短編まとめ

@amemaru237

悪食男爵とこぼれ話

メイド長の独白

 ――少し昔の話を、致しましょうか。

 私、ドリス・ジュブワは若い頃、東方の森にて魔女術を収めておりました。その腕を買われてシアン・ドゥ・シャッス家にお仕えすることになったのです

 当時のお家は16代目当主・メテーオ様により隆盛しており、私の他にも雇われた祓魔師が大勢いらっしゃいました。私はその中で、微力ではありますが、陣地の守りと使い魔による情報力を買われ、働いておりました。当時の家事の腕は、貴族のお家にお仕えするにはとても恥ずかしい代物ではありましたが、誠心誠意お仕えし、今も精進させていただいております。

 失礼、お話がずれました。

 メテーオ様の一人息子であるリイ様が跡を継いだ頃、奥様であるフィエルテ様との間に一粒種のご子息、即ちビザール様がお生まれになられました。そしてメテーオ様は畏れ多くも、私をビザール様の乳母にとご指名されたのです。若輩者の身でありながら身に余る光栄を受け、私は日々全霊を込めて努めることにいたしました。メテーオ様に対する感謝と同じく、産後のお日立ちが悪く、寝台から起き上がることが出来ないままお亡くなりになってしまったフィエルテ様から託されたビザール様のお世話を、確りと成そうと誓ったのでございます。

 しかし、悪いことは重なるもので……ビザール様が僅か10歳になった頃、メテーオ様がお亡くなりになりました。一線を退いてからも毎年行っていた、北方の大地に封印されし忌まわしきものを監視しに行く、その途上の船舶事故でございました。メテーオ様の体は氷の浮かぶ海へ落ち、探しても見つからなかったそうでございます。

 リイ様は嘆き悲しむ間もなく、妻と父を失い、更に苦境に立たされることになってしまいます。

 大変、遺憾ながら――当時のビザール様は、奥様に似てとてもお体が弱く、且つ奥様のような魔技の取得も叶わなかったのでございます。

 夏と冬には必ず寝込み、春と秋にも寝台から起き上がれる日の方が少のうございました。勉強熱心な方でしたので、私はシアン・ドゥ・シャッス家の蔵書をあらん限りに使い、その手助けをさせていただきましたが――剣のひとつも振るえず、炎のひとつも生み出せぬことに変わりはございませんでした。

 求心力と実力のあったメテーオ様を失い、少しずつ傾いていった家を支えねばならないのに、唯一の跡取りに、家を継ぐほどの才が無いことを認めざるを得なかったリイ様は悩み、苦しみ――あの結論を出してしまうのでございます。

 ……申し訳ありません。リイ様にとっては、それ以外に手段が無かったのだと、理解はしております。ですが、ですが、それでも考えてしまうのです。もっと他に、方法があったのではないかと。坊ちゃまにあのような、悍ましい業を背負わせてしまわねばならなかったのかと――

 失礼。……取り乱しました、お許しください。ええ、お話しいたします。

 あれは、夏の暑い日でございました。ビザール様はすっかり暑気に当たり、食欲もなくずっと寝台に横になっておりました。大好きな御本も読めないそのお姿が不憫にすぎ、私は朝のお召し替えを終えた後、町に出ました。その当時はまだ貴重でしたが、魔操師が作った氷室による、氷菓子がもう売っておりましたので、これならばビザール様も食べられるかと思ったのです。

 そして私がお屋敷に帰ると……ビザール様の寝台はもぬけの殻でございました。驚いて周りの使用人に問いただすと、リイ様が外にお連れになったというのです。

 リイ様がビザール様を鍛えるのはいつものことではありますが、終わればすぐにビザール様は寝込んでしまいますし、何よりその日は体調が悪すぎました。外などに出たら命に係わるかも知れません。無礼も忘れ、私は再び邸を飛び出し、使い魔の鼠を使って探させました。

 やがて――リイ様が率いる一団が、地下墳墓の入り口に居ることが解りました。ですが私がそこに辿り着いた時には、全てが終わった後だったのです。

 神紋を刻み込むことによる、霊の蒐集と、封印。本来ならば、箱や壷などに使うその奇跡を、こともあろうにリイ様は――実の息子の腹に、刻んだのです。

 それだけでも悍ましいというのに、更にビザール様は地下墳墓に着の身着のままで放り込まれました。

 リイ様は仰いました。「あの子には才能がある、ただそれをうまく扱えないだけだ。ならば私が導かねばならない」と。「命を脅かされるほど追いつめられなければ、力を呼び覚ますことなどできまい」と。

