悠久の魔法少女さま ~~ババアって言うな!私はまだ百三十七億飛んで十五歳なんだからっっ!!~~

なつき

第1話ババアなんて言わないで!?

「ねぇヤライ兄ちゃん、どうしたらヤミねーちゃん機嫌直すかな……?」


「リーランが素直に謝りなよ。『百三十七億飛んで十五歳をババアなんて言ってごめんなさい』って」



 双子の少年は霊廟の隅でふて腐れて座る涙目の少女を見て、困り果てていた。



 ◇◇◇



 ……このお話は遠く、世界を隔てたとある異世界でのお話。まだ双子の魔王候補が幼かった頃のお話です。

 

 お話は彼らの大切な母親が亡くなった事から始まりました。

 その日彼らは反乱軍から追い詰められていたのです。幼くして母親を喪い、そしてほとんど力も後ろ楯も無い双子は家臣達から裏切られ。命からがら『母親の遺言』に従い、先祖達が奉られる霊廟の中まで逃げ込んだのです。



 ◇◇◇



「……ここまで逃げれば一安心だな。兄ちゃんは大丈夫か?」



 岩肌から滲み出ているような闇の中で、まだ八歳の少年が唸った。かなりぶかぶかな袍服ほうふく姿の少年で、袖なんかは指先が少ししか見えていない。


 少年の名前は『リーラン・トエルノ』。双子の弟で魔王候補の一人だ。



「大丈夫だよリーラン。僕は大丈夫」



 もう一人は両目を閉ざした杖を持つ少年『ヤライ・トエルノ』。双子の兄でこちらも魔王候補。



「ねぇリーラン。目の見えない僕だけでも置いて行けば……」


「兄ちゃんはまたそれ? アホな事言わないでよ。とにかく。母様の話だと後見人はこの霊廟内で待ち合わせの筈なんだ。

 ……死ぬのはその時でいいだろ」



 ……そう。ヤライは生まれつき目が見えなかった。魔力は世界で一番だったがこの両目と派閥争いが複雑に絡み合い、反乱を招いたのだ。


 母親は殺害される寸前に『この先祖代々の霊廟内で信頼出来る親友を後見人にした。何かあったらそこに行きなさい』と言い残した。だから双子は拙い魔法と死力を尽くしてたどり着いたのだ。



「ま。後見人が裏切ってもここは墓だし、眠るのには気楽でいいや」


「またリーランはお気楽な……」


「悩んだってしょうがないよ兄ちゃん」



 そこまで話してお互い嘆息。こんな軽口を叩かないと片足を棺桶に入れている空気は払拭できないのだ。



「……早くしないと。追っ手が来ているよ」



 ぴくりと耳を傾けるヤライ。彼は目が見えない代わりに肌と耳がとても良かった。



「前も後ろも、地獄だねー」



 それを聞いてうんざりとなるリーラン。


 やがて双子が霊廟の深奥にたどり着いた時。そこには誰も居なかった……。



 ◇◇◇



「……誰も、居ないね?」


「こりゃ逃げたか裏切ったか。それともたどり着けなかったかだね」



 双子は白亜に彩られた音一つ無い静かな霊廟内部を見回して呟いた。そこには本当に誰も、いない。ただ繊細な装飾の寝棺のような箱が中央にあるだけだ。



「兄ちゃんも座りなよ。少し休もうよ。もうここまで来たら同じだよ」



 棺の部屋の扉を閉めた後。リーランはもたれた壁から滑り降りて座り、地面を叩いてヤライを招く。



「あ、待って」



 杖で地面を叩きながらまっすぐ向かうヤライ。



(やっぱり神様は僕らに意地悪だな)



 歩くのにも苦労しきりのヤライを見て。リーランは内心ため息を吐いた。


 そうだ。優しい神様が居れば良かったのだ。そうすれば自分達が魔王の候補として生まれる事もなかったし、母親も死ななかった。兄だって目が見えただろうに……。やりきれない思いしかないリーランだ。


 その瞬間、慌ただしい風と熱波が押し寄せて来た。



「……来るね」


「みたいだね。あーぁ、もう少し長生きしたかったなぁ」



 双子はため息をついた。


 そう。きっともう終わり。今まで頑張って切り抜けてきたが……幸運の灯りはここで消えたようだねと、双子は生きるのを諦めようと思った。

 

 刹那。急激な温度上昇と共に棺の部屋の扉が溶かされた。



「……ガキ共め、ここに居たのか」



 ドロドロに溶けて滴り落ちる石壁と。

 

