第20話 すれ違い05

 たまに外で食事をするのはいいものだと、そよそよ吹く風に和みながら、ボリューム満点の定食を口に運ぶ。


「いただきます」


 今日のA定食はハンバーグ。ジューシーなそれはほかほかと湯気を立て、食欲をそそる匂いがたまらない。けれどやはりどうにも自分は食べるのが遅いようだ。いや、向こうが早過ぎるのか。

 育ち盛りってこんなだったなと昔を懐かしみつつ、あっという間に定食を平らげてしまった三島の姿にいささか戸惑っていると、ふいに携帯電話を目の前に構えられた。


「なにをしてるんだ」


「うーん、優哉に送ろうかと思って」


 なに食わぬ顔で三島がそう答えたのと同時、カシャリと音が響く。


「お前なぁ」


 いそいそとメールを打つ姿を呆れた顔で見れば、いつものように三島はへらりと笑った。


「陣中見舞い。朝あんまり元気なかったから、西やん見れば元気になるかも」


「……そんな恥ずかしいことするなよ」


 思わず顔が熱くなる。そしてそんな僕を見ながら三島は至極楽しそうだ。しかしなに気なく話しているが、三島は僕たちのことをどう思っているのだろう。


「三島?」


「ん、なに」


 恐る恐る声をかければ、三島はきょとんとした顔で首を傾げ、瞬きをする。


「三島はなんとも思わないのか?」


「なにが?」


「だから、その」


 口ごもる僕にますます三島は首を捻る。けれどやっと通じたのか、あっと小さな声を上げてから僕の顔をじっと見つめた。


「西やんならいいよ。いままで色んな女の子とか男の人とか一緒にいたことあったけど。優哉はいまが一番幸せそうだから」


「え?」


 満面の笑みを浮かべる三島を見ながら僕は、藤堂がいま幸せそうだということより――女の子と付き合ったことがあると言う事実と、三島に色んな人と言われるほど、いままで付き合った相手がたくさんいるのだという事実に、軽くめまいがした。

 なぜか滲み出す額の汗に戸惑いながら、はやる自分の気持ちに焦る。


「……」


 一気に込み上がってきたその感情に、思わず僕は頭を押さえてうな垂れた。これはいくら毎回鈍いと言われる自分でもはっきりとわかった。

 いまものすごく自分はショックを受けているのだ。


「あれ、もしかして俺、いま余計なこと言っちゃった?」


 突然動きが止まった僕を見て、三島が焦ったように顔の前で手を振る。

 聞こえる声が微妙に遠い。


「だ、大丈夫だよ。いまは優哉、西やん一筋だし。これまでじゃありえないくらい本気みたいだし、ね。大丈夫だって」


 肩を掴まれ強く揺さぶられると、ようやく僕は我に返った。だがやはり少し胸の辺りがモヤモヤしている。こんな些細なことに動揺し過ぎて、自分が馬鹿みたいだ。恥ずかしい。


「三島はいつから藤堂のこと知っているんだ」


 再び疑問を投げかけると、三島は小さく唸り首を傾げた。


「優哉の好みのことだよね。うーん、もしかしてそうなのかなって気がついたのは中二の終わりくらいかな? あっちゃんは結構前から知ってたみたいだけど」


「ふぅん、片平と藤堂って仲がいいよな」


「え?」


 ぽつりと呟いた僕の言葉に、なぜか三島は目を丸くする。そしてしばらくあ然とした面持ちで僕を見てから、小さくため息をついた。


「やきもちを妬くだけ無駄だよ西やん。あの二人は利害関係が一致してるだけだから」


「は? やきもちって?」


 三島の言っている意味が理解できずに首を傾げれば、無意識かぁと再びため息をつかれ肩を落とされた。


「とにかく、西やんが心配するような関係じゃないから安心して」


「心配って?」


「ううん、なんでもない」


 困惑した表情のまま、三島はゆるゆると顔を左右に振った。その仕草に僕は首を傾げるしかできなかった。


「噂をすれば優哉からだ」


 テーブルに置いていた三島の携帯電話がカタカタと振動する。表のディスプレイを覗けば藤堂の名前が見えた。


「あ、もしもし優哉? え、なんでそんなに怒ってるの! えっえ? な、なに、はっ? 場所?」


 電話に出た三島の声が急に焦ったように早口になる。藤堂の声がスピーカーから漏れ聞こえ、僕はあ然としてしまった。藤堂でも怒鳴ることがあるんだなと、変に感心している僕の前で、三島はほんの少し携帯電話を耳から遠ざけた。


「うん、食堂のカフェテラス。そう、え? 西やん、まだいるってば」


 そう三島が返事をした途端、こちらでもわかるほど一方的にブツリと通話が切断された。


「なんかわかんないけど、すごく機嫌悪いみたい。いまこっちに来るって」


「ああ」


 携帯電話を下ろしながらこちらを見る三島は、なんとも言いがたい複雑な表情で苦笑いを浮かべていた。

 しかし僕は藤堂のそんな一面に遭遇し、戸惑いながらもどこか楽しんでいた。二人でいる時には恐らく、見せることのない一面な気がしたからなのか。


「普段って結構起伏が激しかったりするのか」


 僕には見せない藤堂のことが知りたくなった。


「うーん、そうだなぁ。そんなに普段からってわけじゃないけど。意外と短気かも」


「へぇ」


 自分とは歳も離れているし、一応こちらも教師だ。藤堂がいつも言葉を選んで話しているのはなんとなくわかっていた。以前、片平と話をしていた時は少し言葉が砕けていて、すごく違和感を覚えた。自分と一緒にいる時の藤堂が作り物だとは思ってはいないが、正直言えばその時のそれはあまり面白くはなかった。


「あれからしばらく苛々したしなぁ」


「なに?」


 小さな独り言に首を傾げた三島になんでもないと首を振る。それでもなぜかこうしていまは、普段の藤堂を垣間見られるのが楽しくて仕方ない。

 一体この違いはなんなのだろうか?


「西やん嬉しそうだね」


「そ、そうか?」


 こちらを見ながらニコニコと笑っている三島に、僕は思わず乾いた笑い声を上げてしまった。でも頬が緩むのはなぜだろう。


「少し心配してたんだけど、そんな心配はいらなかったな」


「心配?」


 安堵したように息をついた三島の呟きに、僕は思わず首を傾げた。そんな反応に三島は小さく笑ってテーブルに頬杖をつく。


「避けないでちゃんと優哉のこと好きになってくれたみたいだし」


「そ、それは」


 三島の言葉に思わず口ごもってしまう。好きだと思える感情がわからないと、昨日の晩に自分で言ったばかりだ。

 しかし――会えないのは寂しい。でも会えると思えば嬉しい。


「いや、でもまだほんとに好きかどうかは、わからないんだ」


「そんなに急ぐことじゃないよ」


 頭を押さえて唸る僕に三島は声を上げて笑う。その笑みに僕は曖昧に微笑むしかできなかった。

 まだ心はどれが答えなのかわかっていない。ただ、気持ちが整理はまったくできていないのに、時間が経つにつれて自分の中にある藤堂の存在が大きくなっているのは、なんとなく気づいていた。

 けれどそれがなぜなのかは、いまだによくわからない。時間はまだそんなに経っていないのに、彼のことをもっと知りたいと感じる。どうしてこんなに彼のことが気になってしまうんだろうか。

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