 そのお言葉を聞いて、不遜ながら――とても、不遜ながら、私は怒りを感じざるを得ませんでした。

 私は知っております。熱に浮かされ、咳で苦しむビザール様が、譫言で「死にたくない」と呟かれたことを。毎夜ごとに、眠ると次に目覚めないのではないかと考えてしまうのが恐ろしい、と涙を流されたことを。生まれてからずっと、苦しまねばならないあの方の、なんとも切実な願いを、こともあろうに実の父親が踏みにじって良いわけがありましょうか。

 ……失礼。取り乱しました。ええ、その報いは既に受けております。

 ビザール様をお助けしようとして私は止められ、謹慎処分を受けました。魔女術が使えぬように、鉛の鎖で縛られて。自室に閉じ込められている間も、考えることはビザール様のことばかりでした。どうか、どうか無事でおられてくださいと。

 解放されたのは、七日も経ってからでした。様子を見に行ったリイ様が帰ってこない、と困った使用人達が、事情を知っているだろう私を解放してくれたのです。

 その頃には、腕利きの雇われ祓魔師達は既に暇を戴いており、前線に立てる使用人達も皆リイ様が護衛として連れて行ってしまっていました。私以外に、地下へ降りられる者がいなかったのです。

 勿論私に否は無く、すぐに地下墳墓へ向かいました。そして――あまりにも清浄になってしまった、かの墓場を目の当たりにするのでございます。

 本来、地に埋められた死者の霊は、多かれ少なかれ淀みを残します。よほどの濃い情念がなければいずれ薄れて消えてしまうものですが――それでも建国以来の死者達が葬られているその地は、淀んでいて当然です。しかし、その淀みが全く――全く、無かったのです。

 戸惑いつつも私は、ビザール様をお探ししました。比較的、早く見つかったと思います――私にとってはとても長く感じましたが。

 ビザール様は、先祖代々伝わるシアン・ドゥ・シャッス家の墓石に寄りかかり、眠っておられました。それだけならばまるで宗教画のように静かで、荘厳でいらっしゃいましたが――その周りには、リイ様を初めとする、家の使用人達の数多の死体が散乱しておりました。

 何が起こったのか解らずとも、私はビザール様にお声をかけ、その細すぎる体を抱きしめました。すると、浅い眠りから目を覚まされたビザール様は、とても小さな声で、仰いました。途切れ途切れに、しかし、確りと。



「母上に、選べと言われたよ。このまま死ぬか、死を喰らって生きるかと」


「僕は選んだ。死にたくなかったし、死を喰らうのも嫌だったけれど」


「母上の言う、誇り高き貴族の跡取りとして、やるべきことをやったよ」


「僕は食べた。食べたよ、父と母と、数多の人達の魂を、全て」


「ドリス、僕は――罪を償うために、家を継ぐよ」



 ――嗚呼――。

 乱心した、当主を粛清し、跡を継ぐ。ええ、それは罪やもしれません。

 しかし、それは――悪霊に成り果てる前の母親と、己を殺そうとした父親を殺したとしても――その魂を喰らったとしても、罪に成りえるのでしょうか? 責められるべきなのでしょうか?

 私は、そうは思いません。ええ、依帖贔屓と呼ばれても、それだけは許せません。

 ですので私は、ビザール様の身を抱き上げ、申し上げたのです。「仰せのままに、旦那様」と。

 ……リイ様達の遺体は全て葬儀を行いました。その頃にはすっかり、当主の乱心は噂になってしまっていましたから、シアン・ドゥ・シャッス家の名はすっかり廃れてしまいました。僅かに残った伝手を辿り、どうにか仕事をこなし――幸い、優秀な執事を一人雇い入れることが出来、現王太子殿下の覚えが良くなり、お家はほんの少しですが上向きましたことを、私は本当に安堵いたしました。

 ……すっかり長くなってしまいましたね。続きはまたの機会と致しましょう。

 どうぞ、ごゆっくりお休みくださいませ――……様。

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