出会い系異世界、転生して４秒で勇者爆誕！

14話：名も無き魔族

　――天使！

　いや、違う。

　悪魔、か？――

　その輪郭（シルエット）は雄々（おお）しくも優美（ゆうび）な彫刻宛（さなが）ら。

　黒鳥（こくちょう）を思わす優雅（ゆうが）な一対（いっつい）の羽（はね）を背に貯（たくわ）え、底気味悪（おどろおどろ）しい瘴気（オーラ）を放（はな）つ雄（おとこ）が彳（たたず）んでいる。

　口許（くちもと）に僅（わず）かな笑みを浮かべ、ちらりと牙を覗（のぞ）かせ、自棄（やけ）に黄色がかった瞳を上目遣（うわめづか）いで睨（にら）み付けてくる。

　魔族（ゴシック）！

　この感じ！　手足の指先に痺（しび）れが走るようなこの感じ。間違（まちが）いない。

　魔王の眷属（けんぞく）、悪意と敵意と害意の塊（かたまり）、敵對者（セイタン）。

　勇者召喚には邪魔が入らないよう便所飯（ぼっちスフィア）のスキルを使っていたのに、淡泊（あっさり）と侵入された。

　まさか、シャクンタラカーカにやって来て、初めて遇（あ）った現地人が魔族だなんて、附（つ）いてない。

　とは云え、いずれ倒さなければいけない連中。それが早まっただけ。

「あなた、魔族（ゴシック）ね？　邪悪な臭いがぷんぷんするわ！」

「余所者（フォーリナー）風情（ふぜい）が気取（きど）るな」

　奴（やつ）が口を開く前に、声が届く。口の動きと発声（はっせい）とに若干（じゃっかん）の齟齬（そご）が、いや、時差（じさ）がある。

　そういう特性（とくせい）なのか、或（ある）いは、何等（なんら）かの術（じゅつ）なのか、判別（はんべつ）がつかない。

　でも、そんなの関係ない！

　ナグルマンティでは見せる機会がなかったけど、あたしの女神近（ＭＧＭ）接格闘（ＣＱＣ）は最強。雑喉（ザコ）魔族くらい、あたし一人で十分（じゅうぶん）。

「風雅（ふうが）！　ここはあたしに任（まか）せて！」

「……――ああ」

　召喚間（ま）もない風雅に無理させる必要はないわ！

　サクッと終わらせてあげる！

「あたしの拳（けん）は女神の証（あかし）！　一万年と二千年前から伝わる究極女神拳（フェイタリティ）の前に竦（すく）み上がりなさい」

「フェイタリティ？」

「さあ、かかってきなさい、雑喉（ザコ）！　あたしの究極女神拳（きゅうきょくめがみけん）で地獄に送ってあげるわ！」

「地獄？　地獄だと？　フッ――気付かんのか小娘（こむすめ）。ここがその地獄の直中（ただなか）だ」

「問答無用（もんどうむよう）！　食（く）らって斃（くたば）れ、巌慘良懺破（メガミックチョップ）！」

　でやぁぁぁ！――

　女神力（めがみぢから）を込めた誰もが見逃（みのが）すであろう怖（おそ）ろしく速い手刀（しゅとう）を唐竹（からたけ）に振（ふ）り下（お）ろす。

　直撃すれば、相手は死ぬ。

　それ程（ほど）の、それくらいの、そんな勢いの、そんな感じの、圧（あつ）ッ！

　残像（ざんぞう）を伴（ともな）い、音を引き摺（ず）り、正（まさ）に今、魔族を叩き割ろうとした瞬間、

　――えっ！？

　手刀が減速（げんそく）。

　動かない？　違う！　動いてはいる。でも、どんどん遅くなる。

　目の前にいる魔族の雄（おとこ）に手刀が近付く度（たび）、動きが鈍（にぶ）くなる。近付けば近付く程（ほど）、益々（ますます）緩慢（かんまん）に。

　軈（やが）て、静止。

　いえ、動いてはいる。手刀は確実に振り下ろされてはいる。でも、動かない。動いてはいるのだけど、殆（ほとん）ど、動いていない！

　当たらない！　振り下ろす手刀の、その直線上、直下（ちょっか）に奴は微動（びどう）だにせず居続（いつづ）けてけているというのに！　当たる筈（はず）なのに、当てられない！

　どういうことなの！？

「下（くだ）らん技だ、余所者（フォーリナー）の小娘」

　――キャーッ！

　奴の声が届いたのが先か、奴の口が動いたの先か、それとも、奴が両手を広げ、その手刀を繰（く）り出したのが先か、或（ある）いはあたしの悲鳴が先なのか、最早（もはや）分からない。