 壮年の魔族の刺客達が、得物を手に入り込んできたのだ。剣やナイフ、黒魔法など狭い室内でも扱える様々な武器をその手にしている……



「悪いが死んで貰う。覚悟しろ」



 得物を構える無粋な刺客達。霊廟なのに最後の見送りがこんな連中とは……本当についてないと双子は静かに目を閉ざす。そしてもう少しだけで良い。奇跡さえ、起こったならば――そう思った瞬間。




「……全く、マリアベルも私に困ったお願いを頼んだものですね」



 白刃が身体を貫く一瞬、涼しげな声に桜吹雪と共に。寝棺から躍り出た少女の影が刺客の顔面に飛び蹴りを食らわせたのだった。



 ◇◇◇



 閉ざした両目を開き。双子が初めて見た彼女の姿は『とても綺麗なお姉さん』、だった。


 肩で揃えた白金髪プラチナ・ブロンドに真紅の眼差し。まさにおとぎ話の吸血鬼みたいな『アルビノ』の美少女だ。



「……遅れてごめんなさいねマリアベルの忘れ形見さん達。世界から世界へと転移するのに時間がかかってしまいましたから」



 夏の夕暮れに鳴る風鈴のような爽やかな甘い声で、それに見合う微笑みを浮かべ優しく双子に謝罪する彼女。彼女の正体とか、どうして先祖代々の霊廟の棺から出て来たのか、とか。この際双子にはどうでも良かった。



「マリアベルって母様の名前……!」



 ただリーラン、ヤライ共に。彼女が口にした名前だけを聞き逃さなかった。



「えぇそうよ。私はあなた達の後見人で魔法少女・『悪夢ナイトメア』の闇示ゆめやみじ・ゆめ。よろしくお願いいたしますね、小さな主様方」



 長いスカートを摘まんで少し持ち上げ。優雅な仕草で挨拶する美少女――闇示ゆめ。



「何だお前……?! 俺達はメイドにゃ用事は無ぇぞ!!」



 そんな彼女を指差して顔面が腫れた鼻血面の壮年が喚く。


 そう。彼の言う通り。彼女は黒い長袖に長いスカート、ヘッドドレスを身に付けた所謂『メイド』の姿をしていたのだからだ。



「私はこの子達の後見人をマリアベルから頼まれた闇示ゆめです。貴殿方こそ得体が知れないですね? 何者ですか?」



 嘆息を交えつつ詰問するゆめ。



「全てを無に。焼き尽くせ『焔の聖剣』!」



 だが刹那。彼女の返答など待たずに灼熱の魔法が襲いかかる! 彼らにとっては後見人など邪魔なだけだからこれは当然の選択だった。付け足して先程の礼もしたかったに違いない。



「で、それがどうしたと?」



 ……しかし。爆炎の中から彼女の優しい声が響く。


 その声に絶句してたじろぐ刺客達が見やる先。そこには薄まりつつある業火に包まれた少女の影が見えた。


 あり得ない……あり得ないと。青ざめ後退る刺客達。



「全く……いきなり魔法を叩き込むとは。マナーのなっていないお客様ですね」



 同時に業火の帳を『左手薬指の指輪』に吸収させながら。全く無傷の彼女が腕組みをして現れた。



「加えて小さな子どもにも危害を加えるとは……ますます許しがたいですね。ちょっと死神と熱烈なキスでもしてもらいますか」



 とんとんと腕組みしたまま人差し指で二の腕を叩く仏頂面の闇示ゆめ。雰囲気こそ静かだが……完全に怒っているのが見てとれた。



「く……くそ! やっちまえ!!」



 何とか持ち直して得物を構える刺客達。



「言の葉紡いで時の中。久遠の彼方に向かいゆく」



 だがその瞬間。彼女が歌い始め、その歌に呼応し指輪の宝石から光の渦が逆巻いた。



「尽きし命は還りゆく。廻る円環螺旋の中でまた次へ」



 静かに双眸を閉ざして祈るように歌う彼女。やがて逆巻く光の渦は舞い散る桜の花びらへと変わり、刺客達に降り注ぐ。



「迷い無く還れ円環のある平原の中に。全ての想いを捨てて新しい力となれ。託せ委ねよ命達。明日を願う旅人へ。想いは消えるとも語りは消えぬ」



 ……その歌は子守唄のようにも、鎮魂歌のようにも、聞こえた。静かに霊廟の中に響き染み渡ってゆく歌声は、まさに全ての執着を捨てさせ解放させる癒しの歌。現に刺客達も武器を捨て膝を折り、一人また一人と倒れ眸を閉じて、眠りへとついてゆく。


