はやいしっ!」
体育の授業の後、女友達に囲まれるみやび。
「きれいなかみ~、かわいいし、お姫さまみたいっ」
持て囃されるみやびを、男の子達も羨望の眼差しで眺めている。 その光景を見た新は、
( みやびちゃんって、すごいんだ…… )
小学生になって環境が変わり、いつも一緒に居た仲良しが普通じゃないと感じ始める新。
「きっとみやびちゃんには王子さまじゃなきゃダメだねっ」
( 王子さま…… )
◆
学校が終わり、引っ込み思案で上手く友達が作れない新は、一人で下校しようと校門に向かう。
「ねっ、ランドセルおいたらみんなであそぼっ!」
「うん、じゃあタコ公園にあつまろっか!」
女の子達が話しているのを見た新は、その中にみやびを見つける。
少し前まで “仲の良いお隣のみやびちゃん” だった女の子は、あっという間に “みんなのみやびちゃん” になっていた。
( ぼくも、男の子の友達つくらなきゃ…… )
焦る訳ではないが、後々は。 そんな事を考えながら歩いていると―――
「あらたくんっ」
「わっ」
後ろから声を掛けられ、驚いているうちに隣に並んできたのは、
「ねぇ、今日はどっちのおうちであそぶ?」
“お隣のみやびちゃん” だ。
笑顔で覗き込んでくるピンクのランドセルは、当然のようにそう言った。
「え、でも……」
さっきの女友達と遊ぶのだと思っていた新が戸惑っていると、「うーん」と悩んだ顔をしたみやびは続ける。
「お外でお絵かきする? みやび、あらたくんの絵好きなんだっ」
「………」
同じ帰り道、環境が変わっても変わらない幼馴染と歩く新は、こうしてその関係に甘えていった。 それが、今でも親友と呼べる男友達がいない原因なのかも知れないが。
だが、そんな日々も長くは続かない。
学校という集団生活と、成長していく心と身体。
次第に聴こえてきたのは、二人の関係と、今の新を形作った周りの声だった。
「みやびちゃんて、あらたくんのことすきなのかな?」
「えーっ? ちがうよ、あらたくんは王子さまっていうか、村人だもん」
女の子達は二人の格差を囁き、男の子達は女であるみやびとしか遊ばない新を遠ざけていく。
辛そうな新を見て、みやびは学校であまり新に近付かなくなり、新もまた、自分とみやびとの格差を植え付けられたのだった。
そうして一緒に帰る事もなくなったが、それでも二人は自宅に帰ってから落ち合い、関係は途切れずに続いた。
そして―――
二人が高学年になる頃には、新とみやびが幼馴染だという事すら、周りは忘れていったのだ。
運動会で活躍するみやびも、学芸会でヒロインを演じるみやびも―――
( がんばれ……って、応援なんかしなくても、みやびだもんな…… )
着飾り舞台で輝くお姫様を、
息の白くなる季節には―――
「はいっ、今年は自信あるんだっ」
新の部屋で、可愛らしいラッピングをした小さな箱を渡すみやび。
「ありがとう」
受け取った新は、ふと首を傾げて言った。
「……みやびが自信ないものなんて、あるの?」
「な、なくは無いよ……」
「ふーん」
高学年になり、その知名度と実力が更に高まった幼馴染に、本当にそんなものがあるのだろうか。
「……ねぇ」
「ん?」
「クラスの子とかに、もらった? チョコ……」
今はクラスの違う二人。
シャチを抱いて俯く女の子に、何の感情も抱かず男の子は―――
「いや? オレは毎年母さんとみやびだけだから」
女の子は安堵し、「そっか」と顔を綻ばせる。
―――だが、その答えこそが今の悩み。
もうこの時、新に呪縛は掛かっていたのだ。
みやびの気持ちに全く気付く様子も無く、『同級生の女の子』からもらったチョコを、『母親』と一緒くたにしているのだから。
想いを伝えるバレンタインデーも、新にとってはただの家族行事のようなもの。
想いを込めた手作りは、母が食材を買うついでと変わらない物だった。
◇◆◇
そして今―――
( どうしたら、好きになってくれる……かな? )
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