　四肢（しし）の関節（かんせつ）上部の腱（けん）が切られ、がくりと膝を地に落とす。

「この世界（シャクンタラカーカ）では究極女神拳など知らぬ！　通（つう）じぬ！！　況（ま）してや小娘如（ごと）きが伝承（でんしょう）できる拳術（けんじゅつ）など笑止（しょうし）！！」

　くっ――

　――動けない。

　傷は深くない。けど、腱を切られた所為（せい）で力を込めても立ち上がれない。腕も上げられない。

　でも、あたしには治癒（ヒーリング）の魔術がある。

　一気に回復させて、隙（すき）を突いて奴を倒す！　倒せればいいな～……って、ダメかな？

　抑々（そもそも）、隙がない！　近付いてくる。

　――あっ、コレ、やられちゃうヤツかも！

　ひぃ～、た、たすけてっ、か・み・さ・まぁ～～～！

「俺の連れ（そいつ）に、それ以上手出（てだ）しはさせん」

「ふ、風雅ぁ～」

　奴の前に立ち塞（ふさ）がる風雅。かっけぇ～！

　いつの間にか、着替えも終わってる。やっぱ、似合ってる！

　ちょ→恰好（カッコ）いいんですけどー！

　あたしの見立て、やっぱ凄（しゅご）い！

「女神（おんな）相手にイキるな、外道（げどう）」

「フッ――元（もと）より小娘に興味はない。特異点（シンギュラリティ）として観測された対象（ターゲット）は、貴様。

　――だが、落胆（がっかり）だ。丸きり鬪（たたか）いの素人（しろうと）だな、貴様？」

　魔王を倒した風雅を掴（つか）まえ、戦闘の素人扱（あつか）いって、どういう了見（つもり）？

　妙（みょう）ちくりんな防御系術式（じゅつしき）を使って身を守っているだけの奴に云（い）われる筋合（すじあ）いないっつーの！

「試してみるか、外道？」

　徐（おもむろ）に風雅は両貫手（ぬきて）を前に突き出す。

　両の掌（てのひら）を交差（こうさ）、摺（す）り合わせるかの如（ごと）く合掌（がっしょう）し、鷲掴（わしづか）むかのように左右に腕を開く。

　両手の間、その空間に光り輝（かがや）く刃（やいば）が現（あらわ）れ、間（ま）もなくして、光の波動（はどう）は収（おさ）まり、漆黒（しっこく）の緩（ゆる）やかな曲刀（きょくとう）が姿を現す。

　風雅が武器を手にするなんて、初めて見る！

　そうか！　きっと、この剣で魔王を倒したんだ！

「ほう――貴様、剣士か？　いいだろう、懸（か）かって来い」

「俺の剣、一之太刀（いちのたち）“女泣かせの摩羅勃鬼（エクス・エレクチオン）”は三位必死（トライマキシ）の剣。躰（からだ）、心、魂（たましい）を同時に斬（き）り刻（きざ）む。果（は）たして、お前に耐（た）えられるか？」

「そりゃあ、凄い業物（わざもの）だな。だが、命中（ヒット）しなければどうと云（い）う事（こと）もなかろう」

　――突き！

　風雅は力強く踏（ふ）み出し、「秘技（ひぎ）＜報復絶刀（ほうふくぜっとう）・天中殺（てんちゅうさつ）＞」と叫ぶ。

　その切（き）っ先（さき）は音の壁（かべ）を突き破り、魔族（そいつ）を貫（つらぬ）く――

　――筈（はず）、だった。

　同じ！　同じ、だ。

　あたしの手刀と同じように、魔族に近付くと極端（きょくたん）に突きの速度は落ち、間もなくして動かなくなる。

　どういう事なの！？

「――こ、これは！？」

「ムダな事を。魔法（ワード）＜事象の（イベント・）地平面（ホライズン）＞！　貴様はオレに触れる事さえ出来ず、唯（ただ）死に逝（ゆ）くのみ」

　魔法（ワード）！？　権能（けんのう）みたいなパワー！

　この魔族の雄（おとこ）も権能に近しい力を使うの！？

　まずいかも！　相当（そうとう）上位の魔族！？

　他の世界だったら、魔王級（クラス）の実力者かも知れない！

　そんな奴と卒然（いきなり）遭遇（そうぐう）しちゃうなんて、運が悪いよ～！

「――やるな？　俺は勇者の桐生（きりゅう）風雅。お前の名は？」

「フッ……オレにはまだ、名乗る名など許（ゆる）されてはおらぬ！　オレはタダの魔族のひとり」

「――……」

　えーっ！？

　どういうことッ！！？

　名無（なな）し、なの？　名無しの魔族なの？

　なのに、こんなに強いの？

　どーなってんの、この世界！？

　かーなーりー、

　ヤバイ！！　きゃも！？