無駄打ち
明くる日、凪は女子トイレの鏡の前で、公園で聴いた二人の会話を思い出していた。
( あらたくんは、連城さんとずっと一緒だったから、女の子を好きになれなくなった…… )
俊哉の推測が正解ならそうなる。 自分には縁の無い存在だと恋愛自体を切り捨て、知らぬ間にその感情を封じ込めてしまったのだ。
( 本当なのかな……。 でも、私ぐらいなら…… )
高嶺の花などと思った事もない凪は、自分ならその呪縛を解き放てるのではないかと思った。 それも、こちらは好意を伝えているのだから。
( あらたくんは、か、可愛いって言ってくれたけど……連城さんとなんか、比べようもない……… )
ふと鏡に映る自分を見て、それで良かったのか悪かったのか、何とも複雑な気持ちになってしまう。
そんな時、一人の女子生徒が化粧室に入って来た。 凪は物思いに耽っていて気付かないようだが、彼女は当然凪に気付き、何故か気まずそうに瞳を逸らした。
そして―――
「………鶴本さん」
「――っ……?」
突然掛けられた声に振り向くと、そこには先程比較するべくもないと思った、恋する彼に呪縛をかけた魔法使いが立っている。
生まれ持った自然な薄茶色、艶やかに伸びた長い髪が、黒髪でショートの自分とはまるで正反対だと言われた気がした。
「ぁ……はい……」
思わずクラスメイトに恐縮してしまう。
そんな自分を見て、彼女は優しく微笑んだ。
( ………こんなキレイなコ、ふるかな……… )
頭を過った確信を揺るがす美貌。
同性の凪を見とれさせる彼女は、実は自分だけではなく、お互いに告白のきっかけとなった存在同士。 そして、自分とは交わらないと思っていた身近な有名人、 “連城みやびさん” だ。
「お話しするの、初めてだね」
「ぇ……うん」
この状況は、新が夕弦を泰樹だと思っていたファーストコンタクトより大分複雑だ。 夕弦は当然みやびを恋愛対象にしていなかったが、この二人は恋敵だと確信している。 その上、凪にはもう一つの確信がある。
みやびが既に――― “振られている” 、という確信が。
偶々二人きりになってしまい、何を言われるのか不安に駆られる凪。 やはり、みやびも自分如きが張り合うのを嘲笑するのか。 だが、振られた原因がもし自分なら―――。
どうであれ、みやびとって凪は邪魔な存在である事は間違いない。
僅かな沈黙も息苦しい。 まるで、叱られる前のような感覚が鼓動を速める。
目を見れずに俯く凪に、みやびが次の言葉を紡ぐ。
「ごめんね」
「……え?」
謝ってきたみやびに、ゆっくりと顔を上げる。
そして、何故謝られたのか、考える間もなく答えが飛んでくる。
「私のせいで、色々言われてるみたいだから……」
理由は、噂の件だった。
そう言われて返した言葉は―――
「……覚悟して、してることだから」
温厚な性格の彼女が、明らかに敵意を持った目を向け、か細い声に精一杯の不満を乗せている。
「それでも傍にいるって決めて……だから、連城さんのせいじゃない……! それにっ―――」
言おうした言葉を呑み込み、視線を逸らしてみやびとすれ違い、足早に化粧室を出る凪。
( ―――バカにして……っ! )
女として負けているのは解っている。
だが、どうしても我慢出来なかった。
校内で囁かれる不名誉な噂話。
憧れの対象である自分と比べられて、中傷される凪を気遣ったのだ。
ライバルに対して、圧倒的有利をひけらかすように。
何より許せなかったのは、どこかお似合いに見える新と凪の可能性も少なからず囁かれているのに、それを気にも留めず―――『ごめんね』、そう謝られた事だ。
可能性はゼロ、相手にしていない。
それが凪の受け取った印象だった。
( ふられたのは……私の勘違い……? ―――ううん、違うっ! そんな筈ない……! )
自問自答が胸中で渦巻き、高まった感情に少女は心を決める。
( 今日……あらたくんと――― )
◆
一方、化粧室に残ったみやびは―――
「……もう、負けてるくせに………見栄っ張りだな………」
ゲームオーバーした画面に、無駄とわかっても攻撃ボタンを押す自分に呆れる。
「こんなだから、フラれるんだよ………この、ブス………」
悲痛な横顔が鏡に映る。
「ほんと、恥ずかしい……」
――――気づかれてるのに――――
滑稽な己に項垂れ、気怠そうに鏡の方へ顔を向けると、
「全然、完璧じゃない……何でもなんて、出来ない………知ってる、でしょ……?」
映るのも、喋っているのも自分。
聞いてもらえない、応えてもらえない。
それでも―――
「助けて………―――あらた……っ……」
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