 その上に桜の花びらが降り積もる。まるで淡雪のような薄紅色の花びらは倒れた者に触れると優しく白光を放ち。淡い輝きの中に刺客達を包んでゆく。


 その中で刺客達の影が朧に変わる。熱の無い輝きの中で彼らは消えていく。風に吹かれる霞のように霧散し、逆巻く光の桜吹雪に変化してゆく。

 そして彼女はその輝きを抱き止めるように両腕を広げ。ゆっくりと交差して自らの両肩を掴み光達を包み込む。



「安らかに眠りなさい魂よ、肉体よ」



 優しく慈愛の微笑みで。彼女は全てを包みその身に飲み込んだ。



「さて、奴らは対処したわ。あなた達は大丈夫かしら?」



 彼らに振り向き甘く微笑むゆめ。その姿はとても神秘的で女神のように美しく――



「う、うん……大丈夫……デス」


「大丈夫だよ、おねえ……さん」



 まだ思春期を知らない少年達の心に跡を残すには、十分過ぎたのだった。



 ◇◇◇



「お姉さんマリアベルとはね、親友だったのよ」



 刺客達を倒し、霊廟の中で手を組み祈りを捧げながら彼女は答えてくれた。



「あの娘は昔からあまり身体が良く無かったから……いつかはこうなると思っていたわ。それを見越した上で私にあなた達の後見人になるようにお願いしてきたのよ」



 答えつつも双眸を閉じ丁寧に祈るその姿には。自分達の母親への深い友情があったのが窺えた……。



「さ。行きましょうか。これからはあなた達が成人するまで私が親代わりよ」



 人差し指を立てて、ぱちりと片目を閉じて笑うメイドのお姉さん。



「う、うん……でもお姉さん、大丈夫なの?」



 その眩しい笑顔にリーランはちょっと恥ずかしげに顔を逸らせる。



「あら? どうしてかしら?」


「だって僕ら魔族って人間より長生きだし育つの遅いよ?」



 そう。自分達とそっくりだが彼女はどうみても人間だろうから。そこは心配なのであった。



「あらそんな事? 私は不死だからマリアベルよりも歳上よ。問題無いわ♪」



 そんな双子に苦笑しながら返す闇示ゆめ。



『母様より歳上?! お姉さん何歳なの?!』



 驚愕するヤライとリーランに、



「お姉さんは『百三十七億飛んで十五歳』よ」



 ゆめはあっさり答えた。


 その言葉にヤライは絶句して――



「バ、ババアだ……!」



 リーランはうっかりと失礼な事を言ってしまう。



「な……?! ば、ババアって言わないで!? 私はまだ百三十七億飛んで十五歳なんだからっっ!!」


「いやそれ十分ババ――」


「だからおねーさんババアじゃないもん!! お姉ちゃんだもんっっ!! 十五歳で契約して魔法少女になったからノーカンだもんっっ!!」



 涙目で必死に叫ぶ百三十七億飛んで十五歳。



「いやそれでも十分――」


「ふん! そんな酷い事言う子はおねーさん怒ります!! 謝るまで機嫌直しません!!」



 言い終わる前に、膨れっ面の彼女は霊廟の隅でふて腐れて座り込む。



「ねぇヤライ兄ちゃん。どうしたらヤミねーちゃん機嫌直すかな……?」


「リーランが素直に謝りなよ。百三十七億飛んで十五歳をババアなんて言ってごめんなさいって」



 困り果てたリーランに、ヤライは嘆息して返した。


 改めて彼女を見やると。恨めしそうな涙目で、膨れっ面の彼女がこちらを見つめている……。



「えぇーっとヤミねーちゃん……」


「何ですか? リーラン君?」


「ババアなんて失礼な事言ってごめんなさい」



 しっかり頭を下げるリーランと同調するヤライ。



「……ま、謝ったならいいわ。子ども相手に大人気ないし」



 そんな双子に。彼女は機嫌を直して立ち上がる。



「でもマナー違反よ? そんな発言はしちゃいけません!」



 そして腰に手を当て人差し指を立ててお説教。



「う、うん……判りました」


「ごめんなさい、お姉さん……」


「判れば良いのよ判れば。

 さ、出るわよ。早く身を隠さないとね」



 闇示ゆめは、双子を外に導いたのだった